

内容紹介
初めて知るのだが、母体の内部は、らせんだ。
拗れて考えて、愛して爆発して、無限へ手をのばす。
らせんだ。凄い。
――古川日出男
女の体の全てがここにある。
自身の胎内めぐりの旅に出た女と共に
私たちにも闇の先の光が降ってくる。
これは生まれ直しの物語だ。
――中村佑子
第一子の妊娠中、切迫早産で急遽入院を余儀なくされた「わたし」。
医師からは「三か月は出られない」という衝撃の事実を聞かされる。妊娠7ヵ月で子宮口がひらくとは、それほどの重症なのだった。
生業とする書き仕事や日常の営みを奪われ、ただすべての時間を横になって過ごす日々の中、
ある晩ひとりの女が「わたし」のもとを訪れる。彼女こそ、能作品『墨田川』に登場する女物狂い・班女。
人攫いに遭い子を失った班女を案内人に、中世・京の都から駆け込み寺、若狭のお水送り、海辺の産小屋へと、「わたし」と班女の時空を超えた道行きは続き……。
切迫早産での入院中の日々の詳細と、
子産みと生命にまつわる夢幻の地獄めぐりを編み上げた、
かつてない出産幻想文学。
プロフィール
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谷崎 由依 (たにざき・ゆい)
1978年福井県生まれ。作家、近畿大学文芸学部准教授。2007年「舞い落ちる村」で第104回文學界新人賞受賞。19年『鏡のなかのアジア』(集英社)で第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。小説のほか、英語圏の小説の翻訳を手がけている。著書に『舞い落ちる村』、『囚われの島』、『藁の王』、訳書に、ジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』など。
書評
命を孕む「女」たちの深淵を綴る
小川公代
定期健診で切迫早産であると告げられた主人公は、順調な妊婦生活から一転して入院生活を余儀なくされる。「危ういところだった。失うかもしれなかった」。切迫早産とは、その状態が継続すると早産に進んでしまう状態をいう。胎児が子宮で十分に育ち切らないまま生まれてくることはその子の命に関わるため、母親は徹底して安静にしていなければならない。作家として忙しい毎日を送っていた彼女にとってそれはとてつもなく長い時間である。本作は、「人間のいのちを、この世にひとつ増やすこと。そんなだいそれたことを、さしたる葛藤もなく」選択できるものかと問う。
なぜこんなことになってしまったのか。つい自分のせいにしてしまう彼女が記憶を辿ると、かつて子宮筋腫があると診断した医師の「結婚したのは、十年前ですか」という心ない一言があった。罪科のあるなしを決めるのが世間であり、その世間が「女ではなく、男の意見で成り立っているものだとしたならば」、「女」はいつの時代も責めを負うのだ。結婚後「あと一冊出せたら子どもを産もうかと」考えていた彼女は、今ようやく命を授かり、そのために四苦八苦している。
「女」たちの命を孕む経験とは、東西の垣根を越えた「妊娠出産ワンダーランドの地獄」でもあるだろう。主人公の「内側に流れる時間」には、平安時代の踊り狂う「班女」も、映画『真夜中のゆりかご』で赤ん坊を喪うアナもいる。そして「子どもを持ったけれども生き別れてしまった女。あるいは子どもを持ったことを後悔している女。(中略)子どもを守るために、ほかのすべてを犠牲にしなければならなくなっている女」にも思いを馳せている。この物語は、正気と狂気のはざまを行き来する女性の精神世界を描いた『黄色い壁紙』をも髣髴させる。不安の先にある狂気とさえ呼べる暗闇に突き落とされてしまう「女」たちの茫漠たる時間の流れを辿り、その声を豊かに、そして意識の深淵まで潜りこんで語っている。
おがわ・きみよ●英文学者、上智大学教授
「青春と読書」2025年10月号転載
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