刊行記念インタビュー

書評

人生、捨てたものじゃない。勇気をくれる一冊

北上次郎

 困ったな。この小説の最大の美点を書いてしまったら、ネタばらしになりそうだ。数年前の『いつかの岸辺に跳ねていく』のときも困ったことを思い出す。ええーっと驚いたことを思い出す。
 今回は、驚くというよりも、この物語の底にひそむ真実を知ったとき、そうかそうだったのかと突然、温かなものに包まれた。どちらも仕掛けのある作品だが、そういう違いはある。共通しているのは、人生は捨てたものではないという強い肯定感だ。加納朋子の作品にはいつもそういう力が満ちている。
 具体的にいこう。これは、宇宙飛行士になりたいとか、空を見上げるのが好きとか、そういうふうに宇宙に憧れる人たちの日々を描く連作集である。たとえば「箱庭に降る星は」という短編がある。この短編の語り手は高校一年の日野君だ。たった一人の文芸部員である。部活動が成立するためには部員が5人いなければいけないのにたった一人なので廃部の危機に直面している。同じように天文部も一人、オカルト研究会は二人。この三つの部がある日、生徒会に呼び出される。翌月から部活動予算審議会から外され、部室の使用も不可と言い渡されるのだ。
 宣告したのは生徒会の副会長。地元の名門一族の生まれで、絵に描いたように品行方正、成績は入学以来トップを独走し続け、おまけにスポーツも万能。日野君の受け止め方はこうだ。 「女にしては高めの身長から繰り出される威圧感とか、ものすごい目力とか、ポンポン飛び出してくる怜悧でやたらボキャブラリーの豊かな言葉とかが、ひたすら怖い」
 面白いのはこの先で、完全無欠のその副会長にも弱点があるという展開になるのだ。読書の興を削がないためにその詳細はここに書かないが、とても魅力的なヒロインといっていい。問題を解決する対応能力が異常に高いのである。
 名門一族といっても彼女は分家なので、本家の次期当主よりもいい大学に行くのはダメと本家が口を出してくるし、と日野君相手に愚痴をこぼすような仲にはなるのだが、このヒロインのその後を知りたい。彼女はこのあとどんな人生を送るのだろうか。そういう思いがぐんぐん大きくなっていく。
 もう一編、「木星荘のヴィーナス」という短編があり、ここに登場する金江さんというヒロインも印象深い。超絶美女の女子大生なのに、自分ではそのことに気がついてないのだ。彼女もこのあとどんな人生を送っていくのか。それが気になる。こういうふうに思いを馳せる登場人物がどんどん増えていくのである。おお、これ以上は書けない。

きたがみ・じろう ◆ ’46年東京都生まれ。
’84年『冒険小説の時代』で日本冒険小説協会賞最優秀評論大賞受賞。’94年『冒険小説論 近代ヒーロー像100年の変遷』で日本推理作家協会賞評論その他部門受賞。

「小説すばる」2022年6月号掲載