『鯉姫婚姻譚』で「日本ファンタジーノベル大賞二〇二一」大賞を受賞し、妖怪・怪異が登場する小説を発表してきた藍銅ツバメ。
この度、処刑人と忍者の異種タッグが活躍する幕末怪異ファンタジー『馬鹿化かし』の刊行を控え、殺陣たて教室にて体験レッスンを受講した。
インタビューを通し、作家の濃密な世界観は、自身の経験と豊かな想像力、そして幅広い好奇心によって生み出されていることが伝わってきた。

構成・撮影/中野昭子 殺陣体験協力/殺陣教室サムライブ

新刊『馬鹿化かし』刊行にあたって

――小説すばる二〇二四年二月号から連載されていた『馬鹿化かし』が、二〇二四年十月号でついに最終回を迎え、二〇二五年五月九日に新刊として刊行されます。まずは『馬鹿化かし』の内容について教えていただけますか。

藍銅 一言でいうと、処刑人と忍者の幕末妖怪退治バディものです。

――処刑人という設定が新鮮です。アイディアはどこから出てきたのでしょうか?

藍銅 ルイ十六世やマリー・アントワネットらを処刑したフランス革命期の死刑執行人、シャルル=アンリ・サンソンに興味を持ったところですね。日本にもそういう人はいるのかなと思って調べるうちに、江戸時代にためしようを務めていた山田朝右衛門家という一族にたどり着きました。

――主人公の生真面目な山田朝右衛門と、相棒でコメディリリーフの服部半蔵による、生き生きとした掛け合いは読みどころの一つですね。

藍銅 ありがとうございます。処刑人が不老不死の化け物とバディを組む、という話を書きたかったんです。自ら死に向かおうとする朝右衛門と、いっときは死に魅了されるけれど、結局は生きたい気持ちが勝る半蔵というコンビにしました。二十代などの若い時は、死にたい気持ちと生きたい気持ちが拮抗することもあると思うのですが、そんな時に生を肯定してくれる人がいるのはいいなと考えたのです。

――生真面目な朝右衛門と、お金を使い込んだり賭博にハマったりして、楽しそうに生きている半蔵の対比が印象的でした。あとは半蔵のつくる食事がとても美味しそうでしたね。

藍銅 江戸時代の食事などを調べました。自分自身を粗雑にしてしまいがちな朝右衛門が食の喜びを知ることで、「生きよう」という気持ちが出てくるのではないかと思ったのです。

――食事もそうですが、調べるのが大変だったのではないかと思います。

藍銅 そうですね。好きな時代物の小説はありますし、時代劇を見たりはするのですが、それほど詳しいわけではないので、自分で購入した資料や、今回用意していただいた武家関連の事典、江戸時代の事典などを逐一調べながら書きました。

――幕末という時代設定も魅力的です。

藍銅 最初は江戸の中でも平和な時期にするつもりだったのですが、いつの間にか幕末になりましたね。でも幕末だからこそ尊皇攘夷派や吉田松陰のほか、新選組のメンバーなども登場させられましたし、いろいろなものを出せて良かったです。そういった動乱に対して、朝右衛門自身は武士道から少し離れたところで俯瞰していたのだと思います。

――今回は初の連載だったと思いますが、経験してみてどうでしたか?

藍銅 予定から一話増やしたり、シーンを書き足したりしたのが大変でした。また、当初は朝右衛門が江戸から離れる予定はなかったのですが、長州行きが入りましたね。書いている私自身、朝右衛門は江戸の外に出られないと考えていたのですが、彼は長州に行くことでいったん江戸から離れ、背負いすぎた役割から少し解放されたように思います。あと、もともと八話で終わることになっていたのですが、九話まで続けることになりました。ですので第九話は完全に無から生まれたのですが、結果的にあって良かったなと思っています。

――連載は初めてであるにもかかわらず、全九回で休載もなく終わりました。締め切りなどはいかがでしたか?

藍銅 私は誰かに区切ってもらいたいので、性格的に締め切りはあったほうがいいですね。書きながら資料などを当たるので、その意味でインプットもできました。

――新刊として刊行するにあたって、変更したことはありますか?

藍銅 章タイトルをつけました。全て平仮名二文字にしたので、不気味な雰囲気が出ているのではないかと思います。あとは刊行にあたり、時系列や不明瞭だった部分を整理しました。ストーリー自体に大きな変更はなかったと思います。

藍銅ツバメ

書きたいのは「不可解な友情」

――藍銅さんの作品の読みどころは、ユニークな設定やリアルな描写など多々ありますが、特にキャラクターが魅力的だと思います。モデルなどはいるのでしょうか?

藍銅 朝右衛門のヒントになったアンリ・サンソンは、もともとゲーム『FGO』(『Fate/Grand Order』)のキャラクターとして知りました。半蔵は、山田朝右衛門を出す以上、相方は歴史上有名な忍で、設定に融通がききそうな人をと思って考えたキャラクターです。
 朝右衛門と半蔵に関しては、漫画『スパイダーマン/デッドプール』が好きで、ああいったバディもののブロマンスを書きたいなと思ったんです。朝右衛門は闇落ちしてシリアスな時のスパイダーマンで、半蔵は不老不死の謎の人物であるデッドプールという役割ですね。

――そこから来ているんですね。

藍銅 関係性で言いますと、私のイメージでは、朝右衛門がゲーム『逆転裁判』に登場する検事のつるぎれいで、朝右衛門の親友であるみずこんゆうが『逆転裁判』の主人公で弁護士のなるどうりゅういちなんです。ゲームの根幹に関わるのでここでは控えますが、御剣と成歩堂は異様なまでの熱い友情で結ばれていて、朝右衛門と紺太夫の繋がりは、あの二人からインスピレーションを得ています。

――半蔵が朝右衛門に執着するのは、半蔵が不老不死であったり、過去に関わっていたなどの理由がありますが、紺太夫の感情に関しては、朝右衛門と同じ師匠についていたという縁にしては、逸脱している気がしました。

藍銅 紺太夫は朝右衛門に、「普通そこまでしないだろう」という感情と行動を向けます。他者からすると理解が及ばないのですが、紺太夫の中では「親友だから」の一言で済んでしまう。「友情って一体何なんだろう」と思うような、不可解なぐらいの友情が好きです。

――朝右衛門にいている死神は、どうやって思いついたのでしょうか?

藍銅 朝右衛門が死の雰囲気をまとっているのは、ミュージカル『エリザベート』で主人公のエリザベートが黄泉よみの帝王であるトートに付きまとわれている設定を取り入れています。
 あと、音楽ユニット・Sound HorizonのCD『Moira』に「冥王」という曲が入っているのですが、死は全てを等しく愛するけれど、なぜか一人に執着してしまうという趣旨の歌詞で、それにも影響を受けていますね。朝右衛門に取り憑いている死神はもともと男性体で、女性のおこうに擬態しているのですが、日本神話では女性体のイザナミが人間に死を与えているとされるので、それが無意識にあったのかもしれません。

――主要登場人物の中で唯一の女性であるお幸も大変魅力的でした。朝右衛門はいろいろなものに好かれていますが、化け物の半蔵、犬神憑きの家系の紺太夫、死神と、いずれも普通ではないですし、それぞれが抱いている感情も尋常ではありません。そんな中で朝右衛門は、師匠の娘である年上の女性・お幸に思いを寄せます。

藍銅 お幸はゲーム『ファイアーエムブレム』(『ファイアーエムブレム 風花雪月』)に登場するメルセデス=フォン=マルトリッツというキャラクターが元になっています。メルセデスは信仰心が厚く、周りのみんなを助けてくれる献身的なお姉さんです。ゲームをプレイするうちにメルセデスのことを好きになったので、お幸もお姉さんキャラにしました。

――今までの藍銅さんの女性キャラクターは、妹寄りのかわいい女の子が多かったですよね。

藍銅 そうですね。メルセデス以前とメルセデス以降で、私の気持ちが変わりました。

――『馬鹿化かし』の中でも、死のにおいがたぎっている家の中で、お幸は陽だまりのように温かい印象でした。

藍銅 『ファイアーエムブレム』は戦争ゲームで、友達同士で殺し合ったりするのですが、その中にメルセデスのようなただひたすら優しいお姉さんがいると、とても心が落ち着くんですよ。私は実況プレイを見るのが好きなのですが、よく見る配信でメルセデスを好きな方がいて、それを見ているうちに彼女をより好きになったという経緯もあります。

――他者の価値観に影響されて、更に好きになったということですね。

藍銅 はい。あとゲームはインプットにもなりますので、流行しているゲームはよくプレイしますし、やっている時は精神が安定するのもいいですね。不安な気持ちでいるよりも、ゲームをやって楽しい気持ちになってから執筆に入ったほうが健全だと思っています。『ファイアーエムブレム』は四百時間くらいプレイしていて、五周目に入ろうとしています。

――主要登場人物の中では少し異質な存在である陰陽師のモデルはいるんでしょうか?

藍銅 彼はストーリー上だと安倍晴明の子孫を名乗っているんですけど、実は『FGO』のあしどうまんのひょうひょうとした感じやしゃべり方、雰囲気などからヒントを得ています。『FGO』の蘆屋道満は声も良いんですよ。

――好きなキャラクターや関係性を作品に取り入れているんですね。

藍銅 そうですね。ただキャラクターの本質というよりは、エッセンスを取り入れている気がします。

――漫画やゲーム、ミュージカルや音楽などをヒントにつくりこまれた藍銅さんのキャラクターは、関係性や行動原理に一貫性がありますね。連載中に休載がなく話の増加に対応できたのも、キャラクターに矛盾がないからだと思います。

藍銅ツバメ

怪異や法話は昔から好きだった

藍銅 『馬鹿化かし』は、最初は朝右衛門を暁右衛門にしたり、服部半蔵も漢字をちょっと替えるなど、リアリティラインに漫画『銀魂』のようなずらしを行う予定でした。もっとコメディ寄りになる予定だったのですが、思ったよりシリアスな話になりましたね。ただキャラクターは変わっていないと思います。あと第二話「ゆび」は、連載中に増えた話です。

――指をコレクションする花魁おいらんの話ですね。これはどうやって思いついたんですか?

藍銅 法話ですね。人間の指を百本集めると悟りを得られると信じた人がいて、お釈迦様がその人を叱りつけて改心させたというアングリマーラの話からです。

――その法話自体は、どうやって知ったんですか?

藍銅 漫画『セイント☆おにいさん』からです。宗教知識はよく『聖☆おにいさん』から仕入れますね。指というアイテムを花魁の指切りの文化に結びつけ、山田朝右衛門も指などを売る商売をしていたらしいので、繋がるなと思って書きました。

――紺太夫に憑いている犬神の元になる話はあるんですか?

藍銅 犬神は恐らく四国や九州に伝承があります。犬を犬神にするにはいろいろな方法があるらしいのですが、私は首から下を地中に埋める方法を採用しました。犬を飢えさせて最後に首を斬るのですが、そうすると処刑人である朝右衛門に重なると考えたのです。あと、犬神が憑いている紺太夫自体が犬的なキャラクターだということもあります。忠実ですが朝右衛門に異常なまでの感情を持っているので、忠犬と狂犬の裏表ですね。

――半蔵も動物系の妖怪です。

藍銅 半蔵は馬の妖怪なんですけど、馬鹿むましかという妖怪を元にしています。馬鹿は馬とも鹿ともつかない姿の妖怪ですが、絵巻物にしか出てこないので、何をする妖怪なのかあまり分かっていません。この馬鹿がどんな妖怪なのかをひたすら考えていた時期があり、今回の話に繋がりました。

――デビュー作の『鯉姫婚姻譚』も説話が元になっていて、『馬鹿化かし』にも法話などのエッセンスが入っています。昔から説話や法話、怪異など、不思議な存在や物語がお好きだったのでしょうか?

藍銅 そういったものがずっと好きで、子どもの頃は『妖怪アパートの幽雅な日常』などを読んでいました。ほか、畠中恵さんの『しゃばけ』や夢枕獏さんの『陰陽師』、宮部みゆきさんの江戸怪談シリーズ『三島屋変調百物語』、京極夏彦さんの『巷説こうせつ百物語』シリーズなどを愛読しています。

藍銅ツバメ

殺陣の緊張感や空気感を生かしたい

――本日の殺陣体験ですが、やってみてどうでしたか。

藍銅 難しかったです。講師の方にお話を伺い、基本の斬り方は八種類しかなくて、それを極めて更に美しく見せるというのは奥深いなと思いました。ほか、もちろん模造刀なので安全なんですけど、切っ先を自分の喉くらいの高さにすると相手の喉の高さになるから急所を突けるというお話なども参考になりましたね。

――殺陣の先には殺しがあるわけですよね。

藍銅 あれがいずれ殺人の技術に繋がるのだと思うと恐ろしいです。ご指導いただく時も、そこに立っている人を斬るイメージを持つとか、肩から袈裟けさ斬りにするとか、胴体を一刀両断するなどと聞くたびに、やはり人を斬る技術なんだと実感しました。

――『馬鹿化かし』でも戦いのシーンがありましたね。今後の創作に生かせそうでしょうか?

藍銅 生かしていきたいですね。「歩いていたら後ろから二人の浪士に襲われる」という設定で立ち回りもやったのですが、失敗した時に、「今、自分は死んだな」などと思いました。そういった緊張感を作品に書き込みたいです。

――最初に朝右衛門が半蔵の胴を斬りますが、今回の体験で、寝起きで一刀両断するのがどれだけ大変か実感できたのではないかと思います。

藍銅 しかもあのシーンは脇差でやってますから、よほどの達人だったということになります。そういったリアリティが私の中で出来上がった気がしますし、あの空気感は今後の創作に出していける気がします。

――一連の動きがとてもお上手でした。

藍銅 刀をさやに納める動き、納刀などを褒めていただきました。ただその納刀も、真剣だったら自分の指を切っているんだろうなという緊張感がありました。私は高校と大学で六年間くらい弓道をやっていたのですが、武器として使うものなんだと実感する瞬間や、的を狙う時の緊張感が好きでしたね。

――殺陣をやったことで、弓道をやっていた時の身体性も呼び起こされたのではないかと思います。

藍銅 そうですね。あと弓道は、あてるととてもいい音がするんです。

――どんな音なんですか?

藍銅 紙が裂ける、スパンっていう音です。一方で、あてたい気持ちが前に出すぎると良くないのです。弓の競技では、一回でぎょうしゃできる弓の数が大体四本なのですが、最初の三本をあてて最後の一本をはずすと、実力があるのにはずすのは「あてたい」という欲があるということで、「スケベ」とか「チキン」などと言われます。

――あてなければいけないのに、あてようと思ってはいけないんですか。

藍銅 ええ、謎かけのようでしたね。要するに落ち着いて弓を引くということなのですが、引いている間の静かな気持ちが好きでした。最近は弓を触っていないのですが、たまに思い返します。

――弓を引いている時は、何を考えているのでしょうか?

藍銅 恐らく考えている余裕はなくて、とにかく形通りを心がけます。あと、弓道は的を狙う時にいったん静止しなければいけないんですよ。ルールではないのですが、弓を構えて持ち上げて、五秒間くらいしっかり的を狙い、ようやく手を放すのが正しい形です。待てずに放してしまうのははやといって、精神の乱れがあるとされます。

――静止の時間はいわゆるゾーンに入る感覚のように思えるのですが、小説を書く時もそういった感覚はあるのでしょうか?

藍銅 デビュー前後は無限に書けるという高揚感で執筆することもありました。ただ、異常に気分が乗った状態で書いたものは、後で読み返すといまいちだと思うことが多く、最近はそういうテンションで書くことはほぼないですね。はやらずに考えて執筆していることになるので、良い状態だと思っています。

今後に向けて

――今後はどんな作品を書きたいですか。

藍銅 今回は半蔵が忍者でしたし、忍者愛があるので忍者関連のことを書きたいですね。時代設定は、ファンタジーと相性がいいので、江戸時代やそれより少し前くらいの時期を舞台にしたいと思っています。ジャンルとしてはファンタジーのほか、少しミステリー要素のあるホラーなどにも挑戦したいですね。

――読者には、ご自身の作品をどのように楽しんでほしいですか?

藍銅 自分の作品は娯楽だと思って書いていますので、あまり難しいことを考えず、気軽に手に取っていただければと思います。普段本を読まない友人は、知らない単語を調べながら読んでくれているようです。そうやって理解しようとしてもらえるのはとてもうれしいですし、もちろん気軽に読み飛ばしてもいいと思っています。是非いろいろな方に読んでいただきたいですね。

「小説すばる」2025年5月号転載