『女王様の電話番』刊行記念対談 渡辺 優×齋藤明里(女優/読書系YouTube「ほんタメ」MC)「世の中は恋愛至上主義なのか?」

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意外性のある設定の中に、世の中に対する違和感を盛り込む小説家、渡辺優さん。
読書系YouTube「ほんタメ」でMCを務める女優の齋藤明里さんは、そんな渡辺作品を愛読している。
渡辺さんの新作『女王様の電話番』の刊行を記念して、お二人に作品のこと、そこから感じたことをたっぷり語っていただきました。
構成/瀧井朝世 撮影/上澤友香
衝撃的だった書き出しの一文
――お二人は、これが初対面ではないですよね。
渡辺 三年ほど前、齋藤さんとヨビノリたくみさんのYouTube番組「ほんタメ」の文学賞で、私が書いた『カラスは言った』があかりん部門大賞をいただいたんです。それで番組に呼んでいただいたんですよね。
齋藤 「ほんタメ」では半年に一度、ほんタメ文学賞を発表しているんですけれど、そちらで畏れ多くも大賞をお渡しさせていただきました。渡辺さんの作品は、最初はちょっと尖ったことを書いているように見えて、読んでいくと登場人物が私たちの身近にいる感覚がわいてくるので大好きです。『カラスは言った』も突然カラスが語りかけてくるという始まりから、どんどん今の私たちが社会の中で感じていることがリアルに描かれていって、衝撃を受けたんです。今回、対談させてもらえるなんて本当に嬉しくて。
渡辺 私も、明里さんとの対談のお話のメールをいただいた時、嬉しくてニヤニヤしていました(笑)。
齋藤 新刊の『女王様の電話番』もすごく面白かったです。最初にタイトルを聞いた時、「中世ヨーロッパの歴史ものかな」と思ったんですよ。でも中世には電話はないよなあ、って(笑)。書き出しを読んで、また違うタイプの作品を書かれたんだと思ってワクワクしました。
私は小説の書き出しが好きで、「ほんタメ」でも〈好きな書き出し6選〉という企画をやっていて、渡辺さんの作品を選んだこともあるんです。渡辺さんの小説はいつも書き出しにインパクトがある印象ですが、今回が一番すごかったです。
――〈この世界はスーパーセックスワールドだ。/私はそのことに気づくのがひとよりたぶん遅かった。だから仕事を失った。〉という書き出しです。
渡辺 以前から、何事においても恋愛至上主義的な感じの世の中だなと感じてイラッとすることがあったんです。自分の中で蓄積されていたその違和感を簡潔に表そうとした時に、主人公の独白として、最初の一文がすらっと出てきました。
齋藤 主人公の志川さんは、恋愛至上主義的な世の中に馴染めずにいるんですよね。私も、自分は社会のマジョリティ的なものから外れているのではないかと感じる瞬間はあるので、志川さんの戸惑いは自分と照らし合わせるところがすごくありました。
渡辺 自分の価値観は社会のメインの価値観とは違うな、と感じる部分が書けたらいいなと思っていたので、そういうふうに読み取っていただけて嬉しいです。そのなかでも、恋愛における価値観って、本当に人によってバラバラだなと思うんです。
齋藤 友達同士で喋っていても、恋人以外の人とご飯に行くのは許せるかどうかとかって、人によって全然違いますよね。作中にも志川さんが友達とそうした話をする場面がありますね。
渡辺 私も中高生世代の頃から、友達と「どこからが浮気か」という話をしてきたと思います。この世はスーパーセックスワールドのわりには、ルールが明文化されていないんですよね。その混沌とした状況をそのまま書けたらいいなと思いました。

恋愛至上主義に馴染めない主人公のアルバイト先は――
齋藤 志川さんはSMの女王様をデリバリーするお店で電話番のアルバイトを始めますよね。最初、これって志川さんが女王様になるのかなと想像したんです。全然違いましたね(笑)。
渡辺 自分は結末まで知っているので、前情報なしで読む人の気持ちを100%は想像できないんですね。確かに、主人公が女王様としてのし上がっていくストーリーでもおかしくない書き出しだったなと、今気づきました。
齋藤 途中で、志川さんはセックスに対して積極的な感情を持てないと分かってくる。ならばこの物語は本当にどう転がっていくんだろうと思って。ぜんぜん予想できませんでした。
渡辺 よかったです。自分としては、どうなるか予想されちゃうんじゃないかと心配しながら書いているので。
――風俗店の電話番という仕事にしたのは、どういう発想からだったのですか。
渡辺 実は、求人募集を見て普通のアルバイトだと思って面接を受けに行ったら、性風俗店のコールセンターだったことがあって。一日やってみたんですが、私がお客さんのところに派遣する子を決めるのかというプレッシャーを感じて辞めちゃったんですね。そのプレッシャーを掘り下げてみたら、やっぱりスーパーセックスワールドへの戸惑いだったのかなと思って。それで、今回の小説を書くとなった時に、自然と繋がりました。
齋藤 書くにあたって、さらにいろいろ調べたりしたのですか。
渡辺 めっちゃネットサーフィンしました。風俗のお客さん同士の情報交換掲示版みたいなものを熟読したりしました。
齋藤 志川さんが友達にバイトの話をすると、「辞めたほうがいいよ」みたいなことを言う子もいる。この世はスーパーセックスワールドなのに、それにまつわる仕事に拒否感を示す人は多いですよね。
個人的な話になりますが、私はストリップを観に行くのが好きなんです。学生時代からポートレートの写真集を見たり写真展に行くのが好きで、そのなかにはヌードの写真もあったりして。女性の体ってすごくきれいだなと思っていたんですね。それで、女性の小説家でストリップがお好きな方がいて、その影響で観に行ったら、もう仏像とか石像とか、芸術作品を見ているような気持ちになったんです。だから美術館に行くような気持ちで通っています。
渡辺 私も最近、女性から勧められることが多いんです。でも、きっかけがないと行けないなと思っていて。
齋藤 では一緒にぜひ(笑)。でも、ストリップを観に行ったとSNSに書くと、「そんなのに行くのか」みたいに言われることがあるんです。ストリップって、エンターテインメントとして出たくて出ている人もいるのに。その人がやりたい職業をやっているのであれば、他人がそれをけなしたり否定したりしなくていいのに、と思うんですけれど。
恋愛に関しても、その人がしている恋愛を他者が否定することはできないと思うのに、いろいろ言う人はいますよね。
渡辺 食事とか睡眠に対する感覚はわりと共通だけど、セックスに関することって人の価値観に大きな隔たりがあるように感じますね。
齋藤 ご飯は食べたほうがいい、睡眠はとったほうがいい、とはいうけれど、セックスはしたほうがいい、というとなんだか不思議な感じがしちゃいますね。
渡辺 そうなんですよ。
齋藤 ただ、いろいろなセクシャリティがあるということについては、以前に比べて理解が深まっていると思うんです。性的欲求を持たないという向き合い方があることも広まってきている。
ただ、志川さん自身は、自分のセクシャリティのことが分からずにいるじゃないですか。私はそこがすごく良いなと思いました。たとえば、「私はアセクシャルです」と断言できる人のお話を読むと、ヘテロの人からすると理解できないまま終わってしまうかもしれないじゃないですか。でも、主人公自身が分からないということで、読者の中にも、「自分も性に対して分からない部分があるな」とか、「自分も彼女と一緒かもしれない」とか、いろんな感覚が引き出されると思うんです。
志川さんに「いつかセックスできるようになるよ」と言う人もいますよね。そういう人のことも分かるといえば分かるので、だからこそ、渡辺さんの作品って自分の身近なところで起きていることを書いてくれていると感じるんです。読んでいてすごく楽しいです。
渡辺 私は学生時代にセクシャルマイノリティの友達がいて、そういう人たちの集まりに行ってよく話を聞いていたんです。今作を書いているうちに、自分はその時に聞いた知識やワードでマイノリティの世界を知っている気になっているんじゃないかと思って。それで今回、専門家の方にも監修していただきました。そうしたら、「昔はこうだったけど、最近はそうでもないですよ」みたいなご指摘をいただくことが多くて。ものの見方や考え方ってどんどん変わっていくので、私が書いたことが今後大間違いになることもあり得るし、本当に何も断言はできないなと感じました。
齋藤 今マイノリティと言われているものが、マイノリティじゃなくなっていくかもしれないですしね。そうなるといろんな正解も変わってくるし、社会での見え方も変わってくる気がします。
渡辺 確かに。今のお話を聞いて、主人公の元同僚の吉野ちゃんや星先輩はマジョリティとして書いたつもりでしたけれど、彼らが本当にマジョリティかどうかは分からない部分もあるのかな、と思いました。
――吉野ちゃんはネットでアセクシャルについて調べてきて、志川さんを理解したつもりでいますよね。
齋藤 ちゃんと勉強しようという気持ちはあると思うんです。でも、勉強して知った気になるのは怖いですね。本人にしか分からないことだってあるだろうし。私自身にも、吉野ちゃんと同じようなところはある気がします。
渡辺 センシティブな問題ほどちゃんと調べなきゃと思って調べて、知った気になってしまいがちですよね。私も、自分では気付かないうちに吉野ちゃん側に立っていることはものすごくあるんだろうなと思います。
齋藤 たとえば、自分の友人がセクシャルマイノリティであることを話してくれて、理解したいと思う時ってありますよね。最近、そういう時は、対人間として付き合えばいいんだって思うようになりました。たとえば「志川ちゃんはこういう人」とくくるのでなく、「志川ちゃんは志川ちゃん」、みたいな。
渡辺 そうですね。人のことを、属性やジャンルで決めつけたくはないですよね。私はこの作品に限らず、「この年齢の人はこういう人格だ」みたいな決めつけをして書かないようにしています。たとえば今回、風俗店のお客さんが三人ほど出てくるんですけれど、「風俗に通う人はこういう人だ」と決めつけないように、書き分けました。
齋藤 女王様もいろんな人が出てきますよね。自分の中に固定観念としてあった女王様のイメージとはまた違う人がいっぱいいました。私は志川さんと仲良くなる美織さんという女王様が大好きでした。
渡辺 ああ、よかったです。美織さんに対してどういう感想を持ってもらえるのか気になっていたんです。
齋藤 ある意味、分け隔てなく愛を与えられるというか、万物への愛を持っている人に見えました、私は。
渡辺 そうなんです。何度も書き直していくうちに、まさに周囲のすべてに愛情を持っている人になっていきました。
――その美織さんが、突然姿を消してしまうんですよね。志川さんは心配して行方を捜し始めます。
渡辺 こういうお店では、勤めている女の子が無断でいなくなることが多いと聞いていたので、最初のプロットから美織さんの失踪は決めていました。これはスーパーセックスワールドについての小説ではあるけれど、それだけだと世界に対する文句だけで終わってしまう気がして。同じ場所をぐるぐるしているだけじゃなく、主人公が何かしら動いて、成長するなり何かを見つけるなりしてほしかったんです。
齋藤 渡辺さんの作品は、こういうミステリ的な要素があるからぐいぐい読んじゃうんです。普通のミステリだったら事件が起きて解決したら終わりだけれど、今回の物語だと、そもそも美織さんが見つかるのかも分からない。読者からすると、どこに着地するかまったく分からないんですよね。
渡辺 ああ、確かにそうですね。
齋藤 志川さんが調べていくと、美織さん像がどんどん変わっていく。本当はどういう人なのか、私もいろいろ想像しましたが、結局全然違いました。美織さんはこんなふうに肯定的に世界を見ているのか、って。人って、世の中の悪いところばかり見える人と、いいところばかり見える人がいると思うんです。私はできる限りいいところを見たいんですけれど、しんどい時はどんどん悪いほうばかり見てしまう。美織さんみたいな考え方なら、穏やかに生きていけるんじゃないかなと思いました。それも含めて、美織さんには憧れを感じます。
渡辺 人によっては、美織さんみたいな人は無理、と言うと思うんです。
齋藤 傍から見たらちょっと悪女かもしれませんね。でも私、ファム・ファタルって憧れるんですよ(笑)。『痴人の愛』のナオミみたいな女性にも憧れてしまいます。
渡辺 分かります。悪ければ悪いほどテンションが上がる、みたいな(笑)。
齋藤 私は「恋愛×地獄」の、なりふりかまわない系の恋愛小説が好きなんです。自分も愛されるファム・ファタルになりたい(笑)。もしかしたら、自分がファム・ファタルに振り回されたいのかもしれないけれど。
渡辺 私はファム・ファタルという言葉自体に憧れます。最初にそのワードを知ったのはサガンの『悲しみよこんにちは』で、父親が主人公をファム・ファタルふうに装わせる、みたいな一文があるんですよね。元気いっぱいでフレッシュな女性に対して、若干影のある女性のほうがファム・ファタルとして描かれていて、めっちゃお洒落じゃんと思って(笑)。『エヴァンゲリオン』の綾波レイにも憧れます。
齋藤 アンニュイな感じの。
渡辺 映画や小説やゲームでも、メインヒロインの「俺のことをすごく好きになってくれる女の子」よりも、敵側の女の子に惹かれちゃうところがあります。
齋藤 渡辺さんの『きみがいた世界は完璧でした、が』もそのイメージですか。
渡辺 あのヒロインの女の子はまさにファム・ファタルのイメージで書いたかもしれないです。
齋藤 志川さんにとって、美織さんはファム・ファタルですよね。
渡辺 そうですね。でも他の同僚から見ると、美織さんって他人との距離感がバグっている、ぐいぐいくるおばちゃんという感じなんですよね。
齋藤 志川さんが孤独を感じている時に出会ったからこそ、美織さんが運命の人になっちゃったというか。
渡辺 推しができる瞬間って割とそういう個人的なもので、出会うタイミングによりますよね。そう考えると、人の推しの良さが分からなかったとしても、うかつに辛口コメントしちゃいけないですね。
齋藤 人には人の推しがある、という。
渡辺 結局、全部、人それぞれ、というところに収束していく気がします。

この小説は救いになると思う
齋藤 志川さんがどこにたどり着くのか、ものすごく気になってどんどんページをめくりました。
渡辺 主人公がどういうふうに生きていくか、どう落としどころをつけるか、書きながら考えたけれどぜんぜん分からなくて。だったら「自分が分からない」という、その「分からなさ」に共感してもらえるかな、と思いました。
齋藤 私はあの終わり方がすごく好きです。世の中にはいろんなセクシャリティの人がいて、それを周囲が受け入れようが受け入れまいが、事実としてその人は“いる”じゃないですか。それを認められるようになっていく話だなと思って。それぞれが、「私は私として生きています」ってことなんですよね。だから、志川ちゃんのような人だけでなく、いろんな人にとってこの小説は救いになるんじゃないかと思ったんです。
渡辺 嬉しいです。これはいわゆる恋愛小説ではないですけれど、私はこれまで恋愛やセックスをテーマにしてこなかったし、しようとも思っていなかったんです。なので、とにかくそうしたテーマで一冊書き終えて、こうやって読んでいただけて、本当によかったです。
齋藤 これまでまったく書こうと思わなかったのですか。
渡辺 私は走るのが苦手だからマラソン小説は書かないだろうし、野球も興味がないので野球小説は書かないだろうし。そういうもののひとつとして、恋愛もあえてメインテーマとしては書かないだろうと思っていました。今回、編集者がすごくプッシュしてくれたから書けたので、もしかしたら今後、ものすごくプッシュされたら野球小説が書ける日がやってくるかもしれませんが(笑)。
齋藤 私は恋愛小説を読むのが好きなので、いつかまた新たな形で渡辺さんが恋愛について書かれた本が読めたら楽しいな、って勝手に思っています。
渡辺 そうですね。もしかしたら、齋藤さん好みの、地獄のような恋愛小説を書ける日がくるかもしれません。
齋藤 やった(笑)。
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プロフィール
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渡辺 優 (わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。大学卒業後、仕事のかたわら小説を執筆。2015年に「ラメルノエリキサ」で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』、『アイドル 地下にうごめく星』がある。
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