現代人の心に沁みる時代小説の旗手として、数々の物語を世に送り出してきた西條奈加さん。
 「小説すばる」に掲載された連作六編をまとめた『心淋うらさびがわ』の舞台は、根津権現の裏手にある、淀んだ水たまりのような集落。人呼んで「心町うらまち」。そこに棲む人々は、割り切れない思いを抱えながら、懸命に澱をすくい上げ、何とか幸福を濾し取ろうと試みます。切ない。でも、どこか温かい。
 作品に通底する作者の目は、コロナ禍の最中にあって、この時代という川の流れをどのように見つめているのかをお聞きしました。

構成/大谷道子 初出/「小説すばる」2020年10月号

撮影/冨永智子

うらさびれた町と分断される社会

――コロナウイルスの感染拡大でまだまだ予断を許さない状況が続いていますが、この間、生活に変化はありましたか?

西條 ぜんぜん変わってないですね。午前中に集中して3時間執筆、午後は資料を読んだりゲラの作業というペースは同じですし、書く枚数が増えたり減ったりということもなく。自粛期間にぎっくり腰をやってしまって、それで若干テンションが下がったことはありましたが、以降はまったく大丈夫ですね。
 ただ、気晴らしは減りました。月に3、4回は友達と外食したりしていたのが全部なくなったし、旅行も好きでちょこちょこ行っていたんですが、それもできなくなり。親が高齢なので実家に帰省もできません。たまに作家仲間でオンライン飲み会をしているんですが、「遊びがなくて仕事ばっかりだね~」とみんな言ってます(笑)。

――そんな中、連作短編集『心淋し川』が刊行されました。舞台は江戸・根津権現近くの千駄木町の一角、生きることに倦んだ人々の吐息と淀んだ水の臭気が凝った、通称「心町」。冒頭の表題作には、ここで生まれ育ち、針仕事で家の生計を助ける娘・ちほの恋が描かれ、《あたしはここを出たら、二度と戻りたくなぞない》という語りが切なく響きます。

西條 心町は架空の町ですが、編集さんと一緒に根津権現の北の裏手にあたる千駄木町のあたりを取材したことがありました。昔、色街があったという根津権現の参道は今も賑やかですが、たった一本道を挟むと、とても静かな住宅街になっていて、高低差がけっこうあるんです。作品の中にも書いた崖のような場所も、ちゃんと残っていました。そこで、崖下にある、うらさびれた小さな集落のイメージが湧いたんです。

――全六編を通して、長屋住まいだったり、縁者を持たない人だったりと、貧しくて寄る辺ない人々の日常にスポットが当てられていますね。

西條 何年か前から、大晦日の炊き出しの様子や、ホームレス、ネットカフェ難民を特集した番組や記事が気になってよく見ていたんです。コロナ禍以降だと、生活費を稼ぐためにUber Eatsの仕事を始めた人の話とか。
 どうしてかというと、自分もいつそういう立場になるかわからないという思いがあるんですよね。作家という仕事だって、会社員と比べたら何の保証もないわけで。そんなふうに今は安定した人とそうでない弱者との間ですごく分断が進んでいる。そのことが気になって、不安な境遇に置かれた人々の物語に傾いていったのかもしれません。

現代の物語を江戸時代へ輸出?

――二編目の『閨仏』は、老商人・六兵衛の妾となり、同じ境遇の3人の女と一軒家で同居するおりきの物語。彼女はある日、ちょっとした悪戯心であるものに仏の顔を彫ることを思いつくのですが、それが六兵衛が密かに持っていた淫具の張形だという驚きの設定です。

西條 佐江衆一さんがお書きになった短編集『江戸職人綺譚』がとても好きだったんですが、その中に、淫具を作る職人の話があったんです。何よりすごく真剣に、真面目に作っているのが面白いなぁと思いましたね。やたらと細工に凝る職人だっておそらくいたでしょうし。

――おりきは本物の仏師に《あんたの仏には、ちゃんと心がある》とほめられ、より一層のめり込んでいきます。人から認められる喜びを得たんですね。

西條 仏師もアーティストだから、ちょっと変わってるんですよ(笑)。妾4人が同居する設定には、『源氏物語』の影響があると思います。平安時代は通い婚で、本来はそれぞれの女性の家を訪れるわけですが、光源氏は身寄りのない女性を世話する目的もあって、ひとつの屋敷に集めますよね。『閨仏』に登場する女性たちにも行き場や帰る場所がない。当時の女性の立場の弱さを象徴しています。
 一方、本当の友だちにはなれないけれど、すごく分かり合えるかもしれないし、他の3人の面倒をみることでおりきはある種の安心を得ている。そういう微妙な人間関係を描いてみようと思いました。

――続く『はじめましょ』の主人公は、飯屋を営む与吾蔵。腕はいいのに不器用な性格が災いして料亭を飛び出し、心町で先代主人の後を引き継いだ街場の料理人ですが、彼の作る料理のおいしそうなこと! 生姜を利かせた「漬け鮪」、安い豆腐を細長く切ったうどん風の「八杯豆腐」など、食欲を刺激されます。

西條 時代小説で食を書くのは、実は非常に面倒くさいんですよ(笑)。季節ごとに魚も野菜も決まっていて、きちんと考証しないといけないので。そして、貧乏料理というのが、とにかく華がなくて難しい。メニューは現代の和食の本などを参考にして考えましたが、知恵を絞りに絞って、これが精いっぱいでした。
 偶然出会った少女を介して昔の恋人と再会する物語は、ずいぶん前にネタとして思いついていたのですが、そのときは現代が舞台でした。飯屋云々ではなく、バス待ちをしていたら小さな女の子と知り合って、その子の母親が実は昔の恋人で、もしかしたら……という感じで。

――現代を舞台に発想した物語を時代小説にすることは、よくあるのですか?

西條 普段、何かの拍子に刺激を受けて浮かぶのは、圧倒的に現代の物語なんです。でも正直なところ、仕事として依頼されるのがほとんど時代物なので、ある意味、何とかしてそっちの方向に持っていって……ということもありますね。

――その過程で特に難儀されていることなどあるのでしょうか?

西條 そうですねぇ、江戸時代にはバス停がない、とか(笑)。ローカルで、ノスタルジックな雰囲気を醸し出すようなアイテムが少ないし、往来の風景も今とは違うので、登場人物が会話をする場面も、どうしても堀端とか店の軒先とか限られちゃうんですよね。

心を閉ざしたらすべてが終わる

――四編目『冬虫夏草』は、いわば江戸の「毒親」の物語。息子への愛情に執着し、家を失い、社会から孤立する母・お吉の壮絶な生きざまが描かれます。

西條 この物語も、現代の親子関係をめぐるアイデアが元になっています。あと、私の身近に娘と息子を持つ母親がいるんですが、彼女が「息子を産んでから夫が要らなくなった」と言っていたのが強く印象に残りました。女親が男の子を、あるいは男親が女の子を溺愛していて、そのことに当人はまったく気づいていない、気づいても見て見ぬふりをするというような話はよく聞きますが、異性の親子ってどこか恋愛のような感情が混じるんじゃないかな? と思ったことも、きっかけのひとつになりました。
「息子さえいれば」というお吉の確信は、ある意味では強さとも言えるんですが、それにしても人の話を聞かなくなったら終わりなんだろうなと感じましたね。

――結末も容赦ないですよね。大人になっても依存的なままの息子と、頼られることを生きがいにしている母は、まさに「8050問題」の原型のよう。親子関係、女性の生き方など、現代に通じるモチーフを時代小説に取り入れる際、注意していることはありますか?

西條 注意というか、もともと、自分が若い頃に読んだ時代物では、女性の描かれ方が古くて共感できないことが多かったんです。言葉遣いとか、そこであてがわれる役割とか。そのこともあって、自分の中では、つい現代から外れすぎない感じで書いてしまうんだと思いますね。いくら時代小説でも現代の人が読むわけですから、少なくとも、書いていて自分がイラッとしない人物や物語を。

――そもそもデビュー作(『金春屋ゴメス』)のジャンルはファンタジー小説でした。現在のような執筆状況は、ご自身でも思わぬ展開なのでしょうか。

西條 まったく予想していませんでした。というか、時代物が自分に書けるとも思っていなかったので。何も下地がなかったので、とにかく調べて、読んで、集めて、知識を詰め込んだ最初の5年くらいは本当にしんどかったですね。史実物を書くにあたっての資料読みは、今でも気持ちが悪くなります(笑)。

――意外です。今作も、まさに江戸の庶民の呼吸がリアルに伝わってくるようで。

西條 そうですか? どちらかというと、リアリティを出すのは苦手なほうなんですが……。そういう意味では『心淋し川』では、できるだけ生活臭のようなものを出したいなと、あえて挑戦したところはあると思います。
 たまに現代物を書くんですが、時代物と同じことを現代でやってしまうと、だめなんですよね。痛いというか、肌が擦れるような感じがあって。やっぱり、時代物というフィクションの枠組みがあることで、一種のファンタジーになるわけじゃないですか。だから、現代物ではなかなか書けない、たとえば残酷な状況を書いても大丈夫だったりするんです。

ゆるい連帯がセーフティーネットに

――『明けぬ里』は、同じ廓に身を置いたふたりの女性の運命の分岐を描いた物語。そして、最後に置かれた『灰の男』は、それまでの五編でたびたび登場しては心町の人々の世話をしていた差配の茂十が主人公です。実はずっと、茂十の存在が気になっていました。もともと町奉行所の同心だった彼は、息子を殺された暗い過去を持っていて、その犯人と思しき人物と心町で遭遇し、12年ものあいだ傍で見張り続けてきたという……。

西條 その期間を何年にするか、書き始めたときは決めていなかったんですが、息子を殺された恨みと向き合うには、やはりそのくらいの歳月が必要なのではないかと思ったんですよね。

――会った瞬間に仇討ちを果たすこともできたはずなのに、茂十はそうせず、手を下すでもなく赦すでもなく、自問自答を続けながら彼の傍に居続けます。

西條 その葛藤をつぶさに描きたかったんですよね。年老いて抜け殻のようになってしまった相手に情をかけたのは、やはり彼が武士だったからだと思います。
 そして、町の差配としてさまざまな人の世話をしたことも、その後の心境の変化につながったのではないでしょうか。現代でも災害の起こった地域へボランティアに行ったりしますが、そうした行動は、誰かのためというだけでなく、結果的に自分のためでもあるんじゃないかと思ったりするので。

――《悲嘆も無念も悔恨も、時のふるいにかけられて、ただひとつの物思いだけが残される。虚に等しく、死に近いもの─その名を寂寥という》。これは『灰の男』の冒頭ですが、本作をはじめ西條さんの近作からは、人生や命の儚さに起因する寂寥が濃密に感じられます。

西條 寂寥をダイレクトに小説のテーマに据えることは難しいのですが、やはりどこかで、「人間は所詮ひとりなんだ」ということを考えとして持っているからなんじゃないか、と思います。
 でも、だからこそ他人の存在が必要なんですよね。たとえ家族がいたとしても、永遠に一緒にいられるわけじゃないし、そうなると友人なり、ご近所さんなり、趣味の仲間なり、誰かと繫がっていることが、すごく大事なんじゃないかと。そんなゆるい連帯があることが、生きていくうえでいちばんのセーフティーネットになるような気がしています。
 自分自身、30代くらいまではあまりそんなことは考えませんでしたが、それこそ今のような状況になったときに、たとえオンラインであっても人と話せることは楽しいし、ありがたいなと思う。人と人との距離を遠ざけたということが、コロナ禍のもっとも怖いことだったのかもしれません。狭い飲み屋でぎゅうぎゅうになって飲むあの感じがいつになったら戻ってくるんだろう? と思いますね。

――そして、単に辛い、寂しいと嘆くだけでなく、状況を受け入れて生きる人の強さも感じられました。思えば江戸の昔、身分制度は厳格だったし、女性には今よりはるかに自由がなかった。飢饉も、それこそ、疫病も頻繁に流行ったわけで。

西條 おそらく今よりは日常茶飯事だったでしょうね。でも、コロリ(コレラ)や疱瘡(天然痘)が流行したとき、やっぱり昔の人もワタワタしたんじゃないかと思いますけどね。現代の私たちが「こんな科学が発達した時代に」と完全に油断していたみたいに。結局、人間のありようは、時代時代でそこまで変わらないんじゃないかと思います。