石田夏穂デビュー作『我が友、スミス』インタビュー「女性ボディ・ビル界から考えるジェンダーロール」
第45回すばる文学賞の佳作に続いて、第166回芥川賞候補作にも選ばれた小説『我が友、スミス』(2022年1月19日刊行)。筋トレにはまり、ボディ・ビル大会出場を目指す女性を描いたこの作品について、著者の石田夏穂さんにインタビュー。文学の世界に降り立った新しい書き手の背景にも迫る。
ジムで見かけた人たちから着想
――『我が友、スミス』がすばる文学賞の佳作に選ばれたときの気持ちを教えてください。
率直にとても嬉しかったです。今、会社勤めをしていて、連絡は会社で受けました。最初は心がしびれた感じでしたが、帰路に電車に揺られながら、じわじわと実感が湧いてきました。
――この作品は、ジムに入会して約一年の二十代会社員U野が、筋トレに励んでいるところから始まります。物語を立ち上げるきっかけは何だったのでしょうか。
私は約二年前からジム通いをしています。そこにボディ・ビルやフィジークの大会に出ていそうな人が何人かいて、その世界に興味を持ちました。彼・彼女たちは扱う重量は重いし、大会前になると日焼けをし、纏っているオーラもすごい。筋トレは、一般的にはスポーツで必要な筋力をつけるとか、ダイエットやアンチエイジングなどの目的で行うと思うのですが、彼・彼女たちは主に筋トレ自体が目的。そういう特異な世界が面白そうで興味を抱きました。
――主人公のU野、彼女のパーソナルトレーナーのT井、ルックスが大会仕様になるよう指導するスペシャルコーチのE藤と、登場人物名をアルファベットと漢字の組み合わせで表記していることや、文末の促音の多用に、そこはかとないユーモアを感じました。
名前に関しては、ちょっととぼけている感じが出るかなと思っただけで、あまり深い理由はありません。促音は、一生懸命腹の底から気合いを入れている感じを出したくて。「!」より「っ」のほうが好きなんです。
――彼女たちには実在のモデルがいるのでしょうか。
ジムで見かけた複数人からイメージを膨らませました。U野は、斜に構えて若干生意気というか、どこか世間をなめている感じが、書いていて一番面白かったです。
ぐいぐい読ませる大会への準備過程
――筋トレをしていたU野を、歴史のある大会で七連覇した大御所のO島が「大会に出てみない?」とスカウトするところから物語が動き始めます。彼女はどうしてスカウトに乗って、競技にトライする気になったんだと思われますか?
U野は多分、O島に憧れみたいなものを見出してついていったんじゃないでしょうか。というのは、やはり日常生活では筋肉ムキムキの女性はあまり見かけません。ロールモデル的な存在がいると心強いし、憧れる気持ちが湧いて大会に出てみたくなったんだと思います。
――O島は自分のジムでトレーニングすると「別の生き物になるよ」とU野を勧誘します。この言葉は筋トレ愛好者からも共感を得られそうです。なぜこの言葉が出てきたのでしょうか。
最初は「男みたいになれる」や「女じゃないものになれる」などと書こうとしたのですが、何か違うと思いました。ここは、すごく鍛えると別の身体になるところから「別の生き物」という比喩ができると考えた結果です。そうとしか言えませんでした。
――ボディ・ビルを全く知らない人にとっては、U野の大会に望む準備の過程が非常に面白い。「こんなことも必要なんだ」という驚きとU野の奮闘ぶりに、どんどん引き込まれます。
私も知識ゼロから学んだので、あまり高い位置からではなく書けたところはあると思います。最初はボディ・ビル関連本や筋トレの本を読んだり、ジムに来ているトレーニー(筋トレをしている人)たちのトレーニング方法を観察したりしました。大会に出る女性は本当にキラキラしていてきれいなんです。このプロセスは、過去の大会の写真でステージに立っている人たちを見て、もし自分が出るとしたらまず何をするかを想像して書きました。リアルではなくフィクションです。
――T井のトレーニング以外にも、減量、脱毛やピアスの穴あけ、E藤が指導するビキニ選びやハイヒールで歩く特訓とか。真面目に取り組んでいるU野がときどき滑稽にも読めてしまいます。
書いていて一番楽しかったのは、E島とのポージングレッスンの場面です。規定のポーズを大会用に仕上げようと、最も大会を意識して合わせにいっている場面なので、気合いを入れて書きました。
ジェンダーのテーマに関心がある
――女性の大会では筋肉に加えて女性の美も求められる。U野は強くなりたくて筋トレを始めたのに、女らしさを次々と身に付ける必要に迫られます。そんななかで聞こえてきた、男性の同僚からの「女性は大変ですね」という言葉。彼を含む会社の人間たちは、U野に恋人ができたから自分磨きを始めたと誤解しているんですよね。
U野が準備を進める過程で、こういうことは本当はしたくないのにせざるを得ない、という葛藤を抱えていたときに、男性の同僚から「女性は大変ですね」と言われます。彼女はなけなしでもプライドがある人と思います。私は別に可哀相な人間ではないから同情は無用、という彼女の気持ちを表現したくて、この言葉を書きました。
――母親が言う「女の人が、あんなに鍛えちゃ変じゃない」も、U野にとっては違和感そのものだと思います。
女性がムキムキすぎるのは変、という一般的な反応を、ここで示そうと思いました。O島が現役の頃も、女がジム通いをすると男の真似をしていると白い目で見られ、それでも彼女は力強くなりたいとトレーニングを重ね、何度も頂点に立った、という設定です。U野はそういうO島と似た体験をすることで、憧れのO島に少し近づいたのかもしれません。
――結局、U野は別の生き物になりたくて準備を始めたものの、この競技の持つクラシックなジェンダーバイアスと、愛する筋肉との間で揺れたまま大会に出場することになります。
一見女性らしさと対極にあるような世界でも、意外なところからそれが求められる。もちろん、ボディ・ビルという競技を非難しているわけでは全くありませんが、気づいたらここにも、という面を書きたいと思いました。ボディ・ビルは、そのときに一番自分が生き生きと書けるモチーフでした。
――この小説に、今のフェミニズムやルッキズムの視点を感じる人は大勢いるはずです。大会ラストでのU野の行動は、そういう人にとって溜飲を下げる振る舞いだと読み取れます。
私自身は、何か新しいことを書いている自覚は全然ありませんでした。小説を書き始めて以来、私の書くものは日常の違和感がテーマになることが多いのですが、今三十歳の自分が感じる一番の違和感は、やはりジェンダーに関することが多いように思います。そのため、今後書くものもジェンダーを意識させるかもしれません。
これから書いていきたいテーマ
――石田さんが小説を書き始めたきっかけを教えてください。
高校時代から本を読むのも文章を書くのも好きでしたが、二十歳のときに髙村薫さんのデビュー作『黄金を抱いて翔べ』を読んで大好きになり、こういう小説を書きたいと思ったのが最初です。これは悪い男たちが集まって金塊強奪をする話なのですが、その影響を受けて最初は五百枚くらいのテロリストの小説を書きました。でも全然駄目で、路線を変えて次第に市井の人を書くようになりました。
――会社に勤めながら、いつ執筆しているのでしょうか。
平日は早起きして、朝一、二時間書いてから出勤します。休日は午前中に書くことが多いです。
――小説の着想源はどんなところから?
基本的にはいつも考えています。お笑い芸人のようにネタ帳を持ち歩き、思いついたらメモします。後日ノートにまとめて矢印で時系列を整理し、それを一週間くらい見つめてからパソコンで書き始めます。
――今温めているテーマはありますか?
書きたいものはいろいろあります。次も普通の会社員の話を書きたいと思っています。
(2021.12.16 神保町にて)
構成/綿貫あかね 撮影/中野義樹
プロフィール
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石田 夏穂 (いしだ・かほ)
1991年埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒。2021年「我が友、スミス」が第45回すばる文学賞佳作となり、デビュー。同作は第166回芥川龍之介賞候補にもなる。他の著書に『ケチる貴方』がある。
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