
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第18回:竹雄
2025年04月11日
私が住んでいるマンションのキッチンには、食器洗浄乾燥機がついている。使ったことはない。この話を前にもどこかに書いた気がする。二度目だったらごめん。三度目かもしれない。でもどうしても洗いものの話がしたい。
このあいだSNSで「食器洗浄乾燥機を使うのは甘えか否か」というような話題があがっていた。もちろん甘えではない。家事の効率化を「甘え」なんて言われたらたまったもんじゃない。ほんものの甘えを見せたろか? という気分になる。
私が食器洗浄乾燥機を使わないのは単に「手で食器を洗うこと」より「定期的にメンテナンスしなければならない家電がもうひとつ増える」ほうがめんどうだからだ。
「定期的」がだめなのだと思う。今もこれを書きながら、洗濯槽のクリーニングをかれこれ三か月ほどサボっていることを思い出した。私は洗剤を入れて数時間待つだけの作業すら定期的にやれない人間なのだ。なめてもらってはこまる。
というわけで、今日も今日とて洗いものをしている。洗いながら小説のことを考えている時もあるが、たまに、ただきれいに洗いあげることだけに、あえて集中する時もある。洗い終わると、すごく気分がすっきりする。マインドフルネス的な効果があるのかもしれない。
しかし、「そこまでめんどうではない」は、やはり好きとか楽しいということとはまったく違う。だから、どうしてもやりたくないという時もけっこうある。しかし我が家は食器の量を最小限に抑えているので、洗いものをしないと次の食事の際に使える皿がなくなってしまう。
洗いものという行為に楽しみ要素を追加できないかと、コードレスイヤホンを買ってみた。家事をしている時間だけ、ポッドキャストやオーディブルを聞いてもいい、というルールを定めたのだった。
(ただし料理をする時は聞かない。とくに炒めものや揚げものをする時は。気が逸れると危ないから、というのもあるし、ジャッとかジュワーとかいう音を楽しみたいからだ。「おいしそうな音」は私にとっては娯楽のひとつなのだ)
揚げものはおいしいが、洗いものが増えるという点ではやっかいな調理法である。もっとも最近、油の処理をしたあとフライパンの汚れをキッチンペーパーで拭き、さらに使用済みのティーバッグで擦るというやりかたを覚えてからは以前よりずっと楽になった。紅茶や緑茶の成分が油を分解してくれるらしく、スッキリと汚れが落ちる。洗剤も少量で済む。
更に、今までは食器用のスポンジを使っていたのだが、竹のディッシュブラシを使うようになったら、やっていることは今までと一緒なのに、なぜだかとても楽しいのだ。
皿? おう、じゃんじゃん持って来いよ! ぜーんぶオイラが洗ってやるよ! みたいな気分になる。なぜ一人称が「オイラ」になるのかは自分でもよくわからない。私の中に少年が住んでいるのかもしれない。洗いもの小僧。その名は竹雄。曲がったことが大嫌い。
竹雄は元気いっぱいだが、繊細さに欠けるきらいがあり、そのせいで皿美や碗太郎を傷つけてしまうこともある。
完璧な人間などいない。子どもならなおさらだ。竹雄は自分の失敗に落ちこみ、時には泣く。子どもの力ではとうてい歯が立たない汚れもある。
しかし竹雄はあきらめない。スポンジ先輩やスチールたわし師匠に支えられながら成長していくのである。がんばれ竹雄! 負けるな竹雄! つづく(つづかない)
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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