
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第2回:最後の晩餐
2024年12月13日
「人生最後の晩餐に食べるとしたら」という話題が、昔からどうにも苦手だ。普通に「好きな食べもの」を挙げればいいのだろうが、「人生最後」のほうに意識が向いてしまい、そんな絶望的な状況でニコニコしながら好物を食えるんか? ちゃんと味わえるんか? おん? と質問してきた相手を問い詰めそうになってしまうのである。
わたしの父は七十歳で死んだ。緩和ケア病棟に入ってからは毎日のように「穴子が食べたい」「コーヒーが飲みたい」と言い、私や母は必死になってそれらのものを調達したが、実際にはひとくちも食べなかった。
父は私たちを振り回して喜んでいたわけではない、と思う。ほんとうに具合が悪くて、食べられなかったのだろう。わかってはいたのだが、手をつけられずに皿の上で乾いていく穴子を見ていると無性に腹が立った。「余命わずかな父にできるかぎりのことをしてやりたい気持ち」と「耐えがたいほどの徒労感」のあいだで、ずっと揺れていた。
秋のなかばに「スイカが食べたい」と言われ、スーパーマーケットに探しに行ったが見つからなかった。もっと真剣に探せば、見つけられたのかもしれない。でもわたしはそうしなかった。連日の病院への泊まりこみで疲弊していた私には、「どうせ食べられないんでしょ?」という投げやりな気持ちがたしかにあった。父はそれからまもなく昏睡状態になり、そのまま息を引き取ったので、親子の最後の会話はスイカがなかったという報告と、落胆した父の相槌、ということになる。
そんな私が、たとえ雑談レベルであっても「えーっと最後の晩餐にはふぐ刺しがいいザマスねえ」などとはしゃぐのは、やっぱりまちがっているように思う。
それに確実に死ぬとわかっているのなら、なにか食べる必要はない。人間は生き延びるために食べるのだから。そんな気持ちでここ数年は「なにも食べない」と答えて場を白けさせるというおもんな人(びと)のふるまいを続けていたのだが、最近また考えが変わってきた。
そもそも「人生最後」とはいったい、どういう状況なのか。地球に巨大な隕石が衝突するとか? だとしたらまず外食は無理だろう。レストランだろうがカフェだろうが、そんな時に営業しているとは思えない。スーパーマーケットやコンビニだって開いているかどうかあやしい。そういうわけで、カンパンなどを食べて過ごすことになるに違いない。父のように病気になって「人生最後」となる場合もあるだろう。その場合は喉を通るものが限られてくる。
というような話をある人にしたところ「じゃあ元気なままで、あなた一人が人生を終えるというシチュエーションなら、なにを食べますか?」と問われた。なにそれ。殺されるやつやん完全に。最後にひとつだけお前の願いを叶えてやろうっていうパターンのやつやんか。
私ことテラヌンティウスはある日、王城に呼び出された。聞けば竹馬の友メロ山が王の暗殺を企て、捕らえられたというのである。あれよあれよというまにテラヌンティウスは妹の結婚式に出たがっているメロ山のために人質にされてしまう。期限までにメロ山が戻ってこなければ、テラヌンティウスはメロ山の身代わりとなって処刑されるのだ。はたしてメロ山は間に合うのか……みたいな状況で、メロ山が戻ってこなかったパターンしかありえないと思う。
やっぱり、そんな絶望的な状況でニコニコしながら好物を食えるわけがない。メロ山への恨みもつのる。信じていたのに――。
でも、だからこそ、なんとしても食べなければならないのかもしれない。だって、もしかしたら隙をついて逃げ出せるかもしれないではないか。「人生最後」をひっくり返すチャンスを狙いたい。生きることをあきらめたくない。
そういうわけで、このパターンの人生最後の晩餐の際にはなにか腹持ちのよいものを食べることにした。逃げのびた先で長時間潜伏することになるかもしれないからだ。
お餅なんて、良いのではないだろうか。最終的にまったく好物ではない食べものに辿りついてしまったが、ひとまずはこれが答えだ。私が人生最後に食べるもの、それはお餅。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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