
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第4回:好きじゃなくてもいいじゃないか
2024年12月27日
突然だが、自分の顔が好みではない。
念のため言っておくが、「嫌い」というわけではない。きれいだなあとか、好きだなあと思う顔と自分の顔に乖離があるというだけで、整形手術を検討しているとか、鏡を見るのも苦痛だとか、そういうことではない。
もちろん十~二十代の頃は多少そういう気持ちもあったが、最近は自分の写真や鏡を見るたびに「んー、ま、好みじゃねえわな」と思うだけだ。好みではないが責任はあると思っているので、お世話(スキンケアなど)はちゃんとする。
以前ある人にこんな話をしたところ「テラッチはどうしてそんなに自己肯定感が低いの?」と悲しそうに質問されたのだが、自己肯定感とは「ありのままの自分を認め、受け入れる感覚のこと」らしいので、つまりは私ほど自己肯定感の高い人間はいない、ということになりはしないだろうか。「自分のことがとくに好きではない」と「ありのままの自分を受け入れる」は相反しない。
顔その他の外見的要素以外もそうだ。突出した運動能力も芸術的センスも明晰な頭脳もなにひとつ備わってない私というこの存在、好みじゃねえけど、自分として生まれてきたからには生をまっとうする義務もあるし、まあなんとかやっていくか……ぐらいに思って日々過ごしている。
他者や物に対しても同じことで、べつに好きであろうがなかろうが他者には敬意を払わなければならないし、お気に入りであろうがなかろうが、物は大切にあつかったほうがいい。
そもそも、「好き」って、そんなにポジティブな感情だろうか。私にはそうは思えない。けっこう暴力的な感情だとすら思う。
「あなたのことが好き」
「心から好き」
そう言って接近してきた人が、私が同じ分量の「好き」を返さない人間であるとわかるやいなやチッと舌打ち、あるいはペッと唾吐き、「なんか思ってたのと違う」とあざやかに手のひら返しをかまされる、という経験を何度もしてきた。私自身だって、あまり人のことは言えないと思う。自分の「好き」にふりまわされて奇声を発しながら走りまわったこともあるし、有り金を使い果たしたこともある。人、物、それ以外に対する行為であっても、「好き」に支配されている時の人間がやることはたいていめちゃくちゃなのだ。
でもこれは私やこれまで出会ってきたチッペたち(チッと舌打ち、ペッと唾吐く人たちの略)の「好き」のあつかいかたがことごとくへたくそだっただけなのかもしれない。
きっと「好き」をスーパーポジティブエネルギーに変換し、世界を愛で満たしてキラキラ輝かせる人もちゃんといるだろう。
ただ、そんなふうに生きられない人たちに、あるいは自分のことがあんまり好きになれないとか、あるいは好きだと思えるものがないことに悩んでいる人たちに、私は「いいじゃないか」と言いたい。好きじゃなくてもできることがあるとか、特別好きじゃないけどやっていける場所があるとか、それはそれでとても得がたいものなんじゃないですかね、ということを、私は伝えたいのである。
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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