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ボージャングルを待ちながら

ボージャングルを待ちながら

ボージャングルを待ちながら

オリヴィエ・ブルドー 著
金子ゆき子 訳
2017年9月26日発売
ISBN:978-4-08-773490-4
定価:本体1700円+税

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現実を笑い飛ばして暮らす、3人家族の狂騒の日々。
その華やかで軽やかな暮らしの裏側には、静かな覚悟が秘められていた。奔放で魅力的、そしてせつないフランスのベストセラー、待望の邦訳。

待望の映画化、進行中!
『ボージャングルを待ちながら』
著者オリヴィエ・ブルドー氏 インタビュー

  • オリヴィエ・ブルドー
    Photo/山下みどり

 デビュー長篇『ボージャングルを待ちながら』で大成功を収めたフランス人作家オリヴィエ・ブルドー。2016年1月にフランスの小さな出版社から刊行された作品は、およそ60万部を売り上げる大ベストセラーとなった。さらに、舞台化、バンデシネ化され、世界30カ国で翻訳された。現在は映画化も進行中だという。世界の出版界で注目のニュースとなった華々しいデビューからおよそ2年。昨年秋に来日したオリヴィエ・ブルドーが、ふたたび日本を訪れてくれた。輝かしい成功は、作家に何をもたらしたのだろうか。

自分の書いた物語について、読者がさまざまなヴァージョンを語ってくれる……それは、小説家の至福

「大きな変化がありました。いまでは私がちょっとおどけたことを言っても、大まじめに受け取られてしまいます(笑)。作品のプロモーションのため、世界じゅうを旅し、世界じゅうで講演をしました。とても贅沢で、幸運なことだと思います。何よりも幸せなのは、自分が書くものが読まれるだろうという確信をもつことができたことです。それは作家にとって、非常に重要なことです」
 35歳で作家デビューを果たすまで「挫折ばかりの人生」だったというブルドー氏は、『ボージャングルを待ちながら』の成功を、ほがらかに「幸福」と言いきる。
「私にとって成功の定義とは、〈自分が好きなことをすること〉。そして最高の成功とは、〈人々が私のしていることを愛してくれること〉です──まず、自分が好きなことをしていれば、満ち足りていられる。さらに、自分がしていることを人々が好きになってくれれば、それは完璧な成功になります。私はそういう幸運に恵まれました。書くことが好きで、人々が私の書くものを喜んで読んでくれる。もう不幸になる理由はまったくありません」

 だが、『ボージャングルを待ちながら』への世界じゅうからのラヴコールは鳴りやまず、プロモーションの旅はもうしばらく続きそうだ。インタビューの前日に到着したというブルドー氏の腕時計は、まだどこかべつの国の時刻を指している。
「へとへとです……私が情熱を傾けたいのは書くことであって、ローリング・ストーンズのようにワールドツアーをしたいわけではないんです(笑)。なのに、この2年間はずっと話してばかり。もしこれだけおしゃべりすることに熱意をもっていたとしたら、きっと作家ではなくて、テレビ番組のプレゼンターになっていたでしょう(笑)」
 といいつつも、“ワールドツアー”の感想を訊ねると、目を輝かせながら世界じゅうで読者と触れ合った喜びを話してくれる。
「さまざまな読者やジャーナリストや作家が、それぞれの解釈を聞かせてくれました。みんなが私のテクストから、思い思いのヴァージョンを創ってくれる。本を閉じたときに、ひとりひとりの読者の心に、それぞれ違った『ボージャングル』が残る……これは小説という形式でしか味わえないものではないでしょうか」
 オリヴィエ・ブルドーは、物語というものはそれ自体で完結することなく、有機的に創造を生み出していくものだということを理解している、正真正銘のストーリーテラーなのだろう。それは、学校の勉強にはついていけず、テレビのない家庭に育ち、両親の膨大な蔵書を読みふけるのが何よりの楽しみだったという少年時代と無関係ではないかもしれない。

《タイピスト!》のレジス・ロワンサル監督で映画化

「『ボージャングルを待ちながら』はバンデシネ化され、それから舞台化もされました。舞台は好評でロングランを続けていますし、主演女優はモリエール賞の候補になりました。海外からも上演したいというオファーが続々ときています。こうして自分の小説がべつの芸術形式を生み出すというのは、すばらしいことです。ほかの芸術家たちが、私の作品を自分のものにして、べつの芸術形式を生み出す……ほんとうに心躍るようなことです」
『ボージャングルを待ちながら』には、エレガントな色彩とチャーミングなディティールがあふれている。ニーナ・シモンの柔らかなハスキーヴォイスはもちろん、夜ごと回されつづけるレコード盤のノイズ、シャンパングラスがかちあう音、ダンスに興じるママのドレスの衣ずれの音までもが聞こえてくるようだ。一見、でたらめな狂騒や逃避行の下には、じつは静かな覚悟が秘められている……ほかの芸術家たちが表現欲をかきたてられるのも無理はない。日本の読者から期待の声があがっている映画化も、着々と進行中のようだ。
「主演女優? そうですね……マリオン・コティヤールが脚本を読み、とても気に入ってくれたという話は聞いています。監督は、レジス・ロワンサルに決まりました。じつは、この小説を映画化したいと言ってくれた監督が17人もいたんです。編集者と相談しながら、最終的にレジス・ロワンサルに決めました。《タイピスト!》(原題:Populaire)を撮った監督です。彼に任せようと思った理由はいくつかあります──まずは、時代性が曖昧な世界観を表現できること。つぎに、衣装や装置がとてもエレガント。台詞はユーモラスだけれど、品を欠かない。それから、演技のトーンがややオーヴァーであるところ。若干高めのトーンで演技させることで、ストーリーを演劇的に見せるんですね。そして、リアリズムから逸脱しすぎない程度の、ほのかな幻想性、おとぎばなし性がある点です」
 その説明を聞いていると、『ボージャングルを待ちながら』のシネマ・ヴァージョンが頭のなかでみるみるふくらんでいく。予定では1年半後に公開とのこと。フランスの2つの気鋭の才能の組み合わせは、はたしてどんな化学反応、いや、魔法を起こすのだろう? 日本公開がいまから待ち遠しい。

意図的に楽観的であること、そして、自由であること

 こうして多くの読者の心をつかみ、さまざまな芸術家たちを駆り立てた『ボージャングルを待ちながら』──いったい、この物語の何が同時代の人々を魅了したのだろうか?
「意図的に楽観的である人生観。それが気に入ってもらえたのだと思います。重々しいテーマを、軽快に語っているところ。そして、楽観的な気分を与えてくれるところ。それが、たくさんの読者に愛された理由ではないでしょうか」
 そう、『ボージャングル』のあらゆるパステルカラーが旋回していくような多幸感の下には、静かな、揺るがぬ意志が感じられる。愉快な嘘をついて人をおちょくったり、ダンスやお酒を心ゆくまで楽しんだりと、自分が望む自分でいつづけた父親は、その結果、決定的な「運命」をたぐりよせる。抗いがたい美しさをもった愛する人というかたちで現れたその運命にはしかし、破滅のにおいが漂っていた──
「そうです、“初めから”です。彼女に出会った瞬間に、彼はそれを嗅ぎとるのです。最後は悲劇的なことになるということを最初から確信していたにもかかわらず、彼女を愛することに決める。負けることがわかっている賭けに出るようなものです。彼がカジノで賭けていたら、損してばかりいたでしょうね(笑)。でも、だからこそふたりの関係はきわめて高貴で、ロマンティックで、そしてポエティックなものになります」
 ブルドー氏の「意図的に楽観的である人生観」という言葉に、フランスの哲学者アランの『幸福論』のなかの、こんな一節を思い起こさずにはいられない──「悲観主義は気分が生み出すものであり、楽観主義は意志が生み出すものである」。
「そのとおり。楽観主義であること、それは瞬間ごとの闘いです。ところが悲観主義のほうは、ずるずると雪崩れこむように入っていく……たとえば私についていえば、もともと楽観的な性格だったのですが、それでも30歳を過ぎたときにふと、自分は間違った人生を送ってきたのではないかという疑問を覚え、しばらく塞ぎこんでいました。そこで、スペインに行ってこの本を書きはじめたんです。書き進めていくうちに気分が上向いていき、幸福に包まれたような状態になりました。何がなんでも書かなければいけないという、切実な思いに突き動かされてもいましたから。そしていざ小説を書き上げてみると、もう人生を悲観する理由はなくなっていました」

 美しい嘘をつきつづけることで、父親は妻への愛を貫いた。書きつづけることによって、作家は人生を肯定してみせた──ブルドー氏の2作目“Pactum salis”は、『ボージャングルを待ちながら』とはがらりと趣を異にした作品とのこと。ある記事では、フランスの編集者がそんな作家の姿勢を「勇敢」と評していた。それもやはり、ブルドー氏の人生への肯定の表明なのでは?
「まったく違った本を書こうと思いました。ストーリーも、文体も、ポエジーも、ユーモアも違う本を。もちろん、おなじような物語を書きつづけることもできたでしょう。『ボージャングル・2』、『ボージャングル・3』、といった具合にね(笑)。そのほうが、商売のうえでは簡単かもしれません。いつもおなじような製品を供給するわけですから。でも、私はそうしたくなかった。おなじことをしつづけるのなら、それはもはや〈創造〉ではなく、〈製造〉になってしまいます。
 たとえば、マーティン・スコセッシに対して『いつもおなじ映画を作りなさい』とは言えませんよね。映画はうまくいくときもあれば、まあスコセッシの場合は、うまくいかないときもあります。けれども、それらすべてを含めて、《スコセッシ映画》という作品ができあがるのです。趣の異なる小説を書くことは、〈勇気〉があるか否かではなく、私にいわせれば、〈自由〉であるか否かです。自由であることは、芸術家があずかれる最大の恩恵であり、作家にとって何よりも大切なことだと思っています」

アイデアは、世界から少し離れ、世界を観察しているときに湧き上がる

 まだまだこれからも、オリヴィエ・ブルドーはさまざまな物語を紡いでくれそうだ。もうすでに、次の作品の準備もしているのだろうか?
「頭のなかに構想はあります。でも、出版するのは3、4年先になるでしょう……戦略かって? いいえ、そうではありません。少し休息が必要なんです。ある程度世界から離れて、隠遁していないと、空想力は訪れてきません。退屈をじっと見つめることが重要なんです。アイデアやイマジネーションが湧き上がってくるのは、世界のただなかにいるときではありません。いくぶん距離をとって、世界を観察しているときです」

 ブルドー氏はとても陽気で、ときにはジョークを交えて笑わせてくれる。本に映画に音楽と、話題はつきない。話がジャズに及んだとき、ブルドー氏は〈サマータイム〉はもっとも美しいジャズ・ナンバーだと思う、と言った。そういえば〈サマータイム〉は、ブルーズ調のもの哀しいメロディにのせて、ほんとうは絶望的な現実のなか、あえて赤ん坊に希望を歌ってきかせるという曲だ。そもそもジャズという音楽は、軽やかにスウィングしたかと思えば、ブルージーに翳ったり、スウィートなメロディラインに、不協和音が挿入されたり。それでいて、美しい……どこか、『ボージャングルを待ちながら』に通じるものがあるのではないだろうか?
「だって、それが完璧な美しさというものですよ! そうした不協和音こそが、人生の魅力を作り出すのではないでしょうか?」

(インタビュー・文/鈴木潤)

オリヴィエ・ブルドー

オリヴィエ・ブルドー(Olivier Bourdeaut)
1980年フランス・ナント生まれ。大量の本を読んで青春時代をすごす。10年間、不動産関係の仕事についていたが失業。さまざまな職を転々としながら2年かけて「暗い小説」を書くも、どの出版社からも良い返事はもらえず、その後、スペインにいる両親の家に間借りして7週間で書き上げた「明るい小説」が『ボージャングルを待ちながら』。発売されるや、たちまちネットなどで話題となり、文庫版も含め約60万部の大ヒット。たちまち、世界30カ国で翻訳、舞台化・BD(バンデシネ)化・映画化が決定した。

ボージャングルを待ちながら

『ボージャングルを待ちながら』(オリヴィエ・ブルドー・著 金子ゆき子・訳/1700円+税/集英社)
ママを毎日違う名前で呼ぶほら吹きパパ、つまらない現実より面白い作り話が好きなママ、小学校を自主引退した“ぼく”とアネハヅル。享楽的な生活の裏には、父親の揺るぎない覚悟が秘められていた。風変わりな家族の「うそ」が紡ぐ、おかしくて悲しくてせつない愛の物語。レジス・ロワンサル監督による映画は、1年半後にフランス公開予定。
<過去のインタビュー>
■「ユーモアと愛と哀しみと。オリヴィエ・ブルドー、デビュー作を語る」T JAPAN
https://www.tjapan.jp/ENTERTAINMENT/olivier-bourdeaut-17

■『ボージャングルを待ちながら』
「音楽」と「テキスト」の蜜月 オリヴィエ・ブルドー×菅原敏
http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/170929_book01_2.html

ボージャングルを待ちながら

ボージャングルを待ちながら
オリヴィエ・ブルドー 著
金子ゆき子 訳
2017年9月26日発売
ISBN:978-4-08-773490-4
定価:本体1700円+税

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