書評

彼女らは殴りあうだけではない

霜月 蒼

 海外文学ファンのみならず、ポップカルチャーに関心のある読者までも惹きつけた『フライデー・ブラック』のナナ・クワメ・アジェイ゠ブレニヤーの初長編が、こんな小説になると誰が予想しただろう! 何せ冒頭から、巨大なトンカチなどの凶器を手にした二人の女闘士が、大観衆と実況中継の中、闘技場で殺しあいをはじめるのだ――!
 まるでアメリカのカルト・アニメ『ヘヴィメタル』(画像検索してみてね)みたいな絵面であり、格闘ゲームのようであり、日本のマンガ「」シリーズや『はぐれアイドル地獄変』さえも思い出させるとんでもなさ。
 これが〈チェーンギャング・オールスターズ〉、近未来のアメリカで民営化された刑務所が主催するお茶の間で大人気のコンテンツなのだ。受刑者たちは刑務所ごとのチームで全米をツアーし、死の戦いを繰り返す。三年間生き残れば無罪放免。冒頭でジャイアント・キリングを成し遂げた主人公サーウォーが、あと数試合で放免というところで本編ははじまる。命がけの試合を繰り広げ、チームメイトとともに次の街へ旅をしながら、サーウォーとその盟友であり恋人でもあるスタックスという二人のアフリカ系女性をリーダーとしたチームは、最後の大勝負の場へと向かってゆく――
 という一気読みのアクション・スリラーとして読める本書だが、それだけではない。折々に挟まれる脚注――本編とは異質な硬質の韻文フロウで囁かれる短文たちが、活劇=暴力の娯楽に陶酔しかける私たちに冷や水をかけるのである。私たちがいる世界の現実を伝えることで。本書が権威ある文学賞、全米図書賞のフィクション部門最終候補になったのはそのせいだろう。
 つまり本書はふう文学なのだ。だが、諷刺がしばしば陥る頭でっかちな冷笑はここにはない。それはそうだろう、アジェイ゠ブレニヤーが込めたのは冷笑などという悠長なものではなく、激烈な怒りだからだ。ゆえに本書は熱く、その義憤の熱が、活劇の熱によってさらに熱されて、読む者に向けて撃ち込まれる。

「青春と読書」2月号転載