書評

アメリカに迫る不安の影と予感

豊﨑由美

 世界が不安におおわれている時、その影にもっとも敏感に反応するのはマイノリティにちがいない。なぜなら、不安の影は真っ先に社会的弱者を襲おうとするからだ。
 ジョスリン・ニコール・ジョンソンのデビュー作品集『モンティチェロ 終末の町で』の表題作は、凄まじい嵐に見舞われ電気が途絶えた無法状態の町に、KKKのような白人男性集団が現れる場面から始まる。住民のほとんどが黒人からなる一番通りにやってきて、容赦なく襲いかかる男たち。主人公のナイーシャは白人の恋人ノックスや祖母、近隣住民の総勢16人で、放置されていたマイクロバスに乗りこみ間一髪魔手から逃れる。彼女たちが避難したのは、独立宣言の起草者として知られる、バージニア州が生んだ偉人トマス・ジェファーソンの豪邸で今は記念館になっている「モンティチェロ」。ナイーシャらは助け合いながら、いずれは町からやってくるであろう連中の影に怯えながらサバイバル生活を送ることになる。
 訳者あとがきに詳しいけれど、この物語が生まれた背景には2017年、モンティチェロを擁するバージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者と反黒人差別団体の衝突、その末に起きた悲劇がある。また、ジェファーソンが年若い黒人奴隷を愛人にしたという史実をもとに、ナイーシャをその子孫と設定し彼女らに占拠させることによってモンティチェロという場所に新たな意味をもたせてもいる。特筆すべきは、登場人物らの怯えや勇気をリアルな身体感覚を活かした描写で伝えていること。その力強い“声”によって、この小説で起きるようなことが決して絵空事ではなく、現実味を帯びた不安の影であることをよく伝えているのだ。
 その他の収録5篇もまた、人種という重荷に押し潰されそうになっている人々が置かれている苛酷な状況や、逃れられない不安を描いている。大統領選でトランプ氏再選が予感される今、この作品集は大きな意味をもつにちがいない。

「青春と読書」2024年6月号転載