訳者あとがきより(一部抜粋)

 アメリカ人の父とイラン人の母の間に生まれたダリウスは、生まれも育ちもアメリカオレゴン州のポートランド。イランには行ったこともないし、ペルシア語はほとんどしゃべれない。

 だけど、「テロリスト」とか「ラクダ乗り」とか言ってくる同級生はいるし、ダリウスがイランへ行くと聞いたバイト先の上司には「自分の国・・・・に帰るのは初めてなのかい?」ときかれる。

 高校では、激しいいじめに遭っているわけではないけど、ちょっかいを出されることはしょっちゅうだし、ランチをいっしょに食べる程度の友だちはいるけど、親友と呼べる存在はいない。勉強はそれなりだけど、数学は苦手。運動は基本できない。足は遅くないし、サッカーはまあまあだけど。息子を大事にしてくれる両親とかわいい妹がいるけど、あらゆることに長けている父親とは今ひとつぎくしゃくしている。趣味は、『スター・トレック』と『指輪物語』とお茶で、どれもオタク級。そう、ダリウスはなんとなく生きづらいのだ。

 じゃあ、イランでは生きやすいかというと、そうもいかない。空港の税関検査ではいきなり引っかかるし、(スカイプ以外で)初めて会った祖父ともうまくしゃべれないし、同年代の子たちとサッカーをすれば、割礼していないペニスをからかわれる。ペルシア語がしゃべれて、イラン料理に欠かせないヒヤール(きゅうり)が大好物の妹ラレーのように、親族の輪にもすぐに溶けこめないし、なにより「鬱」を患っていて薬を服用していることを、イランの人たちは理解してくれない。脳から分泌されてしまう化学物質が原因なのだが、イランの人たちにしてみれば「どうして落ちこんでるんだ?」としか思えないのだ。

 そんなダリウスが、おとめ座超銀河団一 ――そう、ダリウスは「スター・トレック」オタクなのだ――温かいハグの持ち主のやさしい祖母マモーや、初めて親友と呼べる存在になる少年ソフラーブ、そして、なんとなくぎこちなかった父親と祖父バブーとのかかわりあいを通して、ダリウスプラス「ダーリウーシュ」(ダリウスのペルシア語名)=ちょっとだけ新しいダリウスになるまでの物語だ。

(略)

 作者のアディーブ・コラームは、ミズーリ州のカンザスシティでイラン人の父親とアメリカ人の母親のもとに生まれた。初めて物語を書きたいと思ったのは、12歳のときに『バビロン5』(SFテレビドラマ)を観た時だそう。その後、放課後の創作クラスに参加した。
 
 高校時代は演劇好きで、南イリノイ大学エドワーズビル校で学び、照明デザインを専攻した。その後、カナダのバンクーバーの映画学校に通った。

『ダリウスは今日も生きづらい』は2018年に出版、2019年のウィリアム・C・モリス賞(ヤングアダルト作家の、すぐれたデビュー作品に贈られる賞)を受賞した。続編の『Darius the Great Deserves Better (原題)』は今年(2020年)8月に出版されたばかりだ。いろいろな家族の事情から、父方の祖母たちと同居することになったダリウスは、彼女たちが歩んできた道のりも知ることになる。ダリウス自身も恋愛を経験する。

 日に一杯から五杯のお茶を飲み、「スター・トレック」では、もちろんピカード艦長の大ファンのアディーブ・コラーム。グラフィックデザイナーでもある彼は、絵本も作成中という。今後が楽しみな作家だ。

 三辺律子

アメリカで複数受賞、様々な年間ベストブックスに選出されました!

◎ウィリアム・C・モリス賞受賞
◎ボストングローブ・ホーンブック賞フィクションと詩部門オナー受賞
◎Asian/Pacific American Awards for Literature ヤングアダルト文学部門受賞
◎Lambda Literary Awards ※児童・ヤングアダルト部門最終候補作

※LGBTQのテーマを取り扱う作品に贈られる賞

【年間ベストブックス】

タイムズ/ウォール・ストリート・ジャーナル/バズフィード/パブリッシャーズ・ウィークリー/カーカス・レビュー/ニューヨーク公共図書館/ブック・エキスポ・アメリカ

ほか多数

担当編集より

海外のヤングアダルト作品の版権を取得するときは、いつも「自分が10代のときに出会いたかった」と思えるものを選んでいます。

ダリウスの出自や環境は、もしかすると縁遠いものに思えるかもしれません。しかし多様なルーツを持つ人は既に日本にもたくさんいますし、ダリウスの「自分は他人と違うのではないか」という悩みや劣等感は、多くの人が10代で経験する共通の痛みであり、きっと共感してもらえるのではないかと思います。

「大丈夫じゃなくても、大丈夫」。自意識過剰で自信が持てなかった10代の頃の私に、そっと差し出してあげたい1冊です。