

内容紹介
世界が政治的・社会的に分裂していても、本は、文化・宗教・国境・時代を超えて人をつなぐことができる。私たちは本を読むことで、自分とはまったく違う人生について何らかの理解を得ることができるし、人間が経験する喜びや喪失感は、誰にとっても同じなのだと気づくことができる。
ピューリッツァー賞(批評部門)を受賞した文芸評論家ミチコ・カクタニが、卓越した作家たちの小説や回顧録、何度でも読み返したい名著、現代社会の喫緊の課題に光を当てるノンフィクション、詩集や絵本など、100冊以上の愛読書を紹介する。アンティーク蔵書票のように丁寧に描き込まれたダナ・タナマチのイラストとともにお届けする、今なぜ読書が重要なのかを教えてくれる一冊。
プロフィール
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ミチコ・カクタニ (ミチコ・カクタニ)
文芸評論家。米コネチカット州に日系アメリカ人二世として生まれる。イェール大学で英文学を専攻し、1976年に卒業。ワシントン・ポスト紙、タイム誌を経て、79年にニューヨーク・タイムズ紙に入社。30年以上にわたり同紙で書評を担当し、鋭い文芸批評で文学界に多大な影響を及ぼす。98年にピューリッツァー賞(批評部門)を受賞。2017年に退社。著書に『仕事場の芸術家たち』『真実の終わり』。
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橘 明美 (たちばな・あけみ)
仏語・英語翻訳家。お茶の水女子大学文教育学部卒業。訳書にローラン・ビネ『文明交錯』、スティーブン・ピンカー『人はどこまで合理的か』、ジェイミー・A.デイヴィス『人体はこうしてつくられる』、イザベル・オティシエ『孤島の祈り』、ピエール・ルメートル『その女アレックス』及び同シリーズ、カトリーヌ・アルレー『わらの女』(新訳版)ほか多数。
書評
辛口批評家の澄んだ〈声〉
谷崎由依
ミチコ・カクタニといえば、辛口で知られた元ニューヨーク・タイムズ紙書評欄担当の文芸批評家である。彼女が褒めればそれはある種信じられる小説だということになるし(わたし自身コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』を訳したとき、やはりひとつの指標とした)、容赦のない酷評もするので恐れられてもいた。けれど偏愛する本についてだけ書かれた『エクス・リブリス』から聞こえてくるのは、そんな強面のカクタニの、いわば魂の声のようなものだ。
古典から最新の現代小説、センダック『かいじゅうたちのいるところ』が入っていたかと思えば、モハメド・アリの伝記があったりもする。百もの多岐にわたるエッセイは互いに共通するテーマを持ち、読み進めるうち星座のようにそれが浮かびあがってくる。たとえばアーレント『全体主義の起原』やアトウッド『侍女の物語』などは、トランプ政権をはじめ現代におけるいくつかの局面が、いかに取り返しのつかない事態に繫がりうるかを詳細に語るし、アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』やマッカーシー『ブラッド・メリディアン』は、アメリカという国の抱える根本的な矛盾を解き明かす。日系アメリカ人二世として育ったカクタニは、自由を標榜する国のどうしようもない不自由を知り尽くしているはずで、それが恐らく彼女の原動力となっている。なかでも目をひらかされたのが初の女性翻訳者による『オデュッセイア』の英訳で、アルカイックな英雄譚として読まれてきた物語を、ウィルソンの訳のように簒奪者のそれとして読み換えることで、いかに多くの謎が解けるかを示して見せる。著者の手にかかれば、あらゆる古典が現代性を帯びてくるのだ。
いっぽうでボルヘスや、幼少期の愛読書への記述からは、驚きに満ちたこの世界と書物を、彼女がいかに愛しているかも感じられる。少女のような、澄んだ声――もっと読ませて、面白い本をもっともっと読ませて! そんな楽しげな、こころの声が聞こえてくるようだ。
たにざき・ゆい●作家、翻訳家
「青春と読書」2023年12月号転載
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