内容紹介
作家として次々と物語を生み出す傍ら、コツコツと詠んできた句を集めた著者待望の第二句集。
2010年~2023年の220句に加え、過去30年に詠んだ句から特にお気に入りの句を選んだ「自選一年一句」と、俳句に興味を持っている「あなた」へと向けた巻末エッセイを収録。日常から銀河まで、豊かなスケールで広がる川上弘美ワールドを堪能しながら、俳句の喜びに心から浸れる一冊。
●収録句より10句
不機嫌に人ほめちぎるさくらかな
たうがらし死んだともだちに会ひたい
メロン切るときをんなの目酷薄に
沖遠く鯨を呼びて鯨鳴く
交む前ザトウクヂラはみつめあふ
ラムネ痛しけふも朝より何もなし
ヒトやがて示準化石や冬銀河
掌の中の枇杷潰すなりはればれと
スマホ買ひ即罅入れる夜寒かな
レンジの中の小爆発も夏の果
プロフィール
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川上 弘美 (かわかみ・ひろみ)
1958年東京都生まれ。お茶の水女子大学理学部卒業。94年に「神様」で第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞。96年「蛇を踏む」で芥川賞、99年『神様』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞、2000年『溺レる』で伊藤整文学賞、女流文学賞、01年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、07年『真鶴』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『水声』で読売文学賞、23年『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』で野間文芸賞を受賞。
書評
解釈のしがいがある60句
豊﨑由美
2019年に日本テレビ系で放送されたドラマ『あなたの番です』をきっかけに盛り上がった、「考察」に夢中な方々にオススメしたいのが俳句。五七五と言葉数が限られているがゆえに、俳句くらい考察しがいのある文芸ジャンルはないからだ。たとえば、小説家・川上弘美の第二句集『王将の前で待つてて』の表題句〈王将の前で待つててななかまど〉。
主人公の性別、呼びかけている誰かとの関係性の解釈によって、この句の世界は様相を違える。キーワードは「ななかまど」だ。赤い実がつき、「竈に7回入れても燃えないで残る」という植物。というわけで、わたしはこの句の主人公は女性で「餃子の王将の前で待っててね。たとえわたしが来なくてもずっとずっと待っててね」という相手の気持ちを試す恋心を詠ったものだと解釈。さて、皆さんはどう考察しますか。
この句集には2010年から23年までに詠んだ句に加え、1994年から始まる作者解題つきの「自選一年一句」が収録されている。〈引込線ゆけば花野に終はりけり〉のような正統派の写生句もあるけれど、わたしが発見して好きになったのはちょっと似てるという「変奏句(造語です)」だ。
〈炎昼の舌太く怒れる男〉と〈炎昼の女怒りて発光す〉。太陽の照り返しでアスファルトも溶けそうなくらい暑い中で怒っている男と女。どっちの様子も凄まじいけど、やっぱり勝者は逆光ゆえか身体の輪郭が発光しちゃう女のほうかなあ。
〈棒暗記せし詫び文句着ぶくれて〉と〈着ぶくれて近所の鳩を蹴ちらせる〉。本当は謝りたくない前者と、何が気に食わないのか鳩に当たり散らす後者。着ぶくれている状態が機嫌の悪さを示す愉快な二句で好き。
その他、漢字多用句、生き物句、理科系句、怖い句、艶っぽい句、忌日句、東日本大震災やコロナ禍を想起させる世情句など、さまざまな世界や感情を見せてくれる60句を収録。最後に、考察マニアの皆さんのために難解句の中からひとつ紹介します。
〈アマリリスしあはせになつても負けた〉
お手並み拝見!
「青春と読書」2025年1月号転載
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