
内容紹介
各界で活躍する28人の才人と俳人による、俳句とエッセイの往復書簡。
才能と才能が響き合い、俳句の世界は無限に広がってゆく――。
作家・アーティスト・俳優・タレントなど、多彩な28人の才人と俳人の堀本裕樹が、俳句とエッセイを交換。一つの季語をテーマに往復書簡形式のやり取りを行うことで、ゲストと堀本裕樹の詩情が交じり合い、俳句の新たな魅力を引き出してゆく。
2015年刊行の俳句入門書『芸人と俳人』のファン必読、堀本裕樹と又吉直樹の語り下ろし対談「才人と合気道」も収録。
はじめて俳句に触れる人から愛好者まで楽しめる、言葉のきらめきとひらめきが満載の一冊。
【本書に登場する28人の才人】
阿部海太/いとうせいこう/片岡義男/加藤シゲアキ/加藤 諒/川上弘美/児玉雨子/小林エリカ/小林聡美/最果タヒ/清水裕貴/杉本博司/武井 壮/土井善晴/中江有里/中村 航/藤野可織/保坂和志/穂村 弘/本田/又吉直樹/町田 康/松浦寿輝/光浦靖子/南沢奈央/宮沢和史/桃山鈴子/山本容子(敬称略・五十音順)
プロフィール
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堀本 裕樹 (ほりもと・ゆうき)
俳人。1974 年和歌山県生まれ。國學院大学卒業。俳句結社「蒼海」主宰、2016 年度・19 年度・22年度「NHK 俳句」選者。二松學舍大学非常勤講師。第一句集『熊野曼陀羅』で第36 回俳人協会新人賞受賞。著書に『俳句の図書室』、『散歩が楽しくなる 俳句手帳』、第二句集『一粟』。共著に『芸人と俳人』、『東京マッハ 俳句を選んで、推して、語り合う』など。近著に『海辺の俳人』、『ことちゃんとこねこ リズムがたのしい5・7・5』がある。










(『才人と俳人 俳句交換句ッ記』より一部掲載)
インタビュー
対談
書評
持ち味を生かした「俳句の自由」
東直子
俳句や短歌は、作品を選ぶという作業がつきものである。五七五、あるいは五七五七七と音数が決められた定型詩は、他者の作品とも比較がしやすいため「選ぶ」作業を容易に行える。句会や歌会では、自分の作品を多くの人によい作品だと思ってもらいたいという向上心、あるいは邪心をエネルギー源として励む。一方で、よい作品を選んでみせるぞ、という自分のセンスが問われる場にもなっている。
息白し小さなやつと大きなの
この句が句会に出てきた場合は、どうだろう。冬の夜の冷たい空気の中で吐き出される白い息に大小があることに素直に驚いているような様子がなんだかかわいくて心魅かれるが、全体的に少し幼い印象も受けてしまう句で、評価は迷うと思う。しかし子どもが作った句であることが前提だったら、感じたことを素直に表現した子どもならではの句だ、などと思ってすぐに採用する気がする。
この句は、「息白し」の季題で作られたいとうせいこうさんの作品である。細かくよく読むと「小さなやつ」「大きなの」と、「息」を示す言葉が微妙に使い分けられていて繊細な工夫のある句だと気がつく。そこにユーモアも漂う。あのいとうせいこうさんが今詠んだ俳句である、ということが分かる方が、句の味わいは深まるだろう。
この本では、俳優、漫画家、小説家、歌人、詩人など、総勢二十八人の様々な表現者と、俳人の堀本裕樹さんが俳句での対話を試みている。
声上ぐる児の白息や鷗過ぐ
先ほどのいとうさんの俳句をうけて、堀本さんが同じ季題で詠んだ一句である。子どもの吐いた白い息を詠んでいる点で共通している。いとうさんも堀本さんも子育て中であるとのこと。間近でその息を見つめる者の実感がある。
いとうさんが子ども目線の俳句であるのに対し、堀本さんは保護者としての目線で詠んでいる。息が凍るほど冷たい空気の中でも元気に声をあげて遊ぶ子どもの様子が見える。その空高くに鷗が飛んでいる。のどかな冬の海辺の風景が広がり、ゆったりと命を寿ぐ気持ちが伝わる。「息白し」という語を襷にして、二人の作者の二つの俳句の景色が響き合う。
最初に書いたように、定型詩は常に比較検討されながら切磋琢磨して、その詩型ならではの価値観を形作ってきた歴史がある。しかし、そうした切磋琢磨の輪の外側から、表現者それぞれの持ち味を生かした俳句が作られ、それを読むことによって新たな表現の水脈を見つけるためのきっかけにもなるように思う。
堀本さんは、以前に出版した『芸人と俳人』で、芸人の又吉直樹さんに俳句の実作を通して俳句の技術を伝授している。『才人と俳人』は、その続編としての面もあり、巻末には、又吉さんと堀本さんの対談がたっぷり収載されている。
「春寒」の季題で又吉さんは次の一句を詠んでいる。
一本の歯ブラシ憎し春寒し
「し」の脚韻を三ヶ所も踏んだリズミカルな俳句だが、句から立ち上がるのは圧倒的な寂しさである。又吉さんはこの句に、恋人が家を去ったあとの虚ろな心理を描いた短編小説のような文章を添えている。
短詩型作品についての自解は積極的には行われない傾向にあるが、俳句のまわりにある作者の思いやエピソードが散文で味わえるのは、単純に楽しい。短い俳句にもそれぞれの作者の文体が感じられるのだが、散文はさらに明瞭にその考え方が伝わり、世界観を強化する。
宝船の残骸打ち寄せて夜明け
藤野可織さんの季題「宝船」の句である。「宝船」は、「元日か二日の夜によき夢を望んで宝船を枕の下に敷いて寝ること、また、その絵」と、本の中の「季語解説」にある。つまり本来とてもおめでたいもののはずだが、藤野さんの句はとても不吉である。エッセイによると、諸星大二郎の漫画『六福神』から着想を得ていることが分かる。『六福神』の福の神たちは「お正月までに適当な人間をさらって七人目にする」のだそうだ。その逸話を自分に引きつける形で、痛烈な自省に繫げている。
他力本願的な人間の業を象徴するような「宝船」の既成概念を大きく覆す爽快な句に感じられるようになった。
子猫遊んでた、眠ってる、日向
この、読点が目立つ自由律俳句のような保坂和志さんの句に対し、堀本さんは、二つの「、」が不思議なリズムを刻む韻律を「子猫のような『遊び』」として肯定的に捉え、「保坂さんの『俳句の自由』なのだ」と断言している。「俳句の自由」という語に、目が開かれる思いがした。
春昼や鳩の出でざる鳩時計
川上弘美さんの詠んだ、季題「春昼」の句。春の真昼というと、ぽかぽかと暖かく、少し眠たいようなのどかな体感が思い浮かぶのだが、この句は春のしずけさの中で、ふと非日常に誘われるような、不穏な気配がある。川上さんは泉鏡花の小説『春昼』を繙きながら、その小説に出てくる杖などの描写の神秘性に言及している。
一句の奥に、時を超えて物語が潜む。そう思うと、俳句の奥から様々な声が聞こえてくるような気がするのだった。
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