内容紹介
群集事故によって昏睡状態に陥った高校生ツィスク。老いた祖母だけがその回復を信じ、病室で永遠のような時を過ごす一方、隣の大国に依存していた国家は、民が慕ったはずの大統領の手によって、少しずつ病んでいく。
10年後の2009年、奇跡的に目覚めたツィスクが見たものは、ひとりの大統領にすべてを掌握された祖国、そして理不尽な状況に疑問をもつことも許されぬ人々の姿だった。
時間制限付きのWi-Fi。嘘を吐く国営放送。生活の困窮による、女性の愛人ビジネス。荒唐無稽な大統領令と「理不尽ゲーム」。ジャーナリストの不審死。5年ごとの大統領選では、現職が異常な高得票率で再選される……。
緊迫の続く、現在のベラルーシの姿へとつながる物語。
プロフィール
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サーシャ・フィリペンコ (Sasha Filipenko)
1984年ベラルーシのミンスク生まれ。サンクトペテルブルグ大学で文学を学ぶ。テレビ局でジャーナリストや脚本家として活動し、2014年に『理不尽ゲーム』で長編デビュー、「ルースカヤ・プレミヤ」(ロシア国外に在住するロシア語作家に与えられる賞)を受賞した。『赤い十字』は4作目にあたる。現在も母国を離れて執筆を続けており、ノーベル賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチからも高く評価されている。
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奈倉 有里 (なぐら・ゆり)
1982年東京生まれ。ロシア国立ゴーリキー文学大学卒業、文学従事者の学士資格を取得。東京大学大学院博士課程満期退学。博士(文学)。2021年、博士論文が東京大学而立賞を受賞。著書に『夕暮れに夜明けの歌を』(イースト・プレス)、訳書にミハイル・シーシキン『手紙』、リュドミラ・ウリツカヤ『陽気なお葬式』(以上新潮クレスト・ブックス)、ボリス・アクーニン『トルコ捨駒スパイ事件』(岩波書店)、サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』(集英社)など。
『理不尽ゲーム』日本での刊行に寄せて/著者前書き
作者からのメッセージ
あなたがいま手にしている本は、幸運に恵まれました。まだ若かった29歳のぼくが、この本を発表するやいなやロシアでもっとも名誉のある文学賞のひとつを受賞したのです。その後、この本は何度か重版され、舞台版も上演され、さまざまな言語に翻訳されました。すべて、作者としては喜ぶべきはずのことですが、市民としてはとても悲しい気持ちでいます……
この小説(原題『かつての息子』)が文学賞「ルースカヤ・プレミヤ」を受賞したとき、受賞作というのは往々にしてそういうものですが、たくさんの賞賛とともに、批判の声もあがりました。それらの批判は要点をまとめるなら「そんなはずはない」というものでした。けれども幸か不幸か、2020年のベラルーシに起きた出来事は、昏睡状態に陥った国の現状を書いたぼくが、自分に対しても読者に対しても誠実であったのだということを、次々に証明してしまったのです。これは、ぼくの生まれ育った国があるとき昏睡状態に陥り、まったく目を覚ます気配がないかのように思われたのはどうしてなのか、理解しようという試みの書です。そして、2020年にベラルーシの人々がもうこれ以上昏睡状態にさせられたままなのは嫌だと悟り、目を覚ました(そう信じたいのです)理由を、あらかじめ解説した書でもあります。
この本は、ぼくたちがなぜ生まれ育った国を出て、家族と離れ、国や家族にとって「かつての子供たち」にならなければならないのかを理解しようという試みの書です。その意味では、生家から遠く離れてしまったベラルーシの人々が、なぜそういう選択をしなければならなかったのか、その理由を連ねた事典のような書でもあります。作者としては幸運かもしれませんが、市民としてはたいへん悲しいことに、この本に書いた内容はことごとく再生産され、いまだに現実に起こっています。
奇しくも、批評家や読者のみならず、国家までもがこの本に目をつけました。ミンスクの書店では、この本は在庫があっても書棚には並べられません。ベラルーシ国立の図書館には、この本を決して配架しないよう厳重な注意喚起がなされています。ヨーロッパの中央に位置する国で、そのようなことが起こりうるのだということもやはり、この本に書かれています。けれども大切なのはこの本が、愛についての――愛する人の目を覚まし、国じゅうを眠りから覚めさせることのできるほどの、愛についての書だということです。
ぼくがただひとつ心から願っているのは、いつかきっと、ぼくの生まれ育った国で、この本が時事性を失うことです……
サーシャ・フィリペンコ
「すばる」著者インタビュー
「すばる」2020年11月号にて、著者インタビュー『誇り高き抗議――ベラルーシ民主化の当時者より』が掲載されました。
語り手/サーシャ・フィリペンコ
聞き手・訳/奈倉有里
こちらから全文をご覧いただけます。
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