対談

書評

弟子で、同志だった

中江有里

 香典も持たず、高校の制服で葬儀に参列した若者は、憧れの落語家・十代目きんげんていしょうの遺影を前に手を合わせた。
「師匠! 弟子になりたかった。師匠! 弟子にしてください」
 参列者はむせび泣く若者のズボンの開ききったチャックに気づいて、肩を震わせはじめた。
 著者の「落語家人生スタートの日」は、まるで落語の一席だ。
 本書は葬儀の帰りに立ち寄った寄席で、運命的に立川談志と出会い、弟子入りしてからの日々を綴った自叙伝で、弟子から見た師の裏評伝でもある。
「お前がオレに惚れて入門してきたんだ。ならば死ぬほど気を遣ってみろ!」
 談志の気性は激しい。身の回りの世話をする著者は振り回されながらも、いつしか師匠の次の言動を察知するようになる。
 兄弟子の談春と前座の勉強会の許可を取る時も、
「前座がやってはいけないというルールを知っているな」
「はい!」
「おまえらのそれでもやりたいという情熱は、師匠でも止めることはできない」とあっさり許可を得ている。
 どうやら談志は真っ向からくる人は受け入れるようだ。腫れ物に触るように接するより、真っすぐにぶつかる。そして押したり引いたりしながら、著者は談志の心を読み解いていく。
 なぜそこまで談志の気性を理解したのかといえば、弟子だからという理由だけじゃない。加えて談志好みの昭和歌謡を愛し、落語を愛する同志でもあった。
 誰よりも談志のこだわりを受け継いだ著者は息子のようでもある。談志亡き後、師の住まいで暮らしているという。
 弟子は師匠に憧れ、一歩でも師匠に近づこうとする。本気で談志になろうとする著者の願いが込められたラブレターと受け止めた。

なかえ・ゆり●俳優、作家、歌手

「青春と読書」2023年11月号転載