インタビュー

遠田潤子

遠田潤子「家族の“業”に対峙する」

書評

情念の炎

松井ゆかり

 職場や学校でつらいことがあっても、家に帰れば無条件でほっとできる。そんな家庭があるからこそ外でがんばれる、という人は多いに違いない。しかし、本書の主人公・じょうが育ったふか家はそうではなかった。

 城の家は備前焼の窯元で、陶芸家の祖父・ぼうは人間国宝。父のてんも同じく陶芸家で、正確無比な作陶に定評がある。しかし、それぞれの親子関係はいびつとしかいえないものだった。城は路傍や祖母のりょうにはかわいがられたが、天河からは優しい言葉ひとつかけられたことがない。その天河もまた、路傍や良子と距離を置いている。母・ななは城が赤ん坊の頃に亡くなっていた。なぜ自分が父にうとまれるのかわからず、城は苦悩を抱えて生きてきた。

 著者の他の作品にもたびたび登場してきた、理解し合えない親子、才能という目に見えないものに翻弄される芸術家、親や祖父母の代から隠されてきた秘密などが描かれる。路傍に憧れた子ども時代、城は自分も「人間国宝になる」と願いを口にした。しかし、その無邪気な思いが次第に自らを苦しめるようになる。支えてくれたのは幼なじみのつき。心の底から安らぐことのできない家庭環境で育ったふたりは愛し合うようになるが……。

 陶芸というものにとらわれながら生きる男たちを見つめ続ける女たちの姿も印象に残った。出番はそこまで多くないけれども、良子や城の友だち・なかがわの婚約者であるじゅなどの存在によって、物語はより厚みを増したと思う。

 焼き上がるまでどのような仕上がりになるかわからない器。まるで、どうにもならない登場人物たちの心の内を表しているかのようだった。最後に城と天河がたどり着いた場所をぜひ見届けてほしい。こんなにも切ない「Bダッシュ」(何を指す言葉であるかご存じの方もそうでない方も、読んで確かめていただければ)に触れられるのは、『天上の火焰』だけではないか。燃えさかる炎のイメージが、彼らの内に渦巻く情念と重なり、いつまでも読む者の心に残る。

「青春と読書」2025年10月号転載