インタビュー

書評

背後に蠢く巨悪の存在

末國善己

 月村了衛は、派手なアクションが魅力の伝奇時代小説を書き継いでいる。『コルトM1847羽衣』以来四年ぶりの新作時代小説は、活劇ではなく、さきゆみぐみしではらきょうじゅうろうと盗賊のせんきちが二十年以上にわたって繰り広げる頭脳戦を軸にしており、著者の新境地となっている。
 十三夜の夜。帰宅途中の喬十郎は、男女の死体の前で匕首あいくちを握り泣いている男を問いただすが逃げられた。喬十郎は、被害者の國田屋が盗賊と繫がっていた可能性があり、泣いていた男が大盗・だいすけ配下の千吉であることを突き止める。國田屋殺しには、ぬまおきつぐの息子・おきともが、まさことに斬られた事件が関係しているとの疑惑も出るが、上からの圧力もあり喬十郎は追及を断念した。
 十年後。家督を継ぎ荒稼ぎ(強盗)を追う喬十郎は、塩問屋・しおじん一家が皆殺しにされた事件を調べていた。塩甚は周囲に銭相場(金・銀と銭の交換比率が変わることを使った投資)を勧めていて、そのトラブルで殺された可能性が浮上。銭相場も扱う両替商の銀字屋を訪ねた喬十郎は、主人のが千吉に似ていると気付く。利兵衛が千吉である証拠を探す喬十郎と、周到に喬十郎を陥れる謀略をめぐらせる両替商仲間の攻防は、静かながら圧倒的なサスペンスがある。
 このように物語は、剣が強く頭も切れる喬十郎対商才があり名士とも裏社会とも繫がる利兵衛の構図で進んでいく。
 だが、利兵衛が庶民の生活が苦しくなるのを承知で、御用金を課し貨幣改鋳も進める幕府に不信を持ち、喬十郎が人の命を使い捨てにする政治の裏側を目の当たりにする中盤以降になると、真に戦うべき巨悪の存在が浮かび上がってくる。
 政治と経済の闇が生んだ巨悪は現代社会にもあるので、困難な戦いに挑む喬十郎の活躍が痛快に思える。そして巨悪と妥協しない喬十郎の姿は、弱肉強食の拝金主義が広がる現代をどのように生きるべきかも問い掛けているのである。

すえくに・よしみ●文芸評論家

「青春と読書」2022年11月号転載