「運命の赤い糸」が見える指輪が六つの恋模様を導く『いつか君が運命の人 THE CHAINSTORIES』。作者の宇山佳佑さんが本作に込めた思いを、THE RAMPAGEでパフォーマーとして活躍し、読書家としての一面も持ち合わせる岩谷翔吾さんとお話しいただきました。今日が初対面のお二人。小説とダンス、二つのリズムが出会います。

撮影=大槻志穂 ヘアメイク=谷川一志 (KIND/岩谷翔吾)、 千葉智子 (ロッセット/宇山佳佑) 構成=タカザワケンジ

宇山佳佑×岩谷翔吾

# 心が洗い流される作品

宇山 手元にお持ちのゲラ(校正紙)の折り目が目に入ったのですが、読書されるときは普段から、気になったページに印をつけているんですか?
岩谷 そうですね。付箋を貼ったり、本に直接書き込んだりします。ポイントだと思ったところは折り目をつけて、描写がきれいだなと思うところは付箋をつけるとか、使い分けていて。
宇山 ルールがあるんですね。
岩谷 『いつか君が運命の人』はいただいたゲラに印をたくさんつけたんです。好きな表現がたくさんあったので。でも何よりもまず、透き通るような幻想的な世界観に惹かれました。読んでいる間、胸がキュンキュンするような、心が洗い流されるような作品で、最近、自分の心が汚くなっていたなと思わされたくらいです……。感動しました。
宇山 ありがとうございます。そう言っていただけると本当に嬉しいです。
岩谷 六つの短編、どれも他人ひとごとに感じられなくて、「あっ、こういう経験あったな」って心をのぞかれたような感じがしました。文章もすごく読みやすくて、いつもは本をあまり読まない方々にもお薦めしたい。
宇山 読みやすさは、僕も文章を書くときに意識しています。リズムを大事にして、読んでいて引っかかるところがないように気をつけていて。
――ちなみに、岩谷さんはどういったページに印をつけられたのでしょう。
岩谷 たとえば、一六六ページの「日の入りが、日の出のときより、深く、濃く、彩られるのは、八十億もの人生を見守った疲れからなのだろうか」という文章。ハッとしました。こういう観点で夕日を眺めたことがなかったなと。何気なく見ていた景色が違って見えて、なんて美しいんだろう、と思いました。
宇山 それは何となく出てきた表現なんです、狙ったわけではなくて。「こういう表現をしよう」と作為的になってしまうと、途端に文章がつまらなくなったり、無理やり入れてる感じになってしまうんですよね。できる限り自然に出てくる表現を使おうと思っています。
岩谷 自然に……。それは、日頃から感性のアンテナに引っかかったことを、ストックされているからなんでしょうか。
宇山 自分の目で見たものを少し色鮮やかに書いているのかもしれません。それも子供の頃や若い頃に見たもの、感じたものが多いかもしれないですね。今はついスマートフォン越しに風景を見たりしてしまうこともありますが、自分の目で実物の風景を見るように心がけています。
岩谷 実は先ほど、写真の撮影のときにお話しさせていただいたんですが、『いつか君が運命の人』に、スケートボードができる公園が出てきますよね。
宇山 横須賀のうみかぜ公園ですね。
岩谷 あの公園で、僕が所属するTHE RAMPAGEのミュージックビデオを撮影させていただいたことがあるんです。「あのロケ地だ!」と思い当たった瞬間、物語にぐっと親近感がわいてきて。実際にある場所が出てくると、登場人物たちが本当に存在するように感じられますね。
宇山 あのあたりって不思議なところですよね。周りに何もなくて、ポツンと公園があるような場所で、街場からも離れていて。
岩谷 はい、印象に残っています。
宇山 物語を書くときに、主人公がどこで暮らしているかは大事なんです。自分がその場所のことをわかっていないまま書くと、登場人物たちをちゃんと描けていない感じがします。主人公たちがどの街に住んでいて、どの道を歩いて、どの駅から電車に乗るのかまで決めて書きたい。そのほうがリアリティのある登場人物を描けると思います。

# 運命の人って、どんな人?

――『いつか君が運命の人』は、「運命の赤い糸」が見える指輪が物語全体を引っ張っていきます。お二人は、いかがでしょう。「運命の赤い糸」、あると思われますか?
岩谷 どこかに運命の人がいるんじゃないかって、思春期に誰もが一度は考えると思うんです。僕もこの指輪をつけたら、たぶん、「運命の赤い糸」を信じちゃうと思います。でも同時に、一歩引いて見ている部分もあったりして、この作品を読んだとき、一度は信じたことがある運命というものを、今まで掘り下げて考えたことがなかったな、と逆に気づかされました。指輪が登場して物語が動きだしてからは、ワクワク感が止まらず、どんどん引き込まれていって。
宇山 ありがとうございます。「運命の赤い糸」、あったらいいな、と僕も思います。自分と、パートナーや恋人との絆を特別なものだと信じたい気持ちは、誰しもあると思いますし、それを表現するのが「赤い糸」という言葉なのかな、と。
岩谷 この不思議な力を持つ指輪のイメージは、どこからきたんですか?
宇山 「運命の赤い糸」という言葉は僕が子供の頃にもありましたが、今の若い子たちも知っていますよね。それが不思議だな、と思って。目に見えないものなのに、世代を超えて受け継がれ、みんなが知ってるのはなぜだろう。そこには何か不思議な力があるんじゃないか? そう考えて、運命の赤い糸の伝説をいろいろな世代の登場人物に当てはめてみたときに、彼らが指輪をリレーしていく物語にすると面白いんじゃないか、と思ったんです。
岩谷 連作短編集の形は、本当にぴったりですね。しかも最後のページから冒頭に戻ると、本のタイトルの意味が分かって、「ああ、なるほど……!」と。
宇山 指輪がこの小説の大事なアイテムなので、小説のつくり自体も、それをイメージしています。
岩谷 読み終えて、余韻に浸ってしまいました。「運命の赤い糸」でいうと、この作品の軸になる言葉じゃないかと思った箇所があるんですが、二二八ページに「運命の人ってきっと――、/その人の運命がどんなものであったとしても、一緒に生きたいと思える人のことだ」と書いてあって。運命を信じる、信じないは別にして「一緒に生きたいと思える人」が運命の人なんだ、と。たしかにその言葉に尽きると思います。今までその人と積み重ねてきた時間も含めて、これからも一緒に生きたいと思える人が、「運命の赤い糸」をどんどん濃い色にしていくんじゃないかなと。
宇山 僕も、ここの部分を書いていたときに、これってこの物語の中心になるフレーズだなと思いました。読み取っていただけてありがたいです。
岩谷 あと、三八ページに「未来の自分」っていうキーワードが出てきますよね。奇跡は誰かが起こしてくれるものじゃない。奇跡を起こせるのは自分だけ。でも、それが奇跡かどうかを決めるのは今の自分じゃなくて、未来の自分なんだ。その考え方に、希望と、他人任せにしない力強さを感じます。「未来の自分」っていう言葉が自分にとって新しかったし、その言葉が出てくるやりとりの歯切れのよさも気持ちよかったです。

”「奇跡なんて起こるわけないだろ」
「うん、そうかもしれない。でも奇跡が起こるかどうかを決めるのは、市村君じゃないよ」
「誰だよ? 神様とか言うつもり?」
「違うよ」
「じゃあ誰?」
「未来の君だよ」”(三八ページ)

 これって『いつか君が運命の人』のパンチラインだと思います。全部挙げるとキリがないのですが、他にもめちゃくちゃいいセリフがたくさんあって……。どれも実際に話してる声のトーンまで聞こえてくるような気がしました。

宇山佳佑×岩谷翔吾

# 読者の記憶や想像力を借りる

――『いつか君が運命の人』の六つの短編には、六人の女性がそれぞれ主人公として登場します。岩谷さんが気になった人、記憶に残った人はいますか?
岩谷 「#2 どうして機嫌のいいときしか好きって言ってくれないの?」の雅ですね。いい意味でクセがあって、面白い女の子だなと思いました。彼氏がLINEのやりとりで三文字しか返信してこないことに「文字をたくさん打つと追加料金でも取られるの? 文字数制限があるわけじゃないんだしさぁ」ってツッコミを入れるところが好きでしたね。
宇山 雅は僕も気に入ってるキャラクターです。彼女はやや恋愛に寄りかかり気味の女の子なんですけど、何かに寄りかかりたいっていう気持ちは僕自身も若い頃にあったので、こういう子を書いてみたかった。子供の頃からの夢を諦め、目の前にある恋愛に寄りかかってしまっている。でも、それでいいんだろうか、という思いも彼女の中にはあって。
岩谷 雅ちゃんはまっすぐで不器用で、だから人生に対して迷ってる。人生に正解はないですけど、高校生くらいって正解を探してしまう年頃でもあるし、自分って何なんだろうっていう疑問の壁に、ぶち当たる年頃でもありますよね。そんな彼女の心の動きが繊細に書かれているところがとてもよかったです。
宇山 「#2」はざっくりまとめてしまえば、雅が神奈川県の東から西に行くだけの話なんです。でも、その旅が彼女にとって、大冒険になるようにしたかった。それまで自分一人でどこにも行ったことのないような女の子が小さな旅をして、そこから帰るときに、新しい道を見つけている――そんな話を書きたい、という気持ちが出発点でした。
岩谷 『いつか君が運命の人』にはいろいろなお話が入っていて、「#4 わたしを失望させないで」はちょっとつらい物語ですね。でも、最後はほんのりとした希望が感じられて、ぐっときました。素敵なセリフ回しも多かったです。一文ではなく、「ここからここまで全部いい!」と思って、勢いよくピーッ、と線を引っ張っちゃいました。
――「#4」は、どんな文章が印象に残っていますか?
岩谷 切なさと、コミカルな部分のバランスも、この作品の魅力だと思っていて……これは笑った文章なんですけど、SNSで友だちの結婚報告の投稿を見て、「『いいね』で祝福の意を伝えた――が、でも待てよ。結婚式を盛大にやるかもしれないぞ。そうしたらこの『いいね』が引き金となって式に呼ばれる可能性がある。冬には大学時代の友人の結婚式もある。ご祝儀貧乏になりかねない」という。どんな引き金! ってツッコミを入れながら読みました。
宇山 「いいね」をもらって、そういえばこの子もいたなって思い出して、祝福してくれるなら式にも呼ぼうって思われちゃう(笑)。
岩谷 その視点が面白かったです。なるほど、たしかにこういうこともあるなって。
宇山 日常描写でも、読者の方の、何気ない日々の記憶に触れられたらいいなと思うんですよね。僕は、小説の描写は読者の記憶や想像力を借りるところが大きいと感じていて。
――岩谷さんも、描写がきれいだとおっしゃっていましたね。
宇山 記憶の中の風景を思い出して、イメージする力を読者の方が持っているからこそ、そう感じてもらえるのだと思います。言ってみれば、読者の心の風景を借りているんです。僕が書いた風景がきれいだというよりも、その人が思い描く世界の風景がきれいなんだと思います。
岩谷 宇山さんの文章を読んで思い当たる風景や出来事があるから、イメージできるし、共感できるんですね。
宇山 今回は連作短編集なので、下は中学生から上は三十歳くらいの女性まで、さまざまなキャラクターを主人公にした物語を書くことができました。恋愛のほかにも、友情や親子関係に軸を置いた短編もあります。読者の方それぞれが自分の年代に近いキャラクターや、かつての自分と近い経験に共感してくれると嬉しいですね。
岩谷 細かいところなんですけど、「#5わたしが求めているもの」に出てくる「できる君」というキャラクターがめっちゃ好きでした。すごくチャーミングな絵で。
宇山 あれは、たまたま自分で描いて、こんな感じの絵を誰かに描いてもらってほしいですって、見本のつもりで原稿と一緒に送ったんですよ。そうしたら編集者さんが「これでいいんじゃないんですか」と。
岩谷 そうなんですか! じゃあ、この絵も宇山さんが描いたんですね。
宇山 最初は「えっ!? この絵を使うの?」って思ったんですが、たしかに、プロのイラストレーターの方にお願いすると、下手に描いてもらったとしても、やっぱり上手なのがわかってしまうかも、と。下手な人間が下手なまま描いたほうがいいのかなと思って。
岩谷 ピアニストの主人公を応援するために、漫画家志望の男性が彼女の手のひらに「できる君」を描くんですよね。「手のひらの皺が彼の顔を歪めて、泣いているみたいだ」という表現が出てきて、こういうふうにつながるんだ、とここも心を動かされました。
宇山 あれもたまたまなんですよ。手のひらに描くことを思いついて、実際に描いて手を結んでひらいたら、表情が変わるなと。じゃあそう書いてみよう─そうした思い付きの連続が、表現につながってくれているのだと思います。

宇山佳佑×岩谷翔吾

# パフォーマーが読書する理由

宇山 岩谷さんはウェブで本を紹介する連載をしていますよね(「岩谷文庫 ~君と、読みたい本がある~」)。誠実な読み込みが印象的だったのですが、普段はパフォーマンスで表現されている岩谷さんが、本を読んだり、言葉で表現しようとされているのは、なぜなんでしょう。
岩谷 実は、とある作家さんにも「肉体で表現しているんだから、わざわざ言語化するのってめんどくさくないの?」と言われたことがあって、たしかにそうだなとは思うんです。人間の心って言葉にできない部分があると思うし、だから僕もダンスやパフォーマンスで表現している。だけど、あえて言語化してみようとすることで、ふだんから物事をより繊細に捉えられて、それがパフォーマンスにもつながるんじゃないかと思って。
宇山 実際に、これまで小説を読んできて、どうですか?
岩谷 読書にどっぷりはまってからは、例えば、以前だったら気にとめずに流してた人の言葉や行動に、ちょっと立ち止まって考えてみたりするようになりました。世界がより広く見えてきて、少しずつですけど、いろんな出来事に対してのアンテナが前より敏感になった感覚があります。
宇山 アクションとして肉体を動かすことと、本で言葉に触れること。その両輪が岩谷さんのパフォーマンスを押し上げているのかもしれませんね。
岩谷 そうだったら嬉しいです。パフォーマンスで大事にしているのが心の部分で、どれだけ上手うまいダンスを踊っても、そこに心がなかったら、ただ「上手いね」で終わってしまう。感動するダンス、人を惹きつけるダンスは、心が乗っているダンスなんです。小説も一緒で、たとえ粗削りな作品でも、心の動きを感じると惹きつけられます。ダンスも小説も、根っこの部分は一緒だと思います。
――岩谷さんは今年の一月に、THE RAMPAGEの楽曲をテーマにした書き下ろしの朗読劇(『さくら舞う頃、君を想う』)を上演されていますね。パフォーマーとして身体表現をするだけでなく、物語をつくりたいとも思われているんでしょうか。
岩谷 書いてみようと思ったきっかけの一つは、コロナなんです。ライブがなくなり、パフォーマンスで表現できる場がなくなってしまった。それで違う表現方法を探して、朗読劇や小説を書いてみたいと思いました。あとは、THE RAMPAGEのメンバーのまだ知られていない面を皆さんにお見せする機会をつくりたいと以前から考えていたんです。朗読劇という形で自分たちの曲を表現することで、メンバーをもっと輝かせることができるんじゃないかなと思いました。未熟ながら、これからも日々、がんばっていきたいです。
宇山 創作するときに、今までの読書体験が執筆に役立ったりしていますか。
岩谷 自分はまだペーペー過ぎて、胸を張って「あります」なんて言えないんですが、読んだ本は力になっていると思います。あとは、もともとダンサー出身なので、上手く書こうと気負い過ぎず、ダンサー特有の、耳で捉えた音とかリズム感、会話のテンポを採り入れていけると嬉しいです。
宇山 ダンスをされている方はリズム感とか、感覚としての気持ちよさに敏感なんでしょうね。きっと文章にも影響があると思います。

宇山佳佑×岩谷翔吾

# 前向きな物語を書いていきたい

岩谷 僕から宇山さんへの質問なのですが、宇山さんはもともとラブストーリーを書きたいと思われていたんですか?
宇山 実は、ラブストーリーを書きたかったわけではないんですよ。もともとは、いろんなジャンル、特にコメディの脚本を書きたいと思っていたんです。まさか自分がラブストーリーを主軸に書いていくとは思っていなかったし、脚本だけでなく小説も書くようになるとは……。
岩谷 恋愛小説を書かれていることが、むしろ意外なんですね。
宇山 そうなんです。ラブストーリーにこだわっているわけではないので、実は登場人物の二人が結ばれるか、結ばれないかは、そこまで重要には考えていません。大事なのは、登場人物たちが何を思ったか、どう生きたか。その人の人生、その人の生き方みたいなものを描きたい。恋愛はそのための要素の一つだと思っています。
岩谷 これまで恋愛をテーマに多くの物語を書かれていて、作品によって、恋愛観が変わったりすることはありましたか?
宇山 いや、あまり変わらないですね。いろいろな恋愛があるけれど、結局はどれも、「どう生きるか」の一部だと思うので。恋愛そのものよりも、登場人物たちが、恋愛の壁となる障害や、厳しいかせを前にしたとき、それをどう乗り越え、どう成長するかのほうが大事だなと思います。
岩谷 たしかに読んでいて、恋愛のときめきももちろん感じますが、「この困難を乗り越えよう、がんばろう」という希望を強く感じました。
宇山 できる限り、前向きな物語を書こうと思っているんです。ラブストーリーに限らず、どんなタイプの物語でも。世の中には暗いニュースがあふれているし、普段の生活でも、学校や会社、家庭で嫌なこともあるでしょう。でも本を読むときには、喜んだり悲しんだりしても、読み終わったときには、また、明日もがんばろうって思ってもらいたい。ほんの少しでも希望が残るものであってほしいな、と思っています。
岩谷 『いつか君が運命の人』を読んで、その希望に僕も背中を押されました。素敵な物語をありがとうございました。
宇山 そう感じてもらえれば本望です。岩谷さんとお話しして、自分でも大切に思うところを丁寧に読み取っていただいて嬉しく思いました。こちらこそ、ありがとうございました。
岩谷 お話しできて、とても楽しかったです。次の作品も楽しみにしています!

「小説すばる」2023年5月号転載