第十一回 渡辺淳一文学賞 贈賞式 選考委員講評と受賞者の言葉
2026年06月10日更新
第十一回 渡辺淳一文学賞 贈賞式 選考委員講評と受賞者の言葉
2026年5月某日、本年度渡辺淳一文学賞の贈賞式が執り行われました。 第11回を迎え、今回も多くの方々がお祝いに駆けつけてくださいました。
選考委員と受賞者のスピーチの様子を一部抜粋にてご紹介いたします。
受賞作 高瀬乃一さん『天馬の子』角川書店刊
選考委員代表 東山彰良さん
「渡辺淳一文学賞は純文学や大衆文学といった枠を越えた賞。タイプの違う作品が拮抗した場合、どちらを選ぶのが正解なのか大変頭を悩ませました。ただ、どんなジャンルの作品でも嘘と真実の塩梅が大切だと思っています。芸術とは嘘を使って真実を伝えるもの。『天馬の子』はそのバランスが良かったことで、他の候補作をじりじりと引き離し、受賞に至りました」
本年度から選考委員に加わられた東山彰良さんは、初めての選考会での議論の様子を振り返りながら、最終的に『天馬の子』が一歩抜きんでていたことを称賛なさいました。
作品の魅力について「主人公のキャラクター造形が非常に週刊少年漫画的で、劣等生がたった一つの特技を活かして夢を勝ち取る展開を予想し、序盤を読み進めました。子供たちが集まる隠れ家としての洞窟はトム・ソーヤの冒険を想起させ、これを使って子供たちが大人たちから大切なものを守っていくのだろうと。けれどもその予想は裏切られ、雪深い東北の寒村の現実を子供たちは打破できない。そんな甘いものではなかったのです。きちんと真実を描きながら、その中にどう嘘を入れていくかという物語なのかなと思いなおしました。今日の価値観では容認できないような行いも、高瀬さんは淡々とした筆致で、何の奇跡も起こさず、まざまざと描き出しました。その中で主人公の才覚、つまり馬に対する愛情と理解でもって自分の扉をこじ開けていったのです」と設定から構築、そして結びまですべてにおいて秀逸だったことを述べられました。
「この賞の選考委員に加えていただかなければ、この作品を読み逃していたかもしれません。危ないところでした。最後は感動とともにページを閉じたことを覚えています。聞くところによりますと、高瀬さんは歴史ものだけでなく現代ものもお書きになる考えがおありのようですので、どういった作品を発表なさっていくのか心から楽しみにしています」と今後の執筆活動により一層大きな期待を寄せられました。
受賞者 高瀬乃一さん

本年度受賞者の高瀬乃一さんは、まず受賞について感謝の言葉を述べられてから、執筆の思い出話をしてくださいました。
「題材となった南部馬はもう現存していない日本在来の馬です。明治になり軍部が従順で繁殖力のある強靭な馬を生産するために交配を続けた結果、南部馬は消滅してしまいましたが、青森県、そして岩手県周辺には現在も馬に関わる祭りや行事が多く残されています。私が青森県三沢市に住むことになったのは、23歳のときに転職して航空自衛隊の三沢基地に航空機整備員として配属されたことがきっかけだったのですが、近隣の公園などに行くと目に入ったのがまさに馬でした。滑り台、牧草、牧場の跡地、資料館、なぜこれほどまでに馬に関わるものが多いのか。この物語を書き始めたころは馬のことも地元の歴史についても知識は皆無で、その歴史を学ぶところから始めました」
郷土の貴重な資料を丁寧に保存していた八戸市立図書館や、十和田市にある馬の資料館の称徳館に通いつめていた日々を振り返りながら「執筆期間は一年ほどですが、その季節の移り変わりをどう描くか。遠くに見える峰を眺めながら、夕暮れの八甲田山の美しさを書こうと思ったのですが、舞台となる地域から見ると夕焼けが眩しくて直視できないということをそのとき初めて知りました」と懐かしんでおられました。
リアリティを追求する姿勢は資料のみに留まらず、実際に乗馬体験もなさったそうですが「そのとき私はひどい五十肩の上に捻挫もしてしまって満身創痍だったのですが、馬の対応はとんでもなくいじわるでした。馬の話を一年にわたって書きながら、実は動物がちょっと苦手だということが馬にはわかっていたようです」と苦笑なさり、会場はあたたかな笑いに包まれました。
そして物語のもう一つの肝である南部弁についても「今ではもう使われることはなくなっており、字にするときに大変苦労しました。つい津軽弁になってしまい、埋もれていく方言と人の歴史を物語として残すことへの重要性を感じ、これでいいのかと自問自答したこともありましたが、書きあげて地元でイベントを開催したとき南部地方の皆さんの誇らしい顔を見たときに間違いはなかったと思いました」と達成感に満ちた面持ちで語られました。
「八戸には遠くから来た人を指す『風の人』という言葉があります。その『風の人』は地元の人たちと協力し、南部地方の発展に貢献してきたそうです。小説家になって面白くてたまらないのは、私ではない別の人生をいくつも作ることができるということです。それに加えて今回は馬の一生まで書くことが出来ました。取り立てて起伏のない人生を歩んできた私ですが、物語の中で大きな冒険をさせてもらっています。これから先の人生も、平坦であり、公平であり、当たり前に悩み苦しみ泣いて、死んだとき墓標には『風の人』と刻んでもらえたら嬉しいです」着想から取材、執筆、すべてに地元への強い思いが込められていたことが伝わる締めくくられました。
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