内容紹介
20世紀後半のポルトガルを代表する女性作家が容赦なく突きつける、虐げられた者たちの孤独と諦念
「ポルトガル文学界の慎ましい花」と称された文豪マリア・ジュディッテ・デ・カルヴァーリョ(1921-1998)。
没後20年の2018年に本国で全集が復刊されたところたちまち話題となった。
独裁政権とカトリックによる家父長制に虐げられた女たちの孤独や怒り、希望と諦念が、卓越した観察眼と力強い内面描写によってまざまざと表れる。
日本版では短篇集『こんなにも多くの人が、マリアナ』(1959)と中編『空(から)の戸棚』(1966)を合本して収録。今なお新しい文芸作品集。
「これらの物語に触れると、取るに足りない“生”などないと思える」――小川公代さん
【目次】
こんなにも多くの人が、マリアナ
人生と夢
カンディダおばあちゃま
母親
アルミンダ嬢さん
クリスマスの夜
すれ違い
日曜日の散歩
空の戸棚
訳者あとがき
プロフィール
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マリア・ジュディッテ・デ・カルヴァーリョ (Maria Judite de Carvalho)
1921年リスボンに生まれる。夫は作家のウルバノ・タヴァレス・ロドリゲスであり、娘がひとりいる。1949年から1955年にかけて夫妻でフランスに移住。その後リスボンに戻り、雑誌社を経て「ディアリオ・デ・リスボア」紙などの新聞社にて編集者として働く。職務の傍ら短編や中編、エッセイなどを執筆し、グランデ・カミーロ・カステロ・ブランコ短篇文学賞、ポルトガル文芸批評家協会批評賞、ポルトガルP.E.N.クラブ賞、ヴェルジリオ・フェレイラ賞など数々の文学賞を受けた。1998年死去。
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木下 眞穂 (きのした・まほ)
ポルトガル語翻訳家。上智大学を卒業。ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』(新潮社)で第5回日本翻訳大賞を受賞した。訳書に、ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』『過去を売る男』(ともに白水社)、ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』(河出書房新社)、ジョゼ・サラマーゴ『象の旅』(書肆侃侃房)、同『修道院覚書 バルタザールとブリムンダ』(河出書房新社)、リカルド・アドルフォ『死んでから俺にはいろんなことがあった』(書肆侃侃房)、パウロ・コエーリョ『マクトゥーブ』(KADOKAWA)など多数。
書評
社会の圧力が招く孤立を鋭く描き出す二十世紀の傑作
倉本さおり
孤独とは人の数によって埋められるものではない。むしろ寄り集まった人びとの輪が、社会という名の圧力が、しばしば風下にいる誰かを孤立させ絶望へと追い込んでいく――。なにかを言いさして止めたような、妙に心に残る本書のタイトルからして秀逸だ。苦渋や挫折、諦念にふちどられた個人の生がそこここで立ちあがってくる気配がある。
没後数十年を経て再評価が進んでいる、二十世紀ポルトガル文学を代表する女性作家の作品集。一篇読むごとに深々とため息をついてしまった。文章の美しさはもちろん、どれも半世紀以上も前に書かれた物語にもかかわらず、描きつけられた情景のあまりの鮮やかさと生々しさに打ちのめされてしまうのだ。
表題作は、身寄りもなく財産もない、もう若くはない女が病院で余命宣告を受けるところから始まる。ふいに迫られることになった人生の終い支度。かつては夫がいた。生まれるはずだった息子がいた。では〈私〉、マリアナはいつからひとりなのか?――寄せては返す感情と記憶の波のなか、痛みに満ちたマリアナの人生がゆっくりと浮かびあがっていく。
当時カトリシズムを利用した独裁政権の影響下にあったポルトガルでは、教会で結婚したカップルの離婚は認められていなかった。ただ役所に書類を提出するのみに留めた夫とマリアナの選択からは、個人の尊厳と自由を求める先取的な男女の姿が垣間みえる。だが夫はのちに別の女に惹かれ、今度は教会で式を挙げてしまう。残されたマリアナがたどった道のりには、異物を忌み嫌う世間の酷薄なまなざしが貼りついている。
本書には九つの物語が収められているが、年齢を重ねた女を社会が切り捨てる様子が何度も繰り返される。他にも、組織の歯車となって労働を繰り返す毎日に消耗している男たちがいる。男たちの「妻」や「母」として社会から不可視化される女たちがいる。ジェンダー、毒親、モラルハラスメント―訳者あとがきにも書かれているとおり、まだそんな言葉などなかった時代から、みごとに核心をとらえて物語として紡ぎだす手つきの鋭さに惚れ惚れしてしまう。いまを生きる読者の胸にもまっすぐに届く傑作だ。
「青春と読書」2026年8月号転載
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