
作家・寺地はるなさんによるエッセイ連載。食べて眠って働いて……日々をやりくりしている全ての人に贈る、毎日がちょっと愉しく、ちょっと愛おしくなる生活エッセイです。
第16回:存在感を手に入れる方法
2025年03月28日
子どもの頃、テレビで『忍者ハットリくん』というアニメをみていた。父の方針で自由にテレビを見せてもらえない家だったのだが、両親が仕事で出かけているあいだは家にひとりだったため、その時間帯はほとんどテレビにしがみつくようにして鑑賞していた。なにかを強く禁止されるとかえってそれに執着するようになるという典型例だ。
夕方の時間帯は、アニメの再放送が多かった。今もそうなのだろうか? 『ど根性ガエル』や『いなかっぺ大将』や『天才バカボン』などが高い頻度で放送されていたように思う。
夕方の時間に再放送されていなかったアニメは、まったく観ていない。同年代の人と会うと、小中学生当時オンタイムで放送されていたアニメやドラマなどの話題が「当然ご存じでしょ」という感じで提供されるのだが、みんなは盛り上がっているのに、ひとりだけ話についていけない。ただまあ私なんかは、そういうのは小学生の頃から教室でさんざん経験してきてるんでね、キャリアが違いますよ。みんなが盛り上がってるあいだに勝手にデザートを追加して食ったりしていますね。
話が横道にそれたが、とにかく、『忍者ハットリくん』をみていた。おそらく私がはじめて忍者というのものに触れたフィクションだった。はじめてだったが、ハットリくんが忍者としてのスタンダードではないということはなんとなく理解できていた。なぜならまったく忍んでいる様子がなかったからだ。
でもハットリくんのいる生活はすごく楽しそうだったし、たまにかっこよく活躍する局面なんかもあったし、「私も忍者的なものになりたい!」と小学生に思わせるにはじゅうぶんだった。
そこで、私はオリジナルの忍者修業をはじめた。手裏剣を投げるとかではなく、「気配を消す」からトライした。もともと存在感が薄い子どもだったので、がんばれば自分にもできそうな気がしたのだ。つまり自分の適性を理解していたわけで、けっこう賢い。
足音を立てずに歩く。なるべく目立たない色の服を選ぶ。立つ時はかならず隅っこか物影を選ぶ。忍者への憧れを失ってからもその習慣は残り、私は存在感が薄い子どもから存在感のない大人へとランクアップした。よく「え! いつからいたの?」と驚かれる。最初からずっといたよ。
今住んでいるマンションのゴミ置き場や階段でも、他の住人に出くわすたびにびっくりされる。高齢の住人が多いので、もしこの中に心臓疾患を抱えている人がいたらちょっとまずいんじゃないかと本気で心配になってきた。名前も知らないけど同じマンションに住んでいるわけだし、いつまでもすこやかでいてほしい。不用意にびっくりさせたくない。
そこで、鈴を持ち歩くことにした。階段をのぼりおりする時にはその鈴を鳴らして「ここに人がいますよ」とアピールするわけだ。ちなみにその鈴は日光東照宮に行った際に、なんだかものすごい急な石段をのぼった先にある奥社にて入手した「叶鈴守」というのもので、サイズは直径二センチほどだがけっこう大きな音が鳴るし、見た目もかわいらしいのでとても気に入っている。
視覚的にも目立ったほうがいいと思い、最近はなるべく明るい色の洋服を選んでいる。しかし何十年も黒やグレーを着て過ごしてきたため、赤いニットなんか着ると気分が落ちつかな過ぎて挙動不審になり、べつの意味で他人をびっくりさせてしまう。
まずはマフラーとかバッグなどから明るい色をとりいれるほうがいいのかもしれない。ちなみに髪は派手な色にしても自分の視界に入らないので、最近ピンクやグリーンに染めている。人混みで見つけやすくなった、と知人に言われた。やったね!
プロフィール
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寺地 はるな (てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞、2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞、2024年『ほたるいしマジカルランド』で大阪ほんま本大賞受賞。『大人は泣かないと思っていた』『こまどりたちが歌うなら』『いつか月夜』『雫』など著書多数。
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