恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第6回:老後のお金が心配になった時
案内人 高井浩章さん
2022年02月15日
警備会社セコムが毎年行う「日本人の不安」という、お題だけで不安になる調査。心配事のほぼ不動のトップは「老後の生活や年金」だ。2020年こそ新型コロナウイルスにトップを譲ったが、21年調査ではめでたく首位奪還を果たした。いや、めでたくはないが。
人生100年時代。今年50歳の私も「まだ折り返し点か」とため息が漏れる。三姉妹の学費もピークを迎えつつある今、お金の心配は尽きない。
だが、しかし。
この「老後のお金の心配」は、日本経済全体の問題として大きな構図で考えると、実はちょっとポイントがずれている。それを教えてくれるのが『お金のむこうに人がいる』(田内学)だ。

著者は繰り返し、「老後資金が足りない」は見かけ上の問題であって、本質はその国が産み出せるモノやサービス、「お金の向こうにいる人々」が提供する価値にあると説く。
高齢化で働き手が減って経済の地力が落ちることこそ問題の根っこであり、高齢者がいくら「お金」を貯めても、国の経済自体の足腰が弱っては、豊かな老後など望めないという見立てだ。
「年金制度はマクロ経済と一蓮托生」は私の持論だ。「年金制度は破綻が避けられない」という主張は、あまり意味がない。公的年金が破綻するなら、そのときには日本という国全体が回らなくなっているはずだ。目を向けるべきは経済システム全体だ。
田内氏の指摘と私の持論は、「個人がお金を貯めても本質的な問題は解消できない」という点で共通する。日本経済が没落しても、一部のお金持ちは逃げ切れるかもしれない。でも、現役世代と大多数の庶民が一緒に幸福になれる未来を描けなければ、社会や経済にとっての最適解は見えてこない。
「お金のむこうの人」に目を向ければ、大きな視点で冷静になれる、かもしれない。
さて、再びしかし、だ。
私の心の奥には、「長期では、我々は皆、死んでいる」という経済学者ケインズの名言もこだましている。
人間、死んだら、チャラだ。蓄えや備えがないと、伴侶や子を残して世を去る不安は消えないかもしれない。でも、そんな思いも含めて、死ねば全ては無に帰す。

山田風太郎/著(徳間文庫)
山田風太郎の『人間臨終図巻』は、古今東西の著名人の末期の姿を蒐集した名著だ。これを読めば、極端な貧困に苦しんだ悲惨な例はあるものの、人の死に様や晩年の幸、不幸に、「お金」が果たす役割はさほど大きくないことが分かる。歴史に名を残す偉人・英雄・怪物ですら、そうなのだ。
それはそうだろう。最後は、銭勘定だけなら、チャラなのだから。
「老後のお金の不安」は部分最適の視点でしかない。もし、社会の一員としての責務まで思いが及ぶなら、我々にできるのは「ちょっとはましな世界」のバトンをつないでいくことくらいだろう。
そして、個々人で見たって、幸、不幸は「たかがお金」では決まらないのだ。
と、言いつつ、老後どころか目先の家計のやり繰りに四苦八苦するのが人生。
2兆円ほどあれば、私の心労も消し飛ぶのだけど。
プロフィール
-
高井 浩章 (たかい・ひろあき)
作家・記者。1972年生まれ、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験を持つ。自身の娘に向けて7年にわたって家庭内連載した小説を改稿した『おカネの教室』でデビュー。
新着コンテンツ
-
お知らせ2026年01月08日
お知らせ2026年01月08日村田沙耶香さん『世界99』があの本、読みました?大賞を受賞!
村田沙耶香さんの『世界99』が第2回あの本、読みました?大賞を受賞しました!
-
新刊案内2026年01月07日
新刊案内2026年01月07日消失
パーシヴァル・エヴェレット 訳/雨海弘美
文学を志向する作家が、別名で低俗に振り切った中編小説を書くのだが……。アカデミー賞脚色賞受賞映画〈アメリカン・フィクション〉原作。
-
インタビュー・対談2026年01月07日
インタビュー・対談2026年01月07日ピンク地底人3号「「わしのこと以外、書くことなんてないやろ」圧倒的な暴力と不条理の果てに見える世界」
小説デビュー作が野間文芸新人賞を受賞した、今注目の作家であるピンク地底人3号さんの不思議な魅力に迫る。
-
新刊案内2026年01月07日
新刊案内2026年01月07日カンザキさん
ピンク地底人3号
圧倒的な暴力と不条理の果てに、見えてくる戦慄の光景。注目の劇作家による初小説!第47回野間文芸新人賞受賞作。
-
お知らせ2026年01月06日
お知らせ2026年01月06日すばる2月号、好評発売中です!
髙樹のぶ子さん待望の新連載は紫式部がテーマ。韓国文学界で活躍を続けるウン・ヒギョンさんの短編も必読です。
-
お知らせ2025年12月26日
お知らせ2025年12月26日2025年度 集英社出版四賞 贈賞式 選考委員講評と受賞者の言葉
本年も集英社出版四賞の贈賞式が執り行われました。喜びと激賞の言葉の一部を抜粋してお届けします。