
恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第11回:後から時間差で怒りがわいてきた時
案内人 瀧波ユカリさん
2022年07月15日
は? そんなこと言う? おかしいだろ!
と、思った時にはあとの祭りだ。怒りの根源の相手は、すでに目の前にいない。
あの時、即座にああ言えばよかった、こう切り返すべきだった。頭の中でビシッとした「最適解」を探せば探すほど、それと程遠いふにゃふにゃの返しをしてしまった自分に腹が立つ。相手へと自分へとで2倍になった怒りの矛先の向けどころは、どこにもない。それは出口を失いマグマとなり、体内で増幅して、頭をカンカンに熱くする。肩はガチガチに固くなり、歯まで食いしばってしまう始末だ。
だめだ、これは頭にも悪いし体にも悪い。寿命が縮む。
そうして私はひとつ深呼吸をし、麦原だいだいの『気持ちいい体』を手に取る。鬱々としやすい気質の麦原さんが、ひたすら「気持ちいい」を取りにいく漫画だ。サウナ、温冷入浴、登山、焚き火、チリコンカン、ストレッチ、ハンモッキング、などなど。戸惑いながら挑戦し、気持ちよさにたどりつき、時には心が体から解き放たれるような爽快感までも得る。その様子を目で追っていると、体に入っていた力がすううっと抜けていく。
漫画に心をほぐされたら、ストレッチしたり温かいものを飲んだりして体もほぐす。そうすれば、頭の熱もひいていく。

しかし執念深い私は、ここで終わらない。次は遙洋子の『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を開くのだ。
これは具体的なケンカの仕方をレクチャーする本ではない。上野ゼミに通うことになったタレントの遙さんが、東大というインテリジェンスの世界にカルチャーショックを受けながらも必死で学び、気づきを得ていく成長譚だ。しかし上野千鶴子先生を中心とした人々とのエピソードの至るところに、人と議論し勝つためのヒントが散りばめられている。
「相手にとどめを刺しちゃいけません。あなたはとどめを刺すやり方を覚えるのでなく、相手をもてあそぶやり方を覚えて帰りなさい」。上野先生のこの言葉を目で追いながら、ああ、そうだった、と思う。いつも私に足りないのは余裕なのだ。何か嫌なことや聞き捨てならないことを言われた時、戦闘態勢に入ってしまう。なのに、おおごとにしたくないから結局ふにゃっとした対応に逃げてしまう。
もてあそぶ、もてあそぶんだよ。そう頭の中で繰り返す頃には、怒りはもう過去のものになっている。

プロフィール
-
瀧波 ユカリ (たきなみ・ゆかり)
漫画家。1980年北海道生まれ。主な作品に『臨死!!江古田ちゃん』『モトカレマニア』(共に講談社)『ありがとうって言えたなら』(文藝春秋)など。
現在、『わたしたちは無痛恋愛がしたい』をwebサイト「&Sofa」(https://andsofa.com/)にて連載、第1巻好評発売中。
新着コンテンツ
-
新刊案内2025年07月30日新刊案内2025年07月30日
マスカレード・ライフ
東野圭吾
警視庁を辞め、コルテシア東京の保安課長となった新田浩介が、お客様の安全確保を第一に、新たな活躍をみせる最新作。
-
インタビュー・対談2025年07月25日インタビュー・対談2025年07月25日
宇佐美まこと×松浦秀人(日本被団協代表理事)「被爆80年、物語に託した軌跡と奇跡」
宇佐美まことさんの最新刊は戦争の愚かさがテーマ。被爆者の松浦秀人さんをゲストに招き、おふたりが暮らす愛媛県松山市でお話を伺いました。
-
新刊案内2025年07月25日新刊案内2025年07月25日
13月のカレンダー
宇佐美まこと
太平洋戦争終結から80年。愚かな戦争の記憶を継承する、至高の大河小説。
-
新刊案内2025年07月25日新刊案内2025年07月25日
ライアーハウスの殺人
織守きょうや
孤島に聳え立つ来鴉館で嘘つきたちの饗宴が始まる――。二度読み必至の超本格ミステリ!!
-
インタビュー・対談2025年07月22日インタビュー・対談2025年07月22日
窪美澄「「私はあなたを見ている」、その視線を感じるだけで救われる人がいる」
外国人が多数暮らす団地を舞台に、著者はどのような物語を書き上げたのか。その物語から、どんな希望を紡ぎ出したのか。
-
インタビュー・対談2025年07月18日インタビュー・対談2025年07月18日
窪 美澄×藤野千夜「団地を書くふたり」
団地を書き続けてきたおふたりに、団地に対する思いや互いの作品の印象、執筆の背景などを語っていただきました。