恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第39回:晩ごはん、なんにも作りたくない時
案内人 白央篤司さん
2025年02月14日
「気持ちが落ち込むときに無理してあらがってはいけない。とことん落ち込み切らないと人間、上がってこられないから」
若い頃にこんな話を誰かに聞かされて以来妙に納得して、ネガティブなときは気持ちの鬱々とするまま身も心も任せるようになった。気晴らしということを考えず、部屋にひとりこもって我が身を嘆き、暗い音楽や映画を流してぼんやりする。泣けるようなら泣く。するとよくしたもので、気持ちが沈む心の底というのがいつかは感じられてくる。数時間で底に達するときもあれば2日ぐらいかかるときもあるけれど、底が感じられた頃にはもう誰かを呪ったり自分を責めたりするような気力も無くなって、そのままぼんやりと横たわっていると次第に「腹……減ったな」なんて気持ちも湧きおこり、心に浮力がかかるのを感じる。年をとってからはひどくネガティブになることも少なくなったが、以前はこんな風にしてネガティブを乗り切っていた。
ネガティブ真っ最中のときに何かを読みたくなる人もいるだろうが、私の場合は気持ちの底から浮かび上がらんとするときに楽しいものを読んで、エネルギーにしている。
何十回読んでもおかしい本というのがある。黒柳徹子さんのエッセイ集『トットの欠落帖』は彼女の人生における失敗談を集めたものだが、もう思い出すだけでも楽しくなる。私は若い頃に内臓をやられて入院し、どうにも気持ちが落ち込みがちだったとき、この本を差し入れされて大きな助けとなった。徹子さんの思い込みや勘違い、“品のある野放図”が巻き起こすハプニングを読むたび、クヨクヨしてる自分なぞ吹っ飛んで、気がつけば笑っている。基本的に徹子さんは自分のやらかしや失敗をまったくネガティブに捉えていないところがいい。
「みなさんは私がおかしい、物知らずって言うんですけれど私はどうもそう思えないんですね。でもこのお話をするとみなさん笑ってくださるから書きました」みたいなスタンスに拍手を送りたくなる。そう、気がつけば拍手を送るだけの元気が自分に戻っているのだ。毎日の仕事や家事がどうにも鬱陶しいとき、疲れて夜の献立がまったく思い浮かばずいらいらしてしまうときなど、この本を思い出すだけでもちょっとおかしくなり、さっきまでつらく感じていたことが小さく思えてもくる。

気持ちが暗くなるとき、私は落語にも頼る。特に桂米朝さんのファンで、あの温和で高徳を感じさせる落語を聞いていると心がふわーっと軽くなる。著書もまた素晴らしい。私のイチ推しは『米朝ばなし 上方落語地図』だ。上方落語の舞台になった土地を米朝さんが解説してくれ、本が作られた昭和50年代のその土地の様子が写真付きでおさめられている。読んでいると米朝さんの声や口調がよみがえってきて、気持ちが和らぎ、日常の苦役をこなす力が湧いてくる思いになる。
さて、今夜は何を作るとしますかね…。

プロフィール
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白央 篤司 (はくおう・あつし)
フードライター、コラムニスト。1975年生まれ、出版社勤務を経てフリーに。「暮らしと食」をテーマに執筆、CREAや朝日新聞のウェブサイト、ハフポストなどでコラムを連載中。近著に『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)、『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』(太田出版)などがある。
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