私は無人島を舞台に研究する鳥類学者だ。無人島にはピンチがよく似合う。

 勘をたよりに道なき道を進んだ結果、崖から落ちそうになったりする。

 いつのまにか波が高くなり、転覆を覚悟しながらカヤックを漕ぎ出したりする。そして実際に転覆したりする。

 ピンチの時、私は心の中に飼っている人格を呼び出して助言を乞う。こんな時、イーサン・ハントならどうする? アメリ・プーランならどうする?

 よし、今日はアーサーとカイアを呼び出そう。

●『銀河ヒッチハイク・ガイド』ダグラス・アダムス著、安原和見訳

 平凡な地球人であるアーサーは、ある日突然ピンチに見舞われた。銀河ハイウエイの建設工事のため地球が取り壊されて宇宙に放り出されたのだ。彼は宇宙人と共にトラブルだらけの銀河旅行に身を投じることになる。

 これはシュールでナンセンスなSFコメディなので読む人を選ぶ一冊だ。同時に、人生の道標ともなる一冊である。

 アーサーには何の落ち度もないが、日常は一瞬で崩れ去った。常人なら狼狽え、苛立ち、旅どころではない。しかし、彼は飄々と順応し、最終的には宇宙の根源的な謎に迫る。これが彼の生き方だ。

 地球壊滅はすでに起こった後だ。今さら悩んでも解決にならない。それならば嘆くよりも前に進んだ方が建設的だ。

 無人島調査の前になんでちゃんとGPSや天気予報を見ておかなかったのだろう。今さら考えてもしょうがない。アーサーならきっとそんな感情は後回しにして前に進むはずだ。

『銀河ヒッチハイク・ガイド』ダグラス・アダムス/著 安原和見/訳(河出文庫)

●『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳

 父母に見捨てられた少女カイアは、湿地の自然の中で一人きり生きてきた。

 彼女を導くのは幼い日の母の教えだ。母は、危険なことがあったらザリガニの鳴くところまで逃げなさいと教えた。

 ザリガニの鳴くところとは、人間社会から離れた自然が支配する世界のことだ。そこは人の法も倫理も及ばない、生き残ることを最優先とすることが肯定される場所である。

 命の危機だというのに、社会の良識や常識にとらわれて誤った判断をすることがある。約束の時間や法的な許可の有無が気になって、焦って危険を冒してしまうのだ。

 だが、そんな場合ではない。約束も法律も取り返しがつく。とにかく生命を守れとカイアが囁く。

『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ/著 友廣純/訳(早川書房)

 いや、本当はわかっている。最も大切なのはピンチに陥らないよう綿密な計画を立てることだ。だが、私はスリルやカタルシスを求めて読書するため、まだそんな予防策を教えてくれるメンターに出会えていないのだ。いやはや、まいったまいった。