囲碁の対局は、孤独との戦いだ。進むべき道が分からなくても、己を信じて切り開いていかなければならない。人工知能(AI)が90%以上の勝率を示している場面でも、一つのミスで逆転されることは日常茶飯事だ。そのような勝負の世界では、どれだけ準備をして臨んでも、勝利に結びつかない時はある。

 結果が出ない時には従来のやり方を変えてみることがあるが、その際に他のジャンルで活躍されている方の言葉がヒントになることも多い。

 私は2024年に「(おう)氏杯(しはい)」という世界大会で優勝を果たし、その記念に元サッカー選手の中村(なかむら)(けん)()さんと対談する機会に恵まれた。その準備として読んだのが『ラストパス 引退を決断してからの5年間の記録』だった。

 『ラストパス 引退を決断してからの5年間の記録』中村憲剛/著(KADOKAWA) 

 本書では、川崎フロンターレ一筋だった中村さんが、現役最後の5年間を自身の言葉で包み隠さず振り返っている。17年のJ1優勝をきっかけに、それまで優勝に手が届いていなかったフロンターレが常勝軍団へと変わっていく姿は、タイトル初挑戦から5連続で敗退し、6回目の挑戦で初めて獲得できた自分と重なる部分もあり、興味深く読み進めることができた。

 激動の5年間の記録は、サッカーファンだけでなく「どのような目標を持って日々を過ごせばいいのか」と悩む人にとっても大いに参考になるだろう。

 囲碁のタイトル戦は全国各地で行われるため、移動に費やす時間も多い。私は読書が好きで、小説の世界に入り込んで気分転換を図ることが多々ある。

 最近よく読んでいるのは中山七里さんの作品だ。「有隣堂しか知らない世界」というYouTubeで作家の一日に密着する企画があり、その内容に衝撃を受けたのが、著者に関心を持つようになったきっかけだった。

 一日17時間以上を執筆活動に割き、食事と睡眠はほとんど取らない。レッドブル一本で一日を過ごせるように肉体改造したらしく、何もかもが常人離れしている。異例のハイペースで出版を重ねているのには、そのような背景があったのだ。

 代表作の『さよならドビュッシー』は、読者を音楽の世界に連れ込み、脳内に旋律を奏でさせるような描写と、最後に予想を裏切る結末が待つ推理小説の要素を掛け合わせた、唯一無二の作品だ。中山さんの著書は多くの作品で世界観が統一されているのが特徴で、主人公の岬洋介が登場する他のシリーズや、本作で脇役だった人物が主役として登場する作品もあるので、興味を持った方はぜひそちらも読んでみてほしい。

『さよならドビュッシー』中山七里/著(宝島社文庫)