『ギアをあげて、風を鳴らして』刊行記念インタビュー 平石さなぎ「“美しい負けざま”を描きたい」
ある宗教団体で「創始者の生まれ変わり」として崇められる小学四年生・吉沢癒知と、父の仕事の都合でさまざまな土地を渡り歩いてきた
同学年の転校生・渡来クミ。
二人は出会い、友情を深めることで、お互いの運命を変えていく――。
第38回小説すばる新人賞を受賞した『ギアをあげて、風を鳴らして』(「ギアをあげた日」を改題)が、抄録掲載から話題となり関心を集めている。
著者の平石さなぎさんに、本作に込めた思いと本作に至る道のりを聞きました。
構成/吉田大助 撮影/冨永智子
――贈賞式での平石さんのスピーチ、真摯で凜としていて、素晴らしかったと耳にしています。受賞作となった作品に懸ける思いはひとしおだったそうですが、となると選考会の日は気が気ではなかったんじゃないですか。
平石 今日だけは勝ちたいな、と思っていました。私は一日の勝ち負けや、いいことと悪いことって、寝る時にはプラマイゼロになっているんじゃないかなと思うんです。だから、一日の中で「ここは絶対に勝ちたい」というものがある時は、先回りして別のことで負けておきます。選考会の日は、一八時すぎくらいから電話を待ってくださいと編集さんに言われていたので、それまでに散々負けておこうと思って、朝からお昼すぎぐらいまでずっとパチンコを打っていました。めちゃくちゃ負けました。
――まさか、そんなインパクト大のエピソードを伺うことになるとは(笑)。
平石 ただの気持ちの問題なんですけど、自分の中だけのおまじない、「小さな宗教」みたいなもので……。ただ、一日単位ならそれで終わりでいいんですが、人生全体での勝ち負けも実はプラマイゼロで均衡していくんじゃないかなと思ったりしていて。すごくいいことが起こっても、これって実は悪いことの伏線なのでは!? と変に身構えてしまう癖があって、受賞が決まってからは内心びくびくしています。
――その考え方は、受賞作の『ギアをあげて、風を鳴らして』に登場する宗教団体の教義と似ていますね。一人の人間が受け取れる幸福には上限がある。かつて幸福な時期を過ごしたがために今はつらい状況にあるのだとしたら、神への信仰や儀式を通じて「永遠の顔をした短い季節」を取り戻すのだ……という教えです。
平石 ネットでいろいろな宗教団体について網羅的に調べて、教義などの設定を決めました。基準にしていたのは、自分が信じてしまうかどうかです。元気な時だったらそんなわけないってなるけれども、落ち込んでいる時にその教典を読んだらクラッとくる可能性はゼロじゃないかも、と。さっきお話しした「小さな宗教」は、完全に自分の中だけで完結しているんですけれど、もしかしたら自分の外側の、誰かが信じているものとくっついてしまう可能性も大いにあるんじゃないかなと思います。他人事ではないなと思いながら書くようにしていました。
――「小説すばる」で受賞作発表と共にあらすじが公開された時に、驚いたんですよ。難しい題材に手を出されたな、と。
平石 新人が手を出すべき題材ではなかったですね(苦笑)。宗教について、人が何かを信じる/信じさせることについて書いてみたいなとは昔から思っていたんですが、今回はどちらかというと、二人の少女の出会いについて書きたくて選んだ題材でした。
――では、着想の出発点はどこだったんですか?
平石 一番最後のシーンです。ラストシーンが思い浮かんで、どうすればそこに辿り着くのかと考えていくうちに、いろいろな設定が固まっていきました。
イヤなことをされているのは分かるけれども何がイヤなのかがはっきりと言葉にできない
――近畿地方の田舎町で暮らす小学四年生の吉沢癒知と渡来クミ、二人の視点をスイッチしながら物語は進んでいきます。癒知は荻堂創流会という全国的に有名な宗教団体で、「降り子」という存在として崇められる少女です。教団の広大な施設で、幹部である実母と共に暮らし、小学校では特別支援学級に通っています。クミは転勤族である父と、長らく体調がすぐれない母と一緒にこの町へ引っ越してきたばかりの転校生の少女です。キャラクターとしては、まず癒知が生まれたのでしょうか。
平石 そうですね。自分の生まれた環境だったり、親のことだったりで悩んでいる子供をイメージした時に、癒知の背景が少しずつ見えてきました。癒知は、すでに自分のことを知っているクラスメイトには心を開かなそうだったので、心を開くとしたら外からこの町へやってきた子かな、と。一方クミは、どんな転校先でもうまく馴染めるように、さっと空気を読んだり、いろいろなタイプの子とうまくやっていく術を身につけています。そういうアンテナの敏感さを掘り下げると、心にどこか影が出てくる子だとも思ったんです。そこが案外、癒知と通ずるものがあるんじゃないかな、あればいいな、と思いながら書き進めていきました。
――二人の主人公を、この年齢に設定にした背景とは?
平石 そこは、癒知の身体の成長の時期に合わせた気がします。「降り子」と呼ばれる少年少女は、儀式の時にほとんど裸に近い姿になります。小学校高学年ぐらいになると、自分が何をされているかがはっきり分かると思うんですが、これぐらいの齢だとイヤなことをされているのは分かるけれども、何がイヤなのかがはっきりと言葉にできない。子供の頃の一年の差は大きいと思うんです。一番モヤモヤする時期が、ちょうど二桁に入るぐらいの年齢かなと思いました。
――一学期が始まって早々、ちょっとした誤解から癒知は「おまえなんか不幸になれ!」とクミに声を荒らげてしまうんですよね。相手を非難する言葉がエスカレートして、「おまえも、おまえの家族も、一生しあわせにならんと死ね!」と言ってしまう。クミは家族について言われたことにカッときて、「いまあたしとあんたやろが!」と。そこからは取っ組み合いの泥仕合です。序盤の掴みとなる、大事なエピソードでしたよね。
平石 子供の時の原風景を蘇らせながら書いた場面です。自分のことを言われるよりも、「親の顔が見てみたい」のように、親をダシにして何かを言われたほうが絶対に腹が立つし傷付く。取り乱して言ったシーンではあるんですけど、癒知は賢い子だから、そういうずるい攻め方を知っていてやったんじゃないかと思うんです。子供って、露骨なところがあるじゃないですか。私自身は、学校に行けなくなるほどイヤな思いをしたことはないんですが、昨日まで仲良かった子が目を合わせてくれない、というような経験はありました。大人だったら逃げられるけれども、子供の時は無理だったし、親にも言えなかったんですよね。親にバレたくないとか、悲しませたくないとか、いろいろ考えていたことを書きながら思い出しました。自分がイヤなことをされたとかだけじゃなくて、されている子を見た時も、立ち回り方がすごく難しい。子供の時って、まだ世界がせまくて逃げ場が少ないので、大人より人間関係が難しい場合もあるのかもと思いました。

宗教がメインではなくて二人の女の子のことが書きたい
――ただ、校内で起こったこの大喧嘩が、同じクラスではなかった二人がお互いを認識し、心を近づけるきっかけにもなっていくんですよね。癒知は教団の教えで、お菓子を食べてはいけなかった。クミと出会い、彼女の家庭生活を覗き見ることにもなったおかげで、蓋をしていた興味がむくむくと湧いてくるんです。「わたし、好きな食べものとかはないんやけど、でも食べてみたいもんはいっぱいある」と今まで誰にも言えなかった思いを告白した際、〈ぽおっと頬が染まり、微笑んだ唇が恥ずかしげに内側へ巻かれる〉という描写が出てきます。それを読んだ時に、二人を本気で応援したくなったというか、友情がどんどん深まっていってくれと願うようになったんです。
平石 嬉しいです。二人が仲良くなっていく過程を書くのには苦戦しました。ただ、癒知もクミもまったく違う形で家族の問題を抱えているので、そこで惹かれ合う部分はあるのかなと考えていました。お菓子のエピソードに関しては、「癒知はお菓子が好き」という設定をなんとなく最初に決めていて。でもまさか後半で、あんなに大事なエピソードを連れてくることになるとは、私も想像していませんでした。「こんなはずじゃなかったのに!」となる瞬間が、長編小説を書いていて楽しい部分だなと思います。この小説には、そういう瞬間がたくさんありました。儀式の時以外は「降り子」に一切触れてはいけない、という教団の教戒も、まさかこんなふうにお話の核に関わってくるとは思ってもいなかったです。
――子供は家や家族、大人に守られなければ生きていけない。言い換えるならば、大人の意思によって自分の人生が決められてしまうんですよね。その真実が、物語のちょうどまんなかで露わなものとなる。最悪の予感が最悪の形で実現する、あのエピソードはどのように思いつかれたのでしょうか?
平石 ラストシーンを除くと、あのエピソードはほぼ唯一、事前に決めていたものでした。一つ目の目的地のつもりで、そこに向かって癒知とクミが仲良くなっていく様子を書いていきました。二人には本当に申し訳なかったと思っています。
――そのシーンがあるからこそ、後半で物語のギアが上がるんですよね。そして、怒濤のラストシーンへと辿り着く。ラストシーンを思いついて、そこから逆算するように書いていくやり方は、平石さんにとって得意なやり方なんですか?
平石 今回はたまたまでした。普段は「こういう人を書きたい」とか、人から始まることが多いです。でも、この作品を書いてみて、最後が見えているというのは大事だなと思いました。途中でどちらに進んでいいかが分からなくなった時に、ぼんやりとでも目的地があったほうが、大きな方向は間違えずに書けるのかなと思うんです。例えばこの小説も、ラストシーンを思いついていない状態で頭から書いていったら、宗教がメインになる話になっていたかもしれないです。そうしたら、今の私の技量では作品が空中分解していたかもしれません。宗教がメインではなくて、二人の女の子のことが書きたい。最後には、二人の勇姿と友情を象徴するようなシーンが書きたい。そんなイメージがあったから書けたと思っています。
――実際にラストシーンを書いた時は、どんな感慨がありましたか?
平石 癒知もクミも、私とは比べものにならないくらいたくましくなってくれました。このお話を書いてよかったなと思いましたし、私も見習わなきゃなと思ったんです。たとえ「これは負け確定だな」みたいな状況になっても、この二人みたいな態度でありたい。勝負に勝つことは大事です。でも、美しく負けることはもっと大事なんじゃないかなと。負けてもかっこいい人って、最強だと思うんです。
熱量全開でいくぞと最初から吹っ切れていた
――小説を書き始めたのはいつ頃からだったんですか?
平石 二十歳ぐらいです。読み始めたのもそれぐらいでした。子供の頃は運動と遊びばっかりで、大学に入った直後から読書にハマって、自分でも書くようになりました。一番最初に読んで「わー!」となったのは、桐野夏生さんです。それから、上橋菜穂子さん。
――作風は全く違いますが、二人ともタフな女性主人公を書かれるイメージがあります。
平石 そうですよね。物語ではあるんですけど、主人公たちが本当に生きてる感じがしたんです。例えば、桐野さんの作品には、人に見せたくない感情とかが全部書かれてるじゃないですか。泣けるお話も好きなんですけど、私はそういう小説を読んだ時に、意外と気持ちが救われたりします。自分の小説でも、その感じを出せたらいいなと常々思っています。
――新人賞への投稿を始めたのは?
平石 二二歳ぐらいの時に、初めて書いた長編を「小説すばる新人賞」に出しました。ちょうどその時期に、高校生で小説すばる新人賞を受賞された青羽悠さんの『星に願いを、そして手を。』が書店に並んでいて。こういう賞があるんだと知って、ここに出してみようかなと思いました。ただ、それは一次も通らなかったです。その後も何作か書いたんですが、だんだん書けなくなっていって。それから五年間ぐらいは、短編を書いて賞に応募していました。長編があまりにも書けなくて、でも小説をやめるのは考えられなくて、せめて短編は書けるだけ書き続けようと思っていました。
――短編時代はどんな作品を書いていたのか、気になります。
平石 「北日本文学賞」という地方文学賞で特別賞をいただいた作品は、コロナ禍でいろんなものを失った女性が、遊園地でアルバイトをしながら、将棋がめちゃくちゃ強いホームレスのおじいちゃんと対局するお話です。……今、自分で喋っていて、あまりに説明が下手だなと唖然としました(笑)。
――二〇二二年の「女による女のためのR-18文学賞」では最終候補に残ったと聞いています。そちらはどんな内容でしたか?
平石 ある女の人の家に、脱獄した男の子が入ってくるという話です。この選考で初めて、プロの先生の講評をいただきました。印象に残ったのが「きれいすぎる」という評価でした。きれいな文章で、うまくお話を構成しようとして意図的に書いていた箇所が、むしろ作品の熱量をそいでしまっていると指摘してもらったんです。そのアドバイスは、今回すごく大事にしていました。『ギアをあげて、風を鳴らして』のラストシーンを思いついて、これは長編になるなと思った時に、熱量全開でいくぞと最初から吹っ切れていたと思います。
――そうしたら、書き上げることができた。
平石 長編を書き上げることができたのは、五年ぶりでした。しかも、枚数が今の倍ぐらいあって。これだけの熱量があったのかと自分でも驚きました。
――長編を書くことは、短編にはない面白さがあるのでしょうか。
平石 先ほどお話しした、書いていて「こんなはずじゃなかった!」という瞬間が訪れるのは、やっぱり長編ならではかなと思います。短編では、私はまだその感覚は味わったことがないです。

「もしこれを応募したら受賞できるか?」という自分なりの基準があるんです
――本作で作家デビューを果たしましたが、今後はどのように書いていきたいと思い描いていますか。
平石 しばらく公募の文学賞に応募してきた人間の「あるある」かもしれないんですが、新しい作品を書く時に、「もしこれを応募したら受賞できるか」という基準がインストールされているんです。それで肩に力が入るタイプでもあるので、バランスをちゃんと取りながらなんですけど、毎回新たに受賞するぐらいのつもりで書きたいなと思っています。
――素晴らしいハングリー精神ですね。次の作品の予定は決まっているのでしょうか。
平石 短編を書き始めています(「小説すばる」3月号に「きんこ児と乳房雲」掲載中)。連作の構想なので、しばらくは短編ができ次第、編集さんに送って読んでもらうという状態になると思います。編集さんには長編のプロットも一応、お送りしてあります。現代ものなんですが、ちょっとファンタジーの設定が入ったお話で。上橋菜穂子さんの影響を受けまくっていますね(笑)。そのお話は、人物ではなく世界観から思い浮かんで、私の中でも珍しいパターンでした。
――そういう創作のパターンもあるんですね。また新しい顔が見えてきましたし、パワフルに書き続ける人だな、と確信できました。たとえ今回の作品で受賞していなかったとしても、きっとめげなかったですよね。
平石 一次落ちでも、めげなかったと思います。長編を書き上げられたこと自体が嬉しかったですし、やっぱり自分は書くことが好きだな、自分の人生に必要だなと改めて感じました。みなさん多かれ少なかれそうだと思うんですが、友達とか家族とか、距離が近い人にも、「こんなん言わんほうがいいよな……」みたいな話題が心の中にあるんじゃないかと思います。「相手が暗い気持ちになるかな」と思って、飲み込んでしまう言葉が自分の中に溜まっていくんですが、それを物語として差し出すのが、私にとって小説を書くことです。
――平石さんの視点を通して描かれる「負けてかっこいい人たちの姿」、また見てみたいです。
平石 そこは今後も小説で追いかけていきたいです。「この勝負には絶対負ける」と分かった時にどう動くかって、その人の人間性がすごく出るんじゃないかなと思うんです。負けると分かっていても立ち向かっていく人が私は好きだし、負けざまの美しさに惹かれます。そういう人たちの姿をこれからも描いていきたいですね。
プロフィール
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平石 さなぎ (ひらいし・さなぎ)
1997年、京都府生まれ。大阪府在住。『ギアをあげて、風を鳴らして』(「ギアをあげた日」改題)で第38回小説すばる新人賞を受賞。
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