担当編集より

Netflixで世界的人気を誇るリアリティ・ショー『クィア・アイ』。5人のゲイ〈ファブ5〉が依頼人の人生を変える…という番組内容だけでなく、自己肯定感をはぐくむというコンセプトも世界中の支持を集め、2020年9月現在、最新のシーズン5まで配信されています。昨年はファブ5が来日した特別編『クィア・アイ in Japan!』も配信されました。

本書はその美容担当ジョナサン・ヴァン・ネスによるメモワール。過酷な半生を綴り、アメリカでも話題となった1冊です。

今回は、セクシャルマイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fairの代表でもあるライターの松岡宗嗣さんに、書評を執筆していただきました。

【書評】自分“こそ”が自分を受け入れる大切さ【評者:松岡宗嗣】

 過去の自分にがんじがらめになって、前に進めなくなることがある。他人と比較し、自分自身のコンプレックスから身動きが取れなくなる。

「ファブ5」と呼ばれる5人のゲイが、依頼者の外見と心を“変身”させるNetflixの人気番組『クィア・アイ』。本書の著者であるジョナサン・ヴァン・ネスは、ファブ5の美容担当として、依頼者が過去やコンプレックスと向き合う手助けをし、「自分らしさ」を引き出す。

 昨年「ジェンダーノンコンフォーミング(既存の性の規範にあてはまらない)」であることを公表。長髪とひげ、そしてハイヒールを履きこなし、まさに「ありのままの自分を愛する」実践者だ。

 しかし、そんなジョナサンは本書で、本当の自分を知ってもファンでいてくれるのか、と自身の過去を公表することへの不安を綴る。

「ありのままの自分」「自分らしさ」。多様性をうたう昨今では頻繁に耳にするようになった言葉だ。ただ、社会の差別や偏見などから実践することは容易たやすいこととは言えない。
 ジョナサン自身も、まさに過去の自分を消し去りたい記憶として箱に閉じ込めていた一人だった。いじめ、摂食障害、性暴力被害、セックスや薬物への依存、そしてHIV陽性者であることを本書で明らかにする。

 メディアに映るのは、フィギュアスケートをこよなく愛し、常にポジティブで依頼者を華麗に変身させる姿。しかし、それは本人の一部でしかなく、ジョナサン自身も『クィア・アイ』の依頼者や視聴者と同じように悩み、過去の自分にがんじがらめになっていた。

 なぜ過去を公にしようと思ったのか。その答えを知ると「ありのままの自分」という耳触りは良いけれど、輪郭を摑めずどこか距離を感じてしまうこの言葉が、より形を持って身近に感じられてくる。

「わたしはどん底を見た。さあ、これからは巻き返しのターン」。本書から、他の誰でもなく、自分“こそ”が自分を受け入れることの大切さを改めて学ぶ。

松岡宗嗣(まつおか・そうし) ライター、一般社団法人fair代表理事
(『青春と読書』2020年9月号より転載)

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