

内容紹介
日本近代建築の雄、妻木頼黄(つまき・よりなか)。
幼くして幕臣の父を疫病で亡くし、維新後に天涯孤独の身となり、17歳で単身渡米。
のちにコーネル大学で学んだ異才は、帰国後にその力量を買われ、井上馨の「官庁集中計画」に参加。
以来、官吏として圧倒的な才能と情熱で走り続ける妻木の胸には常に、幼い日に目にした、美しい江戸の町並みへの愛情があふれていた。
――闇雲に欧化するのではなく、西欧の技術を用いた江戸の再興を。
そう心に誓う妻木は、大審院、広島臨時仮議院、日本勧業銀行、日本橋の装飾意匠をはじめ、数多くの国の礎となる建築に挑み続ける。
やがて、数々の批判や難局を乗り越え、この国の未来を討議する場、国会議事堂の建設へと心血を注ぎこんでいくが……。
外務大臣・井上馨、大工の鎗田作造、助手を務めた建築家の武田五一、妻のミナをはじめ、彼と交わった人々の眼差しから多面的に描き出す、妻木頼黄という孤高の存在。
その強く折れない矜持と信念が胸を熱くする渾身作!
プロフィール
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木内 昇 (きうち・のぼり)
1967年生まれ。東京都出身。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。2009年第2回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2011年『漂砂のうたう』で第144回直木賞を受賞。2014年『櫛挽道守』で第9回中央公論文芸賞、第27回柴田錬三郎賞、第8回親鸞賞を受賞。『茗荷谷の猫』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』『光炎の人(上・下)』『球道恋々』『火影に咲く』『化物蝋燭』『万波を翔る』『占』など著書多数。
【書評】
「読みごたえたっぷりの明治建築小説」
北上次郎
明治初めの東京の風景が冒頭に出てくる。どこを歩いてもひと気は乏しく、たとえば江戸時代に賑やかだった日本橋も、ぬかるみだらけの地面を野犬がうろつく一帯と化し、空店では親に捨てられた赤子や幼子が餓死している。木内昇『剛心』は、そういう荒涼とした東京の風景から始まる。
問題はその街をどう建て直すかだ。西洋に負けないように、石造りの欧風建築を建て、立派な街並みを作るために外国から建築家を招くというのが当時の方針だったが、そういうお雇い外国人(あるいはその弟子の日本人)たちの思想に、敢然と反旗を翻したのが妻木頼黄だった。たとえば彼はこう言う。
「僕が設計するからには、新たな技術を取り入れながらも、この国の、自分たちの根源を忘れずに引き継いでいくような建物にしたいと思っている。そういう建物がいくつも建つことで、江戸のような、心地いい街並みがきっとできる。子供たちの、またその子供たちの世代まで、誇りになるような街がね」
本書は、妻木頼黄とその時代を描く「明治建築小説」だ。相変わらず、木内昇はたっぷりと読ませて飽きさせない。
広島の大本営の近くに仮の議院をたった半月で建てる挿話など、興味深い話が多いからどんどん物語に引きずりこまれるのだ。妻木頼黄の妻ミナ、職人鎗田作造の妻カネなど、物語の背景にいる女性たちが彫り深く描かれていて強く印象を残しているのもいいし、さらに、職人同士の喧嘩を妻木が止めるシーンでは目頭が熱くなってくる。こういう細部も絶品だ。
そして終章が物哀しい。孤独に生きた妻木が亡くなり、野心満々の辰野金吾の天下になるかと思うと辰野もスペイン風邪で亡くなる。二人とも国会議事堂の建築家にはなれずにこの物語は幕を下ろしている。残されたのは、私たちの生きる現代の東京は、心地いい街なのか、誇りに思える街なのか、ということだ。その問いが残り続ける。
きたがみ・じろう●文芸評論家
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