
内容紹介
年の瀬に起きた痛ましい〈地下鉄S線内無差別殺傷事件〉。
突然男は刃物を振り回し、妊婦を切りつけ、助けに入った老人を刺殺した。
時は過ぎ、事件に偶然居合わせてしまった人々には、日常が戻ってくるはずだった――。
会社員の和宏は、一目散にその場から逃げ出したことをSNSで非難されて以来、日々正体不明の音に悩まされ始め……(「音」)。
切りつけられた妊婦の千穂は、幸いにも軽傷で済んだが、急に「霊が見える」と言い出して……(「水の香」)。
事件発生直前の行動を後悔する女子高生の響が、新たな一歩を踏み出すために決意したこととは(「扉」)。
人生に諦念を抱える老人が、暴れる犯人から妊婦を守ろうとした本当の理由とは(「壁の男」)。
ほか、全6編。
大注目の『このミス』大賞&推理作家協会賞作家が贈る、事件が終わって始まった、少し不思議でかなり切ない❝その後❞を描く連作短編集。
プロフィール
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降田 天 (ふるた・てん)
執筆担当の鮎川颯(あゆかわ・そう)とプロット担当の萩野瑛(はぎの・えい)による作家ユニット。少女小説作家として活躍後、2014年に「女王はかえらない」で第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、降田天名義でのデビューを果たす。18年、「偽りの春」で第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。他の著書に、「偽りの春」が収録された『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』、『彼女はもどらない』、『すみれ屋敷の罪人』、『ネメシスⅣ』、『朝と夕の犯罪』、『さんず』などがある。
インタビュー
書評
事件に巻き込まれた人々の壊れた世界
千街晶之
降田天の連作短篇集『事件は終わった』を読み進めるうちに、私はいつしか恐怖に包まれていた。著者の小説を上手いと感心したことはあっても、こんなに怖いと感じたのは初めてのことだ。
題名通り、事件自体はプロローグの時点で終わっている。地下鉄の車内で男がいきなり刃物で妊婦に切りつけ、それを止めようとした老人を刺殺した――という出来事だが、本書では男の動機や背景はどうでも良く、現場から逃げ出したことをSNSで非難された男性、切りつけられた妊婦、巻き込まれて足を骨折した高校生……等々、事件に偶然関わってしまった人々のその後が描かれている。
恐怖を感じたというのは、ひとつにはもちろん、同じ地下鉄の車両に乗り合わせたり近くにいたりという、ただそれだけの人々が事件のせいでPTSD(心的外傷後ストレス障害)や理不尽な罪悪感に苦しまなければならない不条理に対してだが、それ以上に、彼らの異様な心象風景が極めてリアルに迫ってきたからだ。
ある人物は他人に聞こえない音を聞くようになり、ある人物は霊の存在を信じはじめる。そんな彼らの視点を通して世界を眺めるうちに、読者にとっても現実と幻想、主観と客観の境はどんどん曖昧になり、彼らの恐怖と罪悪感にシンクロしてしまうのだ。本書における謎解きとは、彼らの壊れてしまった世界を修復する作業に他ならない。たとえ、解決自体が非合理的な場合があろうとも。
登場人物の中に、決して物語の視点を担えない者がひとりいる。冒頭で死んでしまった人物――つまり、妊婦をかばって刺殺された老人、向井正道だ。本書では、生前の彼と一期一会の遭遇をした人々の思いも描かれる。英雄のように報道された老人は、本当はどんな人間だったのか。視点が変われば捉え方も当然異なってくるけれども、それぞれに答えを出すことで、彼らは闇から抜け出し、前に向かって歩んでいけるのである。
せんがい・あきゆき●ミステリ評論家
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