内容紹介
ヤスフェが見る空はいつも暗かった。
イエズス会の巡察師・ヴァリニャーノ付きの奴隷として来日したヤスフェは己を殺し、身を小さくして生きていた。織田信長に弥助という名とともに召し抱えられ、奴隷から小姓となっても。周囲の嫉妬や好奇の視線にさらされ、孤独は癒されることはない。それどころか、弥助は、狂気ともいえる行動を続ける主君へ、恐怖と疑念しか抱くことができなかった。
だが、森乱丸が止めるのも聞かずに、まっすぐに疑問をぶつけるうちに、信長の本質、胸中にある苦悩を知る。生まれて初めて芽生えたのは、「仕える気持ち」――それは奴隷時代に感じていた服従ではない。少しずつ人間としての心を取り戻し、信長に共感すら覚えるようになったのだ。信長もまた、彼の純真さに打たれ、本心を明かすようになる。
弥助は、日本の空がどこまでも青く美しく感じた。
「ウエサマ、いっしょに世界を見ましょう」
プロフィール
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吉川 永青 (よしかわ・ながはる)
1968年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞、22年『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』で第11回日本歴史時代作家協会賞(作品賞)を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『ぜにざむらい』『乱世を看取った男 山名豊国』『家康が最も恐れた男たち』『戦国・江戸 ポンコツ列伝』など。
書評
織田信長に仕えた黒人が知った、天下人の真実。
細谷正充
戦国時代、織田信長に仕えた弥助という黒人がいた。本書は、その弥助の日本での日々を描いた歴史小説である。
アフリカ出身のヤスフェは、イエズス会のヴァリニャーノ神父の奴隷として、日本にやってきた。神父の日本巡察が終われば、奴隷身分から解放するという契約で買われたのだ。しかし織田信長に興味を持たれたことから、進物として差し出される。なぜか信長に気に入られ、弥助と名付けられた彼は、小姓に取り立てられた。弥助を忌み嫌う小姓の森乱丸から仕事を学び、戸惑いや悩みを抱えながら、一生懸命に生きていく。
奴隷の身分から解放されたものの、日本という異国は分からないことだらけ。しかも信長と、小間使いの少年を除けば、周囲の人々から隔意を抱かれている。さらに普段は優しいが、規則を破った者を処刑したり、戦で敵を大量に殺す信長に、不安や恐れを感じたりする。思いもかけない運命に翻弄されながら、自分の生き方を見出していく、主人公の姿が大きな読みどころだ。
一方、弥助の視点で捉えた信長像も見逃せない。弥助が自分と似ているという信長の真意はどこにあるのか。信長を見つめ続けていた弥助は、天下人が抱える理想と現実のギャップを知り、ついにひとつの結論に至る。なるほど、この結論のために、弥助が主人公に選ばれたのかと、作者の企みに感心した。さらに明智光秀が謀反に至る流れにも、独自の工夫があった。
また、最初は弥助を嫌っている乱丸も、重要な存在だ。黒人であることや、信長に気に入られていることへの嫉妬心で、弥助に強く当たっていた乱丸。しかし常に一生懸命な彼の姿勢を見て、しだいに認めるようになっていく。人種差別や、意外な角度から語られる男女平等論など、現代と通じ合う問題も、しっかり書かれているのだ。複数の要素を盛り込みながら、ゲームやコミック等の影響によって、今やYASUKEの名で世界的に有名な人物を、鮮やかに表現した快作なのである。
「青春と読書」2026年6月号転載
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