内容紹介
米十俵のために握った薙刀で、家族を守るため、戦う覚悟を決める娘。
「死に損ない」と罵られ、次こそ死のうと、敵軍を斬りつづける武士。
「女らしさ」の呪縛に悩みながら、女武者組の指揮を執る別所家の妻。
混迷と理不尽を生きる現代の「私たち」ときっと繋がる、
440年前のもろびと――名もなき「私たち」――を描く。
プロフィール
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天野 純希 (あまの・すみき)
1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年、『桃山ビート・トライブ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年に『破天の剣』で中山義秀文学賞、2019年に『雑賀のいくさ娘』で日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。他の著作に、『青嵐の譜』『覇道の槍』『蝮の孫』『信長嫌い』『有楽斎の戦』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』など多数。
刊行記念エッセイ
「『数字たち』の物語」
前々から思っていたのですが、僕はどうも「合戦」にロマンを求めることにある種の抵抗を覚えてしまうようです。
例えば戊辰戦争や日露戦争、第二次世界大戦、あるいはイラク戦争などには悲惨なイメージがつきまといますが、一の谷の戦いや関ヶ原合戦では、ロマンや勇壮さ、敢えて言うと、「かっこよさ」ばかりが語られているように感じます。
もちろん、死傷者の数や社会に与えた影響などに大きな違いはありますが、武器を持った軍隊同士が戦闘を行うという本質に変わりはないはずです。
実際、戦国時代の合戦では敵領内での略奪、焼き討ちや、女性や子供を捕らえ、奴隷として売買することが公然と行われていました。そしてそれを行う兵士の大半は、領内から動員された百姓たちです。彼らにとって戦場は恰好の稼ぎ場であり、戦国大名たちにとっても、合戦は自領民を食べさせるための経済活動という一面がありました。
また、非戦闘員の虐殺も頻繁に起きていました。比叡山や伊勢長島の焼き討ちといった有名どころの他にも、伊達政宗の小手森城攻めや大坂夏の陣と、枚挙に遑が無いほどです。そして犠牲となった幾多の人々は「死者何千人、何万人」と記されるだけ。そこにあったはずのそれぞれの人生は、ただの「数字」としてカウントされます。
「かっこいいもの」とされる英雄・豪傑譚や華々しい合戦絵巻、もしくは「ビジネスパーソンが参考にすべき偉人たちの物語」の裏側には必ず、こうした数多くの名も無き犠牲者がいました。
小説を書く上で、僕はそのことを忘れずにいたいと思っています。
『もろびとの空 三木城合戦記』の舞台となるのは、「三木の干殺し」として知られる三木城の戦いです。
事の発端は、東播磨を治める大名・別所長治が織田信長から離反したことでした。別所家は近隣の領民も城内に収容し、織田軍に徹底抗戦の構えを取ります。
力攻めでの攻略は難しいと見た織田軍の羽柴秀吉は、城を厳重に包囲し、兵糧攻めを行いました。反撃に失敗し食糧が尽きた三木城内では、多くの人々が飢え、牛や馬、藁や木の根、さらには死者の肉まで口にしたといいます。
歴史好きの方々にとっては説明されるまでもない、有名な戦いでしょう。しかし三木城の戦いが語られるのは多くの場合、織田信長による天下布武、豊臣秀吉の出世物語の一過程、あるいは戦国時代における「悲惨なエピソード」の一つとしてでした。
そこでは、城内で飢えて死んだ人々、生きるためにやむなく死者の肉を口にした人々はあくまで、「戦の被害を受けた気の毒な人たち」としてひとくくりにされ、あたかも書き割りのようにしか描かれません。
歴史というのはそういうものだと言えば、それまででしょう。しかし当然のことながら、ただの「数字」でしかない彼、彼女らにも家族や恋人がいて、それぞれの人生がありました。
ならば小説で、この名も無い人々を描くことができないだろうか。その思いから、『もろびとの空』の執筆はスタートしました。
七千もの人が籠もる三木城には、善人も悪人も、強い者も弱い者もいたことでしょう。
身近な誰かを守るために武器を執る者。目も耳も塞ぎ、考えることをやめた者。「男らしさ」「女らしさ」の呪縛に苦しむ者。己の失敗をひた隠し、敗北を認めず、下の者に理不尽を強いる者。そしてその理不尽に声を上げ、抗う者。そんな人々が、この小説には登場します。
歴史の大きな流れの中では、三木城の戦いが持つ意味はそれほど大きくはないかもしれません。しかしその中には、血の通った生身の人間が数多くいた。そしてそれは、いたるところ理不尽だらけな今の世界を生きる、僕を含めた「普通の人々」にとって、決して他人事ではない。
この物語を読み終えた後、そのことにほんの少しでも思いを馳せていただければ、作者冥利に尽きるというものです。
(「青春と読書」2021年2月号より)
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