プロフィール
-
ユーディト・W・タシュラー (Judith W. Taschler)
1970年、オーストリアのリンツに生まれ、同ミュールフィアテルで育つ。外国での滞在やいくつかの職を経て大学に進学、ドイツ語圏文学と歴史を専攻する。国語教師として働き、2011年『Sommer wie Winter(夏も冬も)』で小説家デビュー。現在は専業作家として家族とインスブルックに在住している。2013年に発表された『国語教師』が2014年度のフリードリヒ・グラウザー賞長編賞を受賞。その後も精力的に執筆を続けており、最新作『誕生日パーティー』は邦訳2作目にあたる。
-
浅井 晶子 (あさい・しょうこ)
ドイツ語圏文学翻訳者。1973年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位認定退学。2003年トーマス・ブルスィヒ『太陽通り ゾンネンアレー』でマックス・ダウテンダイ翻訳賞、2021年ジェニー・エルペンベック『行く、行った、行ってしまった』で日本翻訳家協会賞〈翻訳特別賞〉受賞。訳書にイリヤ・トロヤノフ『世界収集家』、トーマス・マン『トニオ・クレーガー』、エマヌエル・ベルクマン『トリック』、ローベルト・ゼーターラー『ある一生』、ユーディト・W・タシュラー『国語教師』『誕生日パーティー』、ユーリ・ツェー『メトーデ 健康監視国家』ほか多数。
2021年からポルトガルの限界集落S村に暮らしている。
訳者あとがきより(抜粋)
物語は、オーストリアの小学生ヨナスが、父の50歳の誕生日を祝うパーティーに、サプライズゲストとして両親の幼馴染テヴィを招待するところから始まる。
ただの幼馴染ではない。ヨナスの父キムはカンボジア出身で、少年のころポル・ポト政権の大虐殺を生き延びた経験の持ち主だ。政権最末期、ジャングルを抜けてタイを目指したキムは、瀕死の少女を背負っていた。それがテヴィだ。ふたりはその後、難民として一緒にオーストリアへ来て、田舎の家庭に引き取られた。やがてテヴィは家を離れ、フランスの伯母のもとで暮らすようになる。オーストリアに残ったキムは、後に受け入れ家庭の娘イネスと結婚し、ヨナスを含めて3人の子供が生まれた。
キムは家族に対して、カンボジアでの子供時代をなにも語ってこなかった。テヴィについても、子供たちはほとんど知らない。だが末っ子のヨナスは、いまは音信不通になっているものの、テヴィは両親にとって家族同然のはずだと考え、再会をお膳立てしてやろうと思いついたのだった。
キムの誕生日の当日、子供たちに伴われて、テヴィがキムとイネス夫妻の前に現れる。現在はアメリカに暮らすテヴィは、富裕な都会人であることが一目でわかる洗練された女性だった。ところが、子供たちの期待どおりの驚きと喜びはなく、両親とも戸惑いをあらわにする。しかもテヴィは唐突に、今日はキムの本当の誕生日ではないと言い出す─―
本書『誕生日パーティー』は、2019年に刊行されたユーディト・W・タシュラーの最新作だ。2019年に日本に紹介され、大きな反響を得た『国語教師』同様、時代も舞台もばらばらの場面が、次々に入れ替わる。キムの50歳の誕生日パーティーが催される週末。キムの妻イネスの子供時代。イネスの母モニカの日記。そして圧巻なのが、70年代のカンボジアを舞台にした場面だ。向学心に溢れた貧しい漁師の息子が、貧富の差のない理想の社会を夢見てクメール・ルージュの一員となり、やがて残虐な行為に手を染めざるを得なくなっていく過程が、息詰まる筆致で描かれる。
全編を通して、ミステリらしい事件が起きるわけでもないのに、なにかがおかしい、なにかこちらの知らないことがある、という感覚を抱かせて、読者をぐいぐい引っ張っていくタシュラー得意のストーリーテリングは、本書でも健在だ。キムとテヴィは互いの過去をどこまで知っているのか。テヴィはキムに対してどんな感情を抱いているのか。命がけでともにジャングルを抜け、兄妹だと偽って一緒にオーストリアへ来るほどの固い絆がありながら、なぜ大人になったふたりは何年も音信不通だったのか─小さな違和感から大きな疑問まで、パズルのピースが足りない、というもどかしさが募り、読者は次から次へとページをめくることになる。パズルの全景が一気に目の前に現れる瞬間には、上質なミステリの謎解きを読むようなカタルシスがある。
とはいえ、吸引力のある構成にばかり目が行きがちだが、作家タシュラーの真骨頂は、丁寧に描かれる人間ドラマにこそある。カンボジアからの難民であるキムとテヴィを里子として受け入れたのは、オーストリアの田舎に暮らす、祖母、母、娘の三世代母子家庭だった。家族それぞれの人生と、彼らを互いに縛りつけ、傷つけ合うことになった軋轢(あつれき)や誤解、それでも切れない家族の絆。本書はなによりもまず家族の物語だ。
【中略】
本書のクメール・ルージュ時代の描写は、そのあまりの凄惨さに、ときに読むのがつらくなるほどだが、決して歴史的事実の説明や残酷な出来事の羅列では終わっていない。どんな時代を背景にしようと、タシュラーが描き出すのは人間の葛藤であり、人と人との軋轢、愛情と信頼だ。正義感に溢れた純粋な人間が、その正義感ゆえに悪へと引きずり込まれていく過程。自分が生き延びるため、なにより家族を守るために、他者を犠牲にせざるを得ないことの葛藤。時代と運命に翻弄(ほんろう)される人間の苦悩と悲劇に、読者は圧倒されることだろう。
【以下略】
浅井晶子
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2026年02月19日
インタビュー・対談2026年02月19日奥泉光×更地郊「他人に合わせるなんてことはできない。自分が読んで面白いと思うものを書く」
選考会で評価が真っ二つに割れた、すばる文学賞受賞作の著者の更地郊さんと選考委員の奥泉光さん。新人と大先輩の初対談が実現した。
-
インタビュー・対談2026年02月17日
インタビュー・対談2026年02月17日北方謙三×美村里江(俳優)「海が紡ぐ物語」
『チンギス紀』の文庫解説でも北方作品について熱く語ってくださった俳優・美村里江さんが読み解く『森羅記』の魅力とは――?
-
インタビュー・対談2026年02月17日
インタビュー・対談2026年02月17日連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」 北方謙三×織田裕二(俳優)「小説と映像、唯一無二の表現」
待望のドラマ化を記念して、原作者・北方謙三さんと主演・織田裕二さんに小説と映像、表現者としての醍醐味を語り合っていただきました。
-
お知らせ2026年02月17日
お知らせ2026年02月17日小説すばる3月号、好評発売中です!
平石さなぎさんの読切や村山由佳さんの新連載など小すば新人賞出身作家の作品が目白押し。北方謙三さんと織田裕二さん、美村里江さんとの対談2本も。
-
連載2026年02月16日
連載2026年02月16日【ネガティブ読書案内】
第51回 古賀及子さん
ふられた時
-
インタビュー・対談2026年02月06日
インタビュー・対談2026年02月06日ピンク地底人3号×鳥山まこと「言葉と物語が立ち上がるまで」
選考委員も「好対照」と評した作品で第47回野間文芸新人賞を同時受賞したお二人。贈賞式から間もない高揚感のままに、語り合っていただきました。