【書評】評者:大矢博子(書評家)

16年ぶりの再会に隠されたもの

 作家のクサヴァー・ザントが創作ワークショップの講師として派遣されることになったギムナジウム。なんとそこで彼の担当窓口になった教師は、20代から30代にかけて16年間もつきあった元恋人のマティルダだった。

 別離からもすでに16年が経ち、ふたりとも54歳になっている。クサヴァーは懐かしさからメールに思い出を書き連ね、「なんて偶然だ!!」「元気でやってる?」「結婚はしてる?」と問いかけるものの、マティルダの返事はそっけない。なぜなら16年前、クサヴァーはふたりで暮らしていた部屋から突然出て行ってしまい、それっきり。彼との結婚を夢見ていたマティルダは、捨てられたことにおおいに傷ついたのである。

 昔の話さ、と能天気なクサヴァーに、チクチクと冷たく返すマティルダ。このメールのやりとりが序盤から実に不穏でわくわくさせてくれる。さてこのふたりが再会してどうなるか、というところなのだが、まず目を引くのは構成だ。

 この物語の構成は独特で、「再会前のメールのやりとり」「脚本形式での再会時の会話」「ふたりの過去」「ふたりが互いに語ってきかせる創作物語」という四つのパートで主に成り立っている。それがばらばらの時系列で組み合わされ、え、その続きどうなったの、とじりじりすることこの上ない。しかも話が進むにつれて過去の衝撃的な事件が明かされ、場面が突然、警察署の取調室になったりするのである。何だこれは!

 だがそれらのパーツがひとつの形を取り始めたとき、読者の前に現れる様相は圧巻の一言。過去の事件の真相というミステリ的興味もさることながら、誰しも抱いたことのある「もしあのとき別の道を選んでいれば」という後悔と、それに向き合う人間の強さと弱さの両方が見事に描かれているのだ。
 独特な構成も凝った技巧もすべて、愛すること、裁くこと、受け入れることの意味へと収斂する。静かな余韻がいつまでも残る一冊である。

大矢博子(おおや・ひろこ)●書評家

(『青春と読書』6月号より転載)

担当編集より

本書によれば、ひとの人生には、それぞれのモティーフが存在するそうです。国語教師マティルダのモティーフは『意欲』、人気作家クサヴァーのモティーフは『虚栄』。ふたりを結びつけたのは、彼らの2番目の共通モティーフ、『憂鬱』です。

本書はドイツ推理作家協会賞(フリードリヒ・グラウザー賞)を受賞した、オーストリアの文芸ミステリーです。大学生時代からの光輝く16年間を共に過ごし、別れ、50代半ばで再会した元恋人たち。文学を愛した彼らは、かつてのように、即興で物語をつくって披露し合います。クサヴァーは、自らの祖父を主人公にした、人生の選択の物語を。マティルダは、「私」が若い「彼」を軟禁する恐怖の物語を。しかしクサヴァーは途中で気づくのです。マティルダの物語に登場する「彼」がいったい誰なのかということを…。

ミステリーの枠にとどまらない、人間のきらめきと失意、そして愛を描いた文芸作品です。『憂鬱』を背負ってしまった彼らの人生に思いを馳せつつ、皆さんのご自身のモティーフについても、ぜひ考えてみてください。

(K・S)