
内容紹介
シンガポールのカジノで元Jリーガーの稲田は全財産を失い、失意のどん底にいた。一部始終を見ていた大物地面師・ハリソン山中は、IR誘致を見込んだ苫小牧の不動産詐欺メンバーの一員として稲田に仕事を依頼する。日本に戻り、稲田はディベロッパーの宏彰、支援者の菅原と共に準備に入るが、予定していたプランが突然白紙となる。一方、警視庁捜査二課のサクラは、ある不動産詐欺の捜査過程で地面師一味の関与を疑い、捜査を続けていくうち、逃亡中のハリソン山中が趣味の狩猟で頻繁に北海道を訪れていたとの情報を摑むが――。
前作『地面師たち』がNetflixにてドラマ化! 2024年7月25日(木)より世界独占配信スタート。
プロフィール
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新庄 耕 (しんじょう・こう)
1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。2012年「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞を受賞。著書に『狭小邸宅』『ニューカルマ』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』などがある。
鼎談
綾野 剛(俳優)×豊川悦司(俳優)×新庄 耕(原作者)「失われた光、彷徨える肉体」
インタビュー
新庄 耕「釧路がシンガポールになる、というあり得なさで「いける!」と」
対談
書評
錯覚と狂気のゲーム
麻布競馬場
爽やかな冒険小説だ。青春小説とも言えるかもしれない。転落した若い男が、失われた人生を丸ごと取り返すための「賭け」に挑む話だ。ひょうきんなバディや冷静沈着な師匠、謎多き美女もそこに加わる。彼らは賭けに勝つために軽々と国境を飛び越え、作戦を立てては成功させ、時には軽妙なジョークを交わしながら各地の名物に舌鼓を打ち、そして国家権力(そのうえ猛獣までも!)と手に汗握る追いかけっこを展開し……。そんな、いかにもワクワクするような冒険と青春に問題があるとすれば、彼らの正体が「地面師」なる詐欺師集団であり、彼らが心を燃やす「賭け」の正体が約200億円を奪い取る超大型詐欺であるという点だろう。
五反田の土地をめぐって大手住宅メーカーが55億円あまりを騙し取られた2017年の事件を覚えているだろうか。土地の所有者になりすまし、何ら権利を有しない土地の売買取引を堂々と行う「地面師」たちによる劇場型犯罪はテレビや新聞でも大きく報じられたし、その事件を下敷きにした新庄耕さんの小説『地面師たち』もまた大きな反響を呼んだ。同作においては、世間の耳目を集めた事件の経緯や地面師たちの鮮やかな手口が淡々と紹介されるだけではなく、共通の目標を達成するためにあれこれ試行錯誤したり、トラブルにぶち当たって頭を抱えたり、汗で背中をじっとり濡らしながら売買の現場で演者として立ち回ったり……と、冷静で冷酷な犯罪者集団というイメージを覆すような、顔を背けたくほどの人間臭さを全身から発する人間たちが作品の中心に立っていた。あらゆる犯罪は人間が生み出すものであり、あらゆる人間は過去と経緯を隠し持っている。彼らはなぜ地面師になり、何を思いながら取り返しのつかない破滅に向かっていったのか――。ニュースでは描かれることのない事件の裏側というか、小説を読むことでしか覗くことのできない人間の深淵が、同作には余すことなく描かれている。
その続編にあたる『地面師たち ファイナル・ベッツ』は、前作の魂を正統に引き継いだ作品だ。冒頭で「冒険小説」「青春小説」などと紹介したが、それは意外な一面を無理やり引っ張り出してきたものではなく、同作を読み終えた後に湧き上がってきた、まったく素直な感想だった。前作に引き続き登場する黒幕・ハリソン山中が率いる新たな地面師集団は、北海道そしてシンガポールを飛び回り、前作よりもはるかにスケールの大きい地面師詐欺に挑む。彼らが狙うのはIRに沸く苫小牧の土地で、動く金は前作の倍にあたる200億円だ。
もちろん、ただ事件のスケールが大きくなったという話ではない。北海道という広大で特殊な舞台を活かした驚くべき手数と展開の多さ、そしてそこから生まれる動物的興奮は前作以上、おそらく新庄作品史上でも最高の爆発っぷりで、単なるクライムノベルにとどまらず、つい冒険小説とでも称したくなるような究極のエンタメ作品に仕上がっている。
また、前作の主人公・拓海が抑制的な性格であったのに比べると、今作の主人公である元Jリーガーの稲田は陽気とすら言える性格で、壮絶な物語の中にいながらもどこか飄々としている。バディ役の宏彰とのフランクな掛け合いもあって、油断すると自分がいま読んでいるものが実はクライムノベルなんかではなく、文化祭の出し物でも準備している男子高校生たちの青春小説であるかのように錯覚する瞬間が何度もあった。言われてみれば、地面師たちはチームでひとつのゴールを共有し、そこに向けて苦労しながら少しずつ準備を進めてゆき、遂には取引現場での大立ち回りという山場を迎えるのだから、それは青春小説の類型に不思議と収まりうるのかもしれない。
もちろん、それは紛れもなく錯覚だ。彼らは男子高校生ではなく詐欺犯罪者だし、彼らのリーダーであるハリソン山中の残虐性はもはや「異常」という言葉では説明できない域に達しており、グループの仲間だろうが警察関係者だろうが、不用意に近づいた人間たちは次々と彼の策略に絡めとられ、面白いほど簡単に不幸な結末へと転がり落ちてゆく。
今作のターゲットであり、父への引け目を感じながらリゾート開発の仕事に取り組む日本かぶれの男・ケビンもまたハリソン山中が思い描いたとおりに墜ちてゆくが、彼の根っからの善良さ、あるいは神聖なまでの純真さは、むしろ物語を埋め尽くす悪意をより一層際立たせるのみで、決して彼を救うことはない。
前作にもあったように、持たざる弱者から搾取することで、持てる強者はますます強者となってゆく。ひとたび転落した人間がふたたび幸せを手にしようとしたとき、残された道は悪意によって誰かを躓かせることだけなのかもしれない。だとすれば、彼らの悪意はとてつもなく切実な悪意だ。そんな悪意はきっと、普段のうのうと暮らしている僕たちには想像すらできない、ギラギラとした、しかし歪な美しさを孕んだ光を発するだろう。
強者に返り咲かんとする弱者と、弱さを隠し持つ強者がテーブルにつき、それぞれに残された人生を丸ごと賭け金にベットする。プレイヤーたちは、運、ツキ、流れ、運命、神、ありとあらゆる見えざるものに等しく振り回される。敗者は金や命をあっけなく失い、最後まで生き残った者がそれらを総取りする。今作の読者は間違いなく幸運だ。二度とは見られないであろう狂気的なゲームを、一番の特等席から眺めることができるのだから。
「小説すばる」2024年8月号転載
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