対談

椎名誠×高田晃太郎

 椎名 誠×高田晃太郎「自由に人は生きられる」

書評

人間だけではない世界の冒険旅行

前川仁之

 椎名さんのSF世界は「生態系への意志」とでも呼ぶべき生命観につらぬかれているように思う。そこでは人間と、機械人間系の方々と、その他の生物と、ざっと三種類の存在たちが活躍する。半世紀に及ぶ作家生活の果てに産まれた本作もそうで、現実社会がAIとそれに合わせた人間中心ののっぺりした生態系へと囲い込まれてゆくかのごとき今日、この生命観はそれだけで貴重な倫理ではないか。
 本書は連作短編集で、第二話「天竺屋奇譚」からの五作は、『武装島田倉庫』で初登場した古株アンチヒーロー・“灰汁”(人名です)の逃避行が主軸をなしている。つまり先行作品群とつながっているのだが、未読でもなんの問題もなく楽しめることうけあいだ。
 なにしろ第一話「逢海人のテーブルダンス」が導入部として完璧な作品なのだ。僻地紀行のふんいきで幕をあける本作は、椎名SFが初めてという人にとって、いわばオリエンテーションの役割を果たす。“産子工学的に作られた人間”であるイグノイドやNR=ノウ・リアルのヒトビト。飢えた赤犬。そして小さな人間“逢海人”。これらの存在たちの間でなされるコミュニケーションが時に笑いを、時に叙情を、時にこの世界への鳥瞰的メタ認知をもたらす。うつくしい短編だ。
“灰汁”と機械人間“ガギ”変則バディものである「ニンゲン証拠博物館」(第五話)では、三人称一元から一+α元まで拡張されたような視点の移ろいが、“人間率”というテーマに呼応してスリリングな効果をあげている。〈おれと旅をしている間にお前は知らず知らずのうちに相当あちこち人間化している筈なんだ〉と、こんな言葉のとびかう小説はおもしろいに決まっているのである。
 さらに、あとがきでは旅行家・椎名誠が登場し、その小説世界のリアリティのヒントを教えてくれるのだ。そこまで読み終えた人はきっと、もうしばらくは人間率を一〇〇%近くたもって生きてみよう、と元気づけられていることだろう。

まえかわ・さねゆき●ノンフィクション作家

「青春と読書」2026年3月号転載