北方謙三さんの『チンギス紀』は今月刊行の『陽炎かげろう』で十三巻を数え、いよいよ佳境に入ってきた。『塞王さいおうたて』で第一六六回直木賞を受賞された今村翔吾さんがデビューするきっかけは、「九州さが大衆文学賞」大賞の授賞式(二〇一六年)での、選考委員の北方謙三さんのひと言だったという。
受賞作「狐の城」を読んだ北方さんは、今村さんに是非会ってみたいと授賞式に駆けつけ、同席していた祥伝社の編集者に「この人は長編が書ける。騙されたつもりで書かせてみるといい」と助言。そこで生まれたのが、デビュー作の『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(祥伝社文庫、二〇一七年)だ。直木賞受賞後初めてのお二人の対談は、そのときの思い出から始まった。
構成=増子信一/撮影=島袋智子

どこかで作家は目をつむって書かなければいけなくなる

今村 節目節目に、北方先生が対談を受けてくださって感謝しています。初めてお目にかかったのは一六年三月の「九州さが大衆文学賞」の授賞式ですから、六年前ですね。

北方 あのとき会って、ちゃんと話しておいて、よかったよなあ。

今村 ほんま、そうなんですよ。あのときは緊張していてとても訊けなかったので、今日初めて伺うんですけど、北方先生は、祥伝社の編集者に長編を書かせてみるといいとおっしゃってくださったわけですが、なんでそう思われたんですか。受賞作の「狐の城」は短編で、しかもへたくそでしたから……。

北方 小説の言葉の選び方には、短編の言葉の選び方と長編の言葉の選び方とがあって、あれを読んで、明確に長編の言葉の選び方だと思った。そういう言葉を選んでいけば、必ず長編が書けるだろうし、この人の資質は長編にあるなと思ったんだよ。

今村 北方先生、あのときおどしてきたんですよね。「作家を本気で目指すならば、一作に半年も掛けていてはいけない。三ヶ月ほどで書きあげないと。できるか?」って(笑)。

北方 そしたら、「ひと月で充分です」って答えてさ。

今村 それでほんとにその一ヶ月で書き上げたのがデビュー作になった文庫書き下ろしなんです。正直、家帰ってから余計なこといったなあと後悔したんですけど、一ヶ月、ほんと、死ぬ気で書きました。

北方 そういうのがかてになるんだよ。いま、どのくらい書いてるの?

今村 原稿用紙、月に五百枚くらいです。

北方 五百か。それ、年齢的にはあと十年続けられるよ。俺がそうだった。月に五百枚書いて、それで単行本一冊。「月刊北方」って感じで書いてたんだけど、そんなときに三ヶ月も海外旅行に行ったりもした。人間のエネルギーって不思議でね、時間がたっぷりあると旅なんか行かないんだけど、時間がないとなんとかして行こうとする。だから締め切りを前倒しして、十二ヶ月分の原稿を九ヶ月で書いたりもした。

今村 それはおいくつくらいのときですか?

北方 四十代かな。

今村 いま振り返ってみて、その時期って必要でしたか?

北方 わからない。そういうときって、人間の生命力が横溢おういつしてるんだよ。そうすると時間がないのに何でもやっちゃう。

今村 『小説現代』(二〇二〇年四月号)の対談のときだったと思いますが、北方先生が「どこかで作家は目をつむって書かなければいけなくなる」っておっしゃってましたよね。迷いながらでも書き続けなくてはならないという意味だとぼくは解釈しました。

北方 特に賞をとったりして仕事の依頼が急に増えてくると、忙しくて目をつむらないと書けなくなる時期が出てくる。もちろん、目をつむっていても自分の頭の中ではきちんと書いていて、そこには覚悟のようなものもあるんだけどね。ところが、そういう時期になぜかみんな傑作を書こうとする。傑作なんて、書こうと思って書けるものじゃなくて、無数に書いてるうちに生まれてくるものだろう。
 だから若手の作家は、ある時期になったら目をつむらないといけない。傑作を書こうとする瞬間に手が動かなくなって書けなくなってしまう。なんで書かないんだって訊くと、自分が納得できるものが書けませんって。自分が納得する、しないじゃなくて、読者が納得すりゃいいんだよっていうんだけどね。

今村 ぼくも、自分でめっちゃいいと思って書いたものでも反応が悪かったり、いまいちやなと思っても、すごく反応がよかったりというのがよくあります。自分の中でのこだわりと読者の見方とは違うのかもしれない。

北方 全然違いますよ。しかも、読者にこう読んでくれとはいえない。読者は読者でそれぞれ勝手に読む。だから、読者がどう読むかなんてのを作家はいちいち考えずに、とりあえず面白いものを書けばいい。その面白さの中に深いものを感じとってくれる読者もいるし、ただ面白がる読者もいる。

今村 確かに、ぼく自身あんまり意識せずに書いたところでも、読者がそこから意味を拾い上げて、読者の中で勝手に作品が染まっていく瞬間を感じたことが何回かあります。

北方 長いものを書いていくと、意図しないところで「書けちゃった」というときがある。たとえば『塞王の楯』の中で、きょうごくたかつぐが最後の決断を下すときに思わず微笑ほほえむ瞬間とか、ああいうのは、書こうと思ったんじゃなくて、書けちゃったんだろうと思う。書けてしまっているのがいっぱいあるのが、いい作品なんだよ。

今村 確かに、あそこ、特に何も考えてなかったかもしれないですね。

北方 京極高次は、あの作品の中でもっとも魅力的な人のひとりだよ。書こうと意図して書いたんじゃなくて、自然の流れで書けたからこそ、魅力的になっている。あんな風に人を魅力的に書けるってのは素晴らしいことだと思うよ。

今村 ほんまですか? うれしいです。

対談北方謙三

今村翔吾はすでに一つの塔になっている

今村 でも、なんだかヘンな感じですね。中学校のときに、柴錬賞をとられた『破軍の星』を初めて読んで、めちゃくちゃおもろいと思って、それ以後「太平記」シリーズを全部読みあさって、そこから、「おー、水滸伝、やるんやあ」みたいな感じで、ずっと北方先生の作品を読み続けてきたわけですから、その先生とこうして面と向かって話しているのがいまだにとても不思議な感じです。

北方 いやいや、もう商売がたきどころか、君は俺より上に行っちゃってるじゃないか。

今村 そんなことないですよ!!

北方 だって、現在的な意味では、今村翔吾ってのはすでに一つの塔になっている。まあ、それがどこまで続くかはわからないよ。俺はここまで続けてきたけど、あなたがどこまで続くかはわからない。それに砂上の楼閣って言葉もあるけどね。

今村 えー、「塔になっている」ってところで、一回切っといてくださいよ(笑)。だけど、ほんとに続くってことが大切なんだろうと思うし、どこまでやれるかっていうか、やらないかんのかなって。

北方 俺もあなたも書くことが好きなんだよ。一枚一枚書くのは苦しいよ。だけど全体的に見ると、書いてること、書けてること自体が喜びなんだ。だいたい、好きなことを商売にしてお金もいただけるってのは、とってもいいことですよ。

今村 そうなんです。日々の中では、あと一枚、二枚書かないかんっていうのが、キツイときもある。ただ、じゃあ書くことやめてるんかっていったら、やめてない。酔っぱらっても一枚でも一行でも書けっていう北方先生の教えがあるから。

北方 そんなこといった?

今村 いいましたよ! 北方先生が、一日でも書かんかったら三日後退するとおっしゃってたから、それを肝に銘じて、めっちゃしんどくても書きますよ、ちょっとでも。

北方 それをやるかやらないかが、どのくらい大事かはわからない。現実問題としては、やらなくてもいいかもしれない。だけど、やらなければ不安になる。

今村 ぼくも不安があります。先に図らずも砂上の楼閣っておっしゃいましたが、仮にいま自分が一つの塔になっていたとして、この先何年も雨風にさらされても保つものなのかそうじゃないのか、自分自身もいまひとつわかってない。それは、あるところまで行かないとたぶんわからないだろうし、その不安があるからこそ書き続けていくことで、その塔が強くなっていくのだろうと……。

対談今村翔吾

小説は、心が動いてダイナミックになる

今村 先ほど、意図しすぎたらダメで「書けてしまった」ってのが一番いいんだとおっしゃいましたが、その感覚はいまもありますか?

北方 ある。『大水滸伝』という長いシリーズをどうやって終わらせていいかわからなかったんだけど、『岳飛伝』の最後の巻のラストで、そばに来たこうしんに「なにが見えますか?」って訊かれたしんが、「さいが」っていった瞬間に、「ああ終わった」と思った。あれもまさに書けてしまった台詞だね。

今村 デビュー五年で、まだシリーズを一つも終わらせたことがないんですけど、ぼくもそんな感じでシリーズを終わらせたいですね。

北方 俺だって、「ブラディ・ドール」シリーズでシリーズものを書き始めて、終えるのに十年かかった。まあ、そのほかに相当な量を書いてたけど、あのシリーズは年に一冊ずつ書いていたからね。

今村 シリーズものの終わりって、一つの作品を終わらすのと、ちょっとちゃうんですよね。北方先生の「太平記」シリーズにもいろんな人物が出てきますよね。たとえばきたばたけあきいえだったら、『悪党のすえ』にも出てくる。あれは『破軍の星』の顕家とおんなじ人間なんですか?

北方 状況が違うから、ちょっと違ったりする。あのときに頭の中にあったのは、だい天皇を直接書かずに後醍醐天皇をどうやって描くかだった。で、周りの人間を描くことで後醍醐天皇がどういう人だったかを書こうとしたわけだけど、そうすると、いろんな人の要素が出てきて、書いていて面白かった。佐々木ささきどうなんて、めちゃめちゃ面白かった。

今村 『道誉なり』ですね。実は、この夏辺りから北方先生の書いておられた太平記の下の世代、楠木くすのき正行まさゆき村上むらかみ天皇のことを書こうと思ってるんです。

北方 ヘンなところに目をつけるよな。『塞王の楯』も、もうすぐ関ヶ原だぞと思いながら読んでいると、結局関ヶ原は出てこない。

今村 来週、関ヶ原みたいな感じです(笑)。

北方 だけど、そこで物語が成り立つというのが小説ですよ。それを成り立たせることができるのは、紛れもない物語作家だね。

今村 ほんまですか?

北方 凡百の小説は関ヶ原に行く。行かないとしょうがないと思って行くんだけど、それを行かなくてもいいと思い切る。その意味でも、あなたは物語の作家だね。観念の作家じゃない。

今村 自分の中でもまだまったくわかってないですし、綺麗ごというわけじゃないけど、ほんとにここから小説って何だろうって考えていかなあかんなと思ってます。直木賞をいただいたことで一つのチェックポイントっていうか、ようやく新人時代が終わったな、っていう感じで、次なにやろう、次どうしていこうというところです。

北方 『塞王の楯』は、戦線がこうちゃくしてるのにダイナミックなんだよね。何かといえば、京極の気持ちがどんどん動き、穴太あのう衆の職人と国友くにとも衆の職人の気持ちがぶつかったりするところ。要は、実際に人が動いてダイナミックになるんじゃなくて、やっぱり心が動いてダイナミックになる。『チンギス紀』について、「舞台が広いですね」っていわれたことがあるけれど、どんなに広くたって、たかが地球ですよ。もっと他に無限の広さってのがある。どこかっていうと、人の心でしょ。

今村 宇宙みたいな外側のものと人間の内側のものって、イコールな気がするなあと、ぼんやりとは考えてたんです、ほんまに。ただ、うまいこと表現できひんなあと思ったけど、まさにいいたかったのはそれです。

北方 どんな広くたって、俺らが書いてる小説はしょせん地球だよ。

今村 この名言、聞けただけでも、今日はよかった(笑)。

北方 ともかく、ここまで来たら、物語の命運を背負って一生頑張るしかないでしょう。

今村 いやあ、こんな人生になるとは、ほんとに思わなかった。その要所要所で北方先生とお話しさせてもらっていますが、いつか自分も誰かにとって北方先生のような存在になりたいですね。物語と一緒で、意図せずに(笑)。

「青春と読書」2022年4月号転載