『超巨大歩行機ゴリアテ』刊行記念対談 椎名 誠×高田晃太郎「自由に人は生きられる」
椎名誠さんのSF小説集『超巨大歩行機ゴリアテ』が刊行されました。本作では、「北政府」から元傭兵・灰汁が再登場。シーナSFの荒廃した世界で逃避行が始まります。
対談のお相手は、ロバを相棒に旅をしている高田晃太郎さん。イランやモロッコ、トルコの旅を綴った『ロバのスーコと旅をする』が大きな話題となりました。帰国後に栃木県でロバのクサツネと出会い、約一年二か月かけて本州を横断、九州で折り返し北海道まで歩き、その記録を『ロバのクサツネと歩く日本』にまとめられています。
ひとりで、あるいは仲間や動物と、世界中の道を歩いてきたおふたりに、これまでの旅を振り返っていただきました。
構成/竹田聡一郎 撮影/松田嵩範
ロバとは会話しますか
――椎名さんは「斎藤茂太賞」の選考委員として、『ロバのスーコと旅をする』を選考委員特別賞に選ばれていました。
椎名 『ロバのスーコと旅をする』楽しく読ませてもらいました。
高田 ありがとうございます。
椎名 もう三十年ぐらい前になるかもしれないけど、同じようにロバとの旅を書いた人いますよね?
高田 中山茂大さんですね。『ロバと歩いた南米・アンデス紀行』(双葉社)です。先日、行商の旅の途中で中山さんにお会いしてきたんですよ。千葉県の大多喜町で作家業をしながら「しげキャン」というキャンプ場を運営されていて。そこで椎名さんの話もしましたよ。『ロバと歩いた南米・アンデス紀行』は「ちょっと時代が違ったら、植村直己冒険賞を獲れたかもしれない」と椎名さんから言われたとお聞きしました。
椎名 ああなつかしいなあ。名前は何だっけ、あのロバ。
高田 パブロフのぼる君です。
椎名 そうそう。のぼる君は崖で落ちたりと、ちょっと悲しいエピソードがあったけれどね。スーコとの旅を読んだのはその次だったんだけど、すごくいとしく楽しく読みましたよ。やっぱり動物との旅というのは、いいですねえ。旅の折々の気持ちがなごむでしょう。心配なこともいっぱいあるだろうけれど。
高田 なごみます。もともと私は一人で歩いて旅をしていたんですが、ロバと旅をしてしまうと、ロバなしでは歩こうという気にはならないです。
椎名 スーコは今どうしているんですか?
高田 モロッコで別れてから、どうなっているか詳しくは分からないですが、多分元気で過ごしていると思います。
椎名 まあ、スーコにじかに電話をかけるわけにいかないしね。でも案外ドライなんですね。
高田 スーコと別れてから一か月後ぐらいに写真を見せてもらったんですよ。そうしたらまん丸と太っていて。
椎名 ああ、そうですか。じゃあ幸せなんだ。
高田 幸せに暮らしていると思います。まだ若いロバだったので、子どもを産んでいるかもしれないです。
――高田さんは北海道で作った塩をリヤカーに載せ、北海道から千葉県まで、沿岸を南下する行商の旅をちょうど終えられたところです。
椎名 今、一緒に旅してるのはクサツネ君だっけ? 彼はどこにいるの?
高田 千葉県の知人が預かってくれているので、今日は留守番です。
椎名 出かけるときちゃんと挨拶してきた?
高田 いえ、すぐ戻るからと思って、特にかしこまった挨拶はせずに来ました。
椎名 クサツネ君とは会話するんですか?
高田 あんまりしないですね。長い期間会わない時には、「元気でいろよ」みたいな声はかけますけど。「クサツネ」という名前も、旅の間はずっと一対一なので呼ぶことはほとんどないです。話しかけることはめったにないですが、草を食んだり、ぶるるっと鼻を鳴らしたり、そういったクサツネの一挙一動が会話みたいなものになっています。
椎名 スーコのときは?
高田 スーコのときも同じでした。普段はリードを引いて一緒に歩いていて、リードの微妙な抵抗で、ロバのことはけっこう分かるんです。疲労の度合いとか機嫌の良しあしとかお腹のすき具合とか。だから私もリードを引いたり緩めたりすることで、「もうちょっと頑張ろう」とか、「わかった、休もう」などと、クサツネに自分の意思を伝えていますね。リードを通しての会話でしょうか。
椎名 甘えてきたりはするんですか?
高田 結構甘えてきますね。服をくわえて引っ張ってみたりとか、ロバは愛情表現に口を使います。きっと今日も帰ったら最初は駆け寄ってきて、ふんふんふんと嗅いでちょっと嚙んで、そうしたらぷいっとどこかに行くと思います。
椎名 逆に冷たくなることはないですか? 喧嘩したり。
高田 歩きたくないときに、抵抗することはあります。でも、最終的にはクサツネのほうが折れますね。
椎名 主従の関係がやっぱりあるんですか?
高田 うーん。相棒ではありますし、友達のような、恋人のような、家族のような……いろんな面があって常に一定ではないですが、究極的には私が物事を判断する立場にあるのは間違いないです。椎名さんは旅先でもちろんロバとも接したことがあると思いますけれど、ロバの印象というか、馬とはこういう違いがあるとか、そのあたりはどうですか?
椎名 ロバは耳がすごく印象的だよね。いつも立っていて、レーダーみたいにぐるぐる回っている。「王様の耳はロバの耳」って話があるけど、ロバは耳が特徴なんだなと感じる。あれは何を探っているんですか?
高田 音には敏感ですね。歩いている時も、ちょっとした音が鳴ると、ぴって耳だけそっちへ向けるんですよ。まさにレーダーのように、全方位にくるくる動いていますね。
椎名 ロバって、蹴りはあまり強くないし、角もない、さしたる武器がないわけですよね。安い値段で売られているし、ある意味では悲しい動物なんですよね。
高田 そうですね。実際、海外の市場ではロバは驚くほど安く取引されています。
椎名 でも、ロバって旅人の荷物を運ぶのは苦ではないんですよね。本当に嬉しいかどうかは分からないけれど、いつも嬉しそうな顔をしていると思う。いいやつでしょう?
高田 いいやつです!
椎名 ロバに嫌なやつはいない?
高田 いないです! 旅の相棒としては、ロバも馬もラクダもいるじゃないですか。モロッコを旅しているときに、ラクダ使いに聞いてみたんですよ。旅の相棒として、ラクダかロバ、どっちのほうがいいかと。
椎名 動物と一緒に仕事をする人がみんな一度は考えるテーマですよね。
高田 ラクダ使いはロバだと言ったんです。「ラクダは性格が悪いやつもいる。でも、ロバはみんないいやつだ」と。私もそう思います。
椎名 ラクダとロバを比べると分かりやすいよね、いいやつ――ということになるとね。

栃木県生まれ、8歳の雄ロバ。好きな食べ物はイネ科の草とニンジン。名前の由来は「草と常に出合えるように」。
高田 ラクダは顔を見れば分かりますね。人を馬鹿にした顔をするやつもいますし。
椎名 ラクダはたいていいつも何かよからぬことを考えているんだよね。スキをみて胃液を吐いてきたり嚙みついてきたり、どうも性格が悪い。
高田 上温湯隆さんの『サハラに死す』(時事通信社/ヤマケイ文庫)という本がありますが、ラクダと旅していた上温湯さんが、砂漠で荷物を持ったラクダに逃げられて、そのまま亡くなってしまうんですよね。もしロバだったらどうだったかと思いますね。
椎名 ロバも逃げるやつは逃げると思うんだけど。そのへん、駆け引きはあるんですか。
高田 実は私もトルコで逃げられたことがありますが、ロバもずる賢い部分があって、追いかけたら逃げるんですよ。こっちが歩いたらロバも歩いて、こっちがまた走って追いかけたらロバも走って逃げる。なので、一度逃げられたらなかなか捕まえられない。ただ、それは信頼関係がまだ深まってない、旅の初めの頃の話です。ずっと一緒に過ごしていると、離れるとロバのほうが不安になってしまうようで、逆に追いかけられるようになりました。
椎名 いろんなドラマが生まれそうだね。
高田 椎名さんは一緒に旅するとしたら、馬を選びますか。
椎名 馬です。馬は大体いいやつ。ロバも馬も水を飲む時とか交尾する時とか、本能的にとてもうれしそうな顔をするよね。それが可愛い。朝起きて、もしクサツネがいなかったら……なんて想像しませんか。
高田 今はしないです。たまに地面に打った杭を引っこ抜いてしまったのか、姿が見えないことはありますが、それでも遠くに行ったりせず、近くで草を食べていますね。同じ群れの中のものとして、クサツネのほうも認識してくれているんじゃないかなと思います。

日本列島をロバと歩くということ
椎名 基本的には何を目指していたのですか? ロバの意志というかロバが目標とする場所とか、そういうのはあるのですか?
高田 やっぱり草ですね。草があるところです。
椎名 草は何でもいいわけじゃないでしょう?
高田 わりとえり好みをするというか、食べる草と食べない草がありますね。イネ科系の雑草や笹が好きですね。
椎名 穀物は食べないんですか?
高田 食べます、大麦とか。あとお米は好きなんですが、水田に自分から入っていって食べちゃったりはしないですね。
椎名 食事は割と計画的に考えているんですか。一日これくらい与えるとか。
高田 そうですね、冬の間は草があまりないので、今回の旅では大麦を十五キロくらい用意して出発しました。だいたい一日一キロくらい与えます。
椎名 自分の食事は自分で運ぶと。水は日本だと簡単に手に入りますか?
高田 民家にお願いすることが多いです。特に今回の旅は北海道を十一月に出発したので、東北って公園とかに水道はあっても、冬場は凍ってしまうから水抜きがされていて使えないんですよ。だから声かけてくれた人にお願いしたりもしました。
椎名 どういう対応をしてくれるんですか?
高田 最初は驚かれますが、結果的には喜んでくれますね。「また帰り道寄ってね」と言われることも多いです。
椎名 でも草はどこにでもあるわけじゃないでしょう、日本の場合は。
高田 草は春から秋にかけては困らないぐらいあります。
椎名 あるんですか、道草。人間にとって道草はあんまりいい言葉ではないけれど。
高田 私たちの旅にとっては、むしろ一番大事なものです(笑)。私もロバと旅する以前は、道ばたの草のことをまったく気にしてなかったんですが、こういう旅をするようになると、ふだん目にする世界が変わってくるんですよ。草地とか畑を見ると……
椎名 おいしそうだなと(笑)。怒られたことはないですか。「うちの草を勝手に食いやがって」とか。
高田 それはないです。草って食べられて困るものじゃないですから。
椎名 人参なんかを差し入れにもらうと言っていたけれど、道草と人参どっちが好きなんですか?
高田 どっちも喜びますが、草を食べるときは、「むしっ、むしっ」といい音立てながら食べるんです。多分ロバは草を選んでむしって食べることに、遊びのような面白さを感じていると思うんですよ。だから、私は自然の青草を食べているときが一番幸せなんじゃないかなと思っています。
椎名 じつに粗食だけどなあ。
高田 ええ。でも人間にとっては、邪魔でしかない草を食べて、エネルギーに変えて歩き続ける。その姿にロバのすごさがあると思うんです。
椎名 いいこと言うなあ。じゃあやっぱり草のない都市部は歩かない?
高田 そうですね、都会は避けてます。特に東京は……私もここまで「やっぱり草がないな」と思いながら神保町を歩いてきました。
椎名 ロバの目になっている。実際に神保町にクサツネ君と一緒に来たらどうなるんだろう。
高田 穀物を持参するしかないなと思います。でも、不思議とときどき笹はあるんです。ロバは笹もけっこう食べますね。街路樹として手入れがされている笹だと思うので、食べたら怒られるかもしれませんけど。
椎名 馬の場合、ちゃんと交通法規があるんだけど、ロバも同じ?
高田 基本的には同じです。ロバも道路交通法では軽車両扱い。ただ、フェリーに乗った時は、ロバ料金が会社によって違いました。
椎名 海外を旅した後に日本を歩いていると、ほとんどの道がアスファルトで覆われていることに気づくけれど、そのあたりは東京も地方も同じですか?
高田 はい、日本はどこもそうですよね。田舎のほうもアスファルトなんだと、まざまざと感じました。でも、国道は400番台になってくると車が少なくていいですよ。道路も狭くてロバ向きです。道を歩いていると、道幅と、車がどれくらい通るかで心象風景がだいぶ変わってきます。都会は車の数も多いですし、信号ですぐ立ち止まらないといけない。そうすると、人もたくさん集まってきますね。
椎名 昔、「ロバのパン屋」ってロバを連れたパン屋さんがありましたね。珍しいから集客できたんでしょうね。今もいろんな質問を浴びせられると思うんですけど、体験としてはどうなんですか。
高田 「どこから来たの?」とか「馬ですか、ポニーですか?」という質問をよくされますね。私にとってはロバと歩いているのは日常的で、ごく当たり前のものになっているのですが、周りからどう見られているかはよく分かっていないんですよ。やっぱり写真はすごく撮られますし、話しかけてくる人も多いので、日本でロバと旅するというのはそういうものなんですね。私が旅した国々では、ロバに対する物珍しさというのは全然ないので、そのあたりは大きく違います。
椎名 動物をいちいち珍しがっていたらシルクロードなんて歩けないもんね。僕の尊敬している人にカヌーイストの野田知佑さんがいるんですけど、彼がカヌーを始めた頃、日本にまだカヌーなんて珍しい、めったに見ない時代だったから、川を下っていると「何してるんですか」、「どこから来たんですか、どこ行くんですか」と何度も聞かれると。そうすると野田さんは、上流のほうを指さして「向こうから」、下流を指して「あっち」って答える。
高田 かっこいいですね。
椎名 それを言いたくて聞かれたいんだ、とかも言っていました。あとは警官が聞くそうなんです。「どこから来たんだ?」と。文字通り水の上の流れ者だからね、怪しいじゃないですか。でも聞いてしまえば他にはもう聞くことないわけ。警官はカヌーのことを特に知らないし、別に違法なことをやっているわけでもないから、最後は「気をつけて行け」なんて言うんだって。何かあって転覆してもその警官が助けてくれるわけでもない。だから結局、余計なお世話だと野田さんは言っていましたね。
高田 私もロバがいる理由を聞かれますが、「ロバが好きだから」と答えています。行き先も、「北から南へ」とは時々、言いますね。
椎名 そう答えるのは楽しそうだね。言われたほうは怒るかもしれないけれど。でも、明確な回答がないとなぜ彼らは納得しないんだろう。「町」って言っても「どこの?」となるし、なになに町と言っても「そこで何をするの?」と目的を聞いてくる。聞いても何かが変わるわけではないのに。
高田 何かしら、はっきりした理由を求めているからかもしれないですね。野田さんはそういうのが嫌だったんですかね?
椎名 どうだろう。野田さんはとにかく役人が嫌いだった。「役人的なヤツが一番威張る」といつも言っていた。『ゆらゆらとユーコン』(本の雑誌社/新潮文庫)という本があるんですよ。
高田 読みました。
椎名 その中には外国の川ではそういう煩わしさが一切ないと書かれていて、それが彼は好きだったみたいですね。向こうではカヌーで川を最後まで下るなんて当たり前だから。川がしっかり生きているけれど、日本の場合はなかなか次のエリアにつながらない。
高田 日本は大きな砂防ダムとかで寸断されていますからね。
椎名 そう。川は海まで流れつくのが普通のことなのに、精神感覚的には町単位で川が流れている。それは、くだらない。だから川を一本の道として、例えば四万十川を上流から下流まで旅をした人はあんまりいないわけ。川は日本では既に交通網ではなくなっているけれど、道はどうですか? ただ、動物と一緒に歩くには、日本の道って問題が多いような気がするけれど。
高田 今のところ日本では動物と歩く人が少ないので、みんな受け入れてくれるというか、好意的に見てくれる人が多いです。
椎名 日本人のいいところだろうね。
高田 私が歩くのは田舎が多いんですが、飲食店を突然訪れて「ちょっとロバがいるんで外の草のところにつないでいいですか」と声をかけたら、大体「いいよー」と応えてくれて、「ロバが来た」と喜んでくれます。そういう意味では、日本の道は歩きにくいというわけではないですね。
椎名 旅の間、日記はつけていたんですか?
高田 本当に簡単な、単語だけ書いていくような感じでつけています。
椎名 それは、忙しくて?
高田 日中はずっと歩いていて、夜はテントを張ってご飯を食べたらすぐに寝てしまうので、ちゃんと書く時間がないんです。単語だけでも、後で読み返すと、けっこう鮮やかに思い出したりします。椎名さんは日記をつけられているんですか。
椎名 週に一回まとめて、という感じだったな。ほとんど毎晩酒を飲んでいるから、飲んじゃうともう書けない。
高田 それで思い出せるんですか。
椎名 項目だけ書いておくんだけれど、あとで例えば「大蛇のように怖いもの」などと書いてるメモを見返しても、肝心な「怖いもの」が何かを忘れていたりする。そういうことがなるべくないよう、まとまった雨が降っているときとかに、長いのを書きます。日記というより、その時に思っているエッセイみたいなものかな。

1989年京都府生まれ。北海道大学文学部卒業。北海道新聞、十勝毎日新聞の記者をへて、旅の日々へ。イラン、トルコ、モロッコをロバと一緒に歩く旅を綴った『ロバのスーコと旅をする』が大きな話題に。同作で第9回斎藤茂太賞選考委員特別賞を受賞。帰国後にロバと日本列島を横断した『ロバのクサツネと歩く日本』を刊行。北海道で「ロバ塩」を作り、千葉県まで太平洋沿岸を行商した旅を終えたばかり。神保町へはバスで。
SF世界に現れる、懐かしい景色
――そろそろ作品のお話を伺っていければと思います。この度椎名さんが書かれた『超巨大歩行機ゴリアテ』では、見たことのない建造物や機械が登場する一方で、どこか懐かしい風景が頭に浮かびます。
椎名 今回のSFでは巨大な歩行機を登場させました。歩行機だから当然、歩くわけだけど、スーコやクサツネ君とは違って、身長五十メートルぐらいあるやつだけど、何も考えていない。とにかくでかくて、それに五人ぐらいが乗っかって、がしゃんがしゃんと進む。そういうのを書いて歩かせると、その歩行機から見える風景を考えないといけない。そこで実際に過去に自分が見た景色なりを強引に引っ張り出してくるんです。
高田 具体的にはどういう風景なんですか?
椎名 南米、チリのプンタ・アレーナスという街からパタゴニアに続く道が、まーっすぐあるんですよ。その向こうにマゼラン海峡があって、その隣にはでっかい山脈はあるけれど、その間は何もない。日本には、北海道ですらそんなまっすぐな長い道はないんじゃないかな。だからその道をイメージするところから始まりました。でも高田さんも経験があると思うけれど、まっすぐな道って晴れていると陽炎が立っちゃって向こうがよく見えない。何だか分からないけど、その何だか分からないのがすごく旅人的というか、魅力で。怖くもあるんだけど、その印象を残すように書きました。
高田 そうなんですね。私も『超巨大歩行機ゴリアテ』を読ませていただき、椎名さんとも縁が深い、パタゴニアの風景と、中国の荒涼とした砂漠のような、それをミックスした風景をイメージしながら読んでいました。ずっと直線で、ところどころ氷河に出くわすような景色をイメージしていたんですが、この小説に中国の人っぽい、癖のあるしゃべり方をする人が出てきますよね? だから中国大陸の荒涼とした砂漠のイメージのほうが少し強かったかもしれません。
椎名 若い読者にそこまでしっかり読んでもらえるのはありがたいです。
高田 「廃棄監視塔」という章に「あずま食堂」って出てくるじゃないですか。荒れ地にぽつんとあるレストランで「どんな客がくるんですか」と灰汁が聞いたら、「ここには時期になると三百人ぐらい遊牧民が来て一か月ぐらい滞在するんだ。でも今は誰もいないからカラッポなんだ」というような会話がある。遊牧民が来るその時のために開く食堂が、現実の世界でもあればいいなと思いました。
椎名 距離が長い旅だと、レストランは分かりやすい目標になりますからね。やっぱり旅人は常に食い物を目指していく。
高田 そうですね。スーコとサハラ砂漠を旅していたときに、やっぱりレストランに向かって歩くことはよくありました。
椎名 砂漠を歩くと動物の強さがよくわかるよね。
高田 はい。モロッコのザゴラというところからメルズーガにかけて礫砂漠というんですかね。そういうところの、車が通った道の轍をたどって歩いたんです。オアシスが三十キロぐらいごとにあるんですが、車の往来はなくてロバと自分だけ。十キロ先が何も見えないような、人間の気配がないところを動物と一緒に歩くと心が落ち着きました。
椎名 でも、オアシスにもレストランにも辿り着かないかもしれない。そういう恐怖はなかった?
高田 私の場合は、一週間分の食料をロバの背中に積んでいたから、食いっぱぐれる恐怖はあまりなかったかもしれません。「こいつ(ロバ)がいれば何とかなる」という安心感がありましたね。
椎名 やっぱり命があるものは素晴らしいよね。テレパシーじゃないけども、意思の疎通や共有が、精神感覚でぱぱっとできる部分がある。小説にでてくる灰汁にもガギという旅の道連れがいるけど、ガギは機械人間だから、ふたりの間に有機的なコミュニケーションはほぼない。コミュニケーションの問題は、本当は考えたほうがいいんでしょうけど、それよりかは周りで起きている現象を書くほうが忙しい。SF作家は勝手なものを書いて一人で喜んでいる世界なもんですから。
高田 私は読んでいて、変に感情移入しすぎない距離感が、この砂漠のような風景には合っているなと感じました。
椎名 僕が書いている世界では感情的なものは生まれないだろうと思うんですよ。そもそもあまり生物が登場しないのと、感情移入できるほどの描写はしてない。近頃何かと話題になるAIに関連して言うと、もっと進んだ電子頭脳ロボット、自我をもって動けるようなものが開発されているらしいんです。近いものはやがて出てくるでしょうね。自我があるわけだから、それが誕生したらまた話は違ってくるけれど、あくまで現段階では「一緒にくっついて歩いているちょっとフクザツな機械」で生物とは言えない。そっちのほうが話を作りやすいんですよ。生物以外に「今日の気分はどうだい?」なんて会話を成立させていくには、科学的な論理立てを書いておかないとSF界では相手にされない。今の技術の段階だと、まだ逃げ道がいっぱいある。「だってこれ、機械ですから、SFですから」と言えばいい。
高田 なるほど。SF的な設定として「割り切る」ことで描ける世界があるんですね。でも、先ほど椎名さんが「クサツネとは会話するんですか?」とお聞きになったのは、椎名さんの中に、思い通りにいかない生身の生き物とのやり取りに対する興味があるからなのかなと感じました。
椎名 命があるという考え方を、ロバが持っているかは分からないけど、きっとロバはロバとしてそれぞれ自覚的なものはあるわけでしょう。それと折り合いながら他者と移動していくというのは大変なことです。機械がただ設計された中でガシャガシャ動いていくのとは意味が違うから。
高田 おっしゃる通りです。でも自分の意思を持つロバと折り合いをつけるのは、苦労でもありますが旅の面白さでもあります。そうなると椎名さんにとって、感情を通わせる「旅の相棒」として思い浮かぶのは、やはり馬ですか?
椎名 馬でしょうねえ。馬とは、すでにいい旅をした経験がありますから。僕はけっこう馬に話しかけるんです。馬ってなんとなく話を聞いているような顔をするんですよ。
高田 そうなんですか。
椎名 うん、あのヒト、いやヒトじゃないけど、目で何か言っているんですよね。ブラジルで何日間かカウボーイ達の中に紛れ込んだ時、一日が終わって馬の身体を触ってねぎらっていると、馬は「よかったなあ、一つの日が終わったなあ」という目をしているし、こっちのことを覚えているんだよね。あれは嬉しかった。
高田 国内で馬と旅した時はどうでしたか?
椎名 昔北海道を馬と旅していて、国道なんかで背後からダンプカーやトラックが走ってくることもあったね。その時は「大丈夫かな」と心配したけれど、馬はまったく怖がってなかった。頭がいいからたぶん「この音はどんどん大きくなっていくけれど問題ない」などと理解しているんです。逆に、道端に瓶なんかが落っこちていて、反射して光ることがある。それに驚いてバーンと飛びのいた時に、ちょうど車が来てしまうと非常に危ない。危ないのは、そんなふうに瓶を捨てる人間なんですよね。さっき高田さんも車通りや人通りで心象風景が変わる、と言っていたけれど、いい道というのは結局、人間の気配がない道なんだと思う。
高田 その時の馬はサラブレッドですか?
椎名 サラブレッドですね。人間を乗せるのに慣れているから相棒としてはとてもいい。野生の馬は強いんだけど、あんまり賢くないと言われているんですよね。サラブレッドがやっぱり一番頭がいい。
高田 敏感ですよね、サラブレッドは。
椎名 全身がレーダーみたいですね。何かあるとぴくっ、ぴくっと体が反射的に動くので、何かを絶えず感じてるんでしょうね。ロバは天候、例えば夕立とか雨なんかの時はどうしてるんですか?
高田 雨のときは橋の下で過ごすことが多いです。
椎名 ああ橋の下ですかあ。大変だなあ。
高田 やっぱり屋根があるだけで安心感が全然違いますから。ただ、国道の橋の下だと、車が通るたびに音が響いて、あまり寝心地が良くないんです。
冒険はまだまだ続く?
――おふたりが今後行きたい場所や、やってみたい冒険について教えてください。
椎名 今は千葉にクサツネといると聞きましたが、今後はどうするんですか?
高田 一度クサツネを知人に預けて、私はケニアに行ってきます。
椎名 どうして?
高田 ケニアの沿岸にラム島という島があるんです。だいたい八丈島くらいの大きさで、車が行政用の一台しかなく、三千頭以上いるロバが荷物や人を運んだりしている、ロバなしでは生活が成り立たないような場所らしいです。
椎名 人間はどれくらいいるの?
高田 約二万五千人だそうです。ロバだらけの島なんて、ロバがどんなふうに人間と暮らしているのか見に行きたくて。これから毎年、ロバのいる国に行って、各地でロバと人間の生活を見たいと思っています。今年はケニア、次はセネガルとか。
椎名 本を書けばいいと思いますよ。そういえば、売っているお塩はどうするの?
高田 今回の旅で、北海道で作った塩をリヤカーに三十七キロぐらい積んで千葉まで来ましたが、北海道でかなり売れたんですよ。このままだとすぐなくなってしまうなと思って、本州からは一人一袋にして、九割くらい売れました。
椎名 ロバのお塩。
高田 はい。「熊石のロバ塩」という名前です。百グラム八百円です。
椎名 ほお。ロバも塩を食べるんですか?
高田 食べます。塩は生命に必要不可欠ですね。近いうちに通信販売もはじめて、旅の資金がちょっとでもできるといいなと考えています。塩はふだんの生活費に充てて、書籍や原稿を書いていただいたお金は旅の資金、というふうにできればなと思っています。
椎名 何かテレビの仕事とかキャラクターグッズとか、おいしい企画があるといいですね。今はそういうものがないと、なかなかノンフィクションが成立しにくくなってしまっている。情報が溢れる現代では仕方ないのだけれど、「冒険」という言葉も失われつつある。
高田 椎名さんから『ロバのスーコと旅をする』に斎藤茂太賞の選考委員特別賞をいただいた際、「旅のかたちはさまざまであっていい」とお言葉をくださって、あれは嬉しかったです。
椎名 それを冒険と呼ぶかは意見が分かれるかもしれないけれど、ロバと歩くことが、新しい切り口であるのは間違いない。奇を衒う必要はないけれど、今は自分の世界を見つけやすくなっているかもしれない。高田さんもそうであるようにね。
高田 私は沢木耕太郎さんの『深夜特急』(新潮社)に大きな影響を受けて旅を始めたのですが、旅行記として面白いのはもちろんとして、高校生のときに読んですごく心が自由になったんです。特に沢木さんが新卒で入った会社を雨が降っていたという理由で辞めるところがすごくかっこよくて、こんなふうに自由に人は生きられるんだと知りました。椎名さんは、まだ行かれたことのないところで行きたい場所はありますか?
椎名 行きはぐったところは、キルギスです。キルギス共和国。仕事で行く予定だったんだけど、ぐずぐずしていたらそのうち情勢が不安定になっちゃって。韓国側から行けるんだけど、タイミングを失ってしまった。
高田 キルギスで見たかったのはどういった風景だったんですか。
椎名 山岳を馬で行く旅をしたかったな。モンゴルと同じように。星野博美さんの『馬の惑星』(集英社)に書いてあるんだけれど、そこにいるキルギス馬が、きれいな馬なんだ。
高田 もう行かないですか?
椎名 もう行かないでしょうね。人は旅に出る時に思うところはそれぞれ違いますよね。自分なりのテーマや目的、あるいは人のためとか、恋人に会いに行くとか。それぞれパーソナリティーがあっていいんだけれど、今はもういろんな人の挑戦に拍手したり、いらぬ心配をしてたり、そういう立場になってしまいました。だから小説のキャラクターにつらい旅をさせて、僕はもっぱら新宿で飲んでいます。
(2026.1.21 神保町にて)

プロフィール
-
椎名 誠 (しいな・まこと)
1944年東京生まれ、千葉育ち。東京写真大学中退。流通業界誌編集長時代の 76年、目黒考二らと「本の雑誌」を創刊、初代編集長に。79年、エッセイ『さらば国分寺書店のオババ』で本格デビュー。89年、『犬の系譜』で第10回吉川英治文学新人賞、90年『アド・バード』で第11回日本 SF大賞を受賞。他の著書に『武装島田倉庫』『わしらは怪しい探検隊』『岳物語』『大きな約束』、『失踪願望。』シリーズほか多数。
新着コンテンツ
-
お知らせ2026年03月06日
お知らせ2026年03月06日すばる4月号、好評発売中です!
特集のテーマは「道をゆく」。椎名誠さん×高田晃太郎さんの対談、駒田隼也さんの紀行ほか、小説、エッセイなど一挙16本立てです。
-
インタビュー・対談2026年03月06日
インタビュー・対談2026年03月06日椎名 誠×高田晃太郎「自由に人は生きられる」
最新刊は逃避行がテーマの椎名誠さん。ロバを相棒に旅をしている高田晃太郎さんをお相手に、おふたりのこれまでの旅を振り返っていただきました。
-
新刊案内2026年03月05日
新刊案内2026年03月05日たったひとつの雪のかけら
ウン・ヒギョン 訳/オ・ヨンア
韓国を代表する作家のひとりウン・ヒギョンが、生きる孤独と哀しみ、そして人と人の一瞬の邂逅を描く、6篇の珠玉の短編集。
-
新刊案内2026年03月05日
新刊案内2026年03月05日劇場という名の星座
小川洋子
劇場を愛し、劇場を作り上げてきた人々の密やかな祈りがきらめく豊饒な短編集。
-
インタビュー・対談2026年02月26日
インタビュー・対談2026年02月26日江國香織「ただのノスタルジーではない、今を生きるはみ出し者たちの物語」
かつて、元公民館の建物「ピンクの家」で共同生活をしていた家族を描いた今作。実際に存在した建物と、“ムーミン谷”とは?
-
インタビュー・対談2026年02月26日
インタビュー・対談2026年02月26日平石さなぎ「“美しい負けざま”を描きたい」
小説すばる新人賞受賞作が抄録掲載から話題となっている著者の平石さなぎさんに、作品に込めた思いとここに至る道のりを聞きました