内容紹介
大学入試のためにソウルに転居した女子高生のアンナ。古びた下宿で暮らしながら、大人になる前の通過儀礼ともよべる、切ないクリスマスを体験する。
――「ほかのすべての雪片ととてもよく似た、たったひとつの雪片」
ユリとマリは、美しいながらも性格が真逆な姉妹だった。波乱万丈の人生を送ってきたマリは、完璧で順風満帆に見えたユリが76歳で自殺したことを知る。2014年黄順元文学賞受賞作。
――「金星女(クムソンニョ)」
小さな星々はみな宇宙でたったひとりだけれど、その光は星座となって夜空に瞬きあう。
韓国を代表する作家のひとりウン・ヒギョンが、生きる孤独と哀しみ、そして人と人の一瞬の邂逅を描く、6篇の珠玉の短編集。
”かけらがかけらを 追ってゆき あなたも 私も そこにつらなる”
――斎藤真理子氏(韓国文芸翻訳者)
【目次】
ほかのすべての雪片ととてもよく似た、たったひとつの雪片
フランス語初級クラス
スペインの泥棒
Tアイランドの夏の芝生
ドイツの子どもたちだけが知っているお話
金星女
作家のことば
訳者あとがき
プロフィール
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ウン・ヒギョン (ウン・ヒギョン)
1995年に中編「二重奏」でデビューする。同年発表した初の長編小説『鳥のおくりもの』で第1回文学トンネ小説賞、1998年に短編「妻の箱」で第22回李箱文学賞を受賞。その後韓国小説文学賞、韓国日報文学賞、怡山文学賞、東仁文学賞など多くの賞を受けた。本書収録の短編「金星女」は2014年に黄順元文学賞を受賞。既訳に『美しさが僕をさげすむ』(呉永雅訳/クオン)、『鳥のおくりもの』(橋本智保訳/段々社)など。
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オ・ヨンア (オ・ヨンア)
2007年に第7回韓国文学翻訳新人賞、2023年にチョ・ヘジン著『かけがえのない心』(亜紀書房)で韓国文学翻訳大賞を受賞。訳書にウン・ヒギョン著『美しさが僕をさげすむ』、キム・ヨンス著『世界の果て、彼女』(以上クオン)、イ・ラン著『悲しくてかっこいい人』(リトルモア)、パク・サンヨン著『大都会の愛し方』(亜紀書房)、ファン・ジョンウン著『続けてみます』(晶文社)、『百の影』(亜紀書房)などがある。
訳者あとがき
※本書収録の訳者あとがきを、一部内容を中略して掲載いたします。
孤独を凝視する作家
『たったひとつの雪のかけら』は、その名前がすでに一つのジャンルであり、スタイルであると評される作家ウン・ヒギョンの五冊目となる短編集だ。翻訳には文学トンネから2014年に刊行された初版『ほかのすべての雪片ととてもよく似た、たったひとつの雪片』(原題からの直訳)を用いた。
デビュー30年を迎えたウン・ヒギョンが、約10年前にあたる2014年に発表した本作は六編の短編からなり、ほとんどの作品はどれもがときに緩やかに、ときに緊密につながっている。その中で登場人物たちが「重複出演」していたり、遠い親戚関係にあるエピソードやモチーフも交差する。(中略)助演クラスにあたる人物の人生もまた手に取るように身近に感じられるのは、その誰もが見慣れぬ地で、どうにか根をはろうともがき傷つき、そうしてまた別のどこかよく知らない地へと向かっていく姿に見覚えがあるからかもしれない。
ウン・ヒギョンは本作についてこう語る。「一人一人の人生が別々にありながらも、それを遠くから見たときに一つの風景として見えるようにしたかった。誰もがそれぞれの人生を生きているけれど、絶えず他人とすれ違っている。自分も知らないうちに誰かの人生になんらかの形でかかわった瞬間があったかもしれず、そうした一瞬の邂逅によって人生が変わることもある。それに、仮に人と人との結びつきが薄く、もろいものだとしたら、果たしてそれは寂しいことなのだろうか? そうじゃない。誰もが人生とはそういうものなんだと受け入れることができれば、こんなふうにどこかでニアミスのようにしてすれ違ったまま生きていくのもまた人生なんだと思える。そういうことを伝えたかった」。確かに、六つの作品は、原題の雪片さながらに一つ一つよく似た物語のようでいながら独立している。それでいて読み終えるとパノラマのようにつながった一つの景色が浮かび上がる。
ウン・ヒギョンといえば「冷笑」と「孤独」というキーワードがすぐに浮かんでくるほど人間や人生を徹底して客観的に、ときに冷徹と言っていいほどの視線で凝視し続けてきた。そのベースには、結局人はどこまでも孤独な存在であるという人間観があり、孤独を癒す一番の方法もまた、自分の孤独を凝視し続けることにあるはずだという一貫したメッセージがある。それが不穏なせつなさとなって歩み寄ってきて、クールで冷たいはずの作品世界が読者の胸を熱くする。寄り添い背中をさすってくれたりすることは決してないものの、このつかみどころのない不穏なせつなさこそが、逆に現実的で魅力的だ。そこには温かく出迎えてくれる人もいなければ、ささやかな光が差し込んでくるわけでもなく、殺風景な寂しい景色しか見えないかもしれない。全編を通して、あくまでもドライに読む者の傍を通りすぎてゆくだけだ。
加えて、圧縮感とも凝縮感ともいえるような感覚で迫って来る密度の濃い、それでいて青い炎のような冷たい熱さをもった文体は、常にソリッドな空気感で包まれていて、読む者を癒してくれるようなやわらかさからは距離がある。これを日本語にするとどうしても硬さが際立ってしまう一方で、読みやすさを優先すると著者のキレのある文体は蒸発してしまう。その中間の最適解を探し求めながら、精一杯尽力した。
本作で登場人物たちは人間のもつ普遍的な運命と、個体として抱える孤独感、あるいは自由の間でバランスをとろうと奮闘する。ウン・ヒギョンの小説の主人公たちはその多くが慣れぬ環境に送り込まれて、そこでどうにか馴染もうともがく人物として描かれてきた。「ほかのすべての雪片ととてもよく似た、たったひとつの雪片」のアンナが痛感するソウルの寒さ、「フランス語初級クラス」の主人公ができたてのニュータウンで経験する疎外感、「スペインの泥棒」の留学生が現地で目の当たりにする断絶感、「Tアイランドの夏の芝生」のアメリカに引っ越してきたばかりの母親を襲った不安と恐れ、こうしたすべてがそれに当てはまるだろう。
本書の原題は、韓国文学の翻訳者として知られる斎藤真理子が1990年代に朝鮮語で書いた詩「ふぶき」の一節からとられた。似たように降る雪の中で、ある一つの雪片に視線を止めて地面に落ちるまでじっと見つめている風景だ。すべて似たように見えるのにそのうちの一つはほかの雪片とはあきらかに違い、地面につくその瞬間もすべて異なる。〈他のすべての雪片ととても似ている、たった一つの雪片〉。詩人の詩から誕生し、ウン・ヒギョンが生命を吹き込んだたった一つの雪片を思い浮かべる。たった一つの雪片。地上にはまだ届いていない雪片。ウン・ヒギョンは詩について「慎重でありながらも美しい感性が作品とよく似合うと思った」と引用の理由を語っている。
2013年に短編集『美しさが僕をさげすむ』(ウン・ヒギョン著、拙訳、クオン)が刊行された当時、著者が日本を訪れた際に故加藤典洋先生と言葉を交わす機会があった。通訳で私はその場にいたが、二人は英語を交えて直接話されていた記憶がある。加藤先生が「あなたの文体は非常にソフィスティケイトされていると感じました。日本であなたと似たような作家は見当たらないように思います」と話されると、ウン・ヒギョンさんはこう答えた。「ありがとうございます。私はほかの誰とも似たくないのです」
また、本作刊行当時のインタビューでは「見慣れない場所、見慣れない状況、見慣れない立場になってみることに好奇心があります。だから去年は海外で語学学校にも通ってみたり。けっして何かを開拓していくようなタイプではないので、よく知らない場所に行くのはいつも怖いんです。でも、よく知らない状況に自分を置いてみようとするところを見ると、私はとても『私』自身でありたいし、『私』という存在だけで生きていたいという欲望があるんだと思います。人は、慣れた場所ではすべてがつながっていて、なんらかのシステムの中で動いて生きていきますが、にもかかわらずそこで、自分だけのなんらかの固有な部分を見つけた、と感じたときに、幸せを感じるんだと思います。独立的で自由な存在になりたいから、恐れや孤独はそのための費用なんだと考えるわけです」とも述べている。
つまり、この、ほかのすべてととても似た、けれども絶対に違う、たったひとつの雪片。この雪片はウン・ヒギョンでもあるのだ。(中略)
詩「ふぶき」の日本語訳に出会うまで
本書の2014年刊行当時、魅惑的なタイトルにひきつけられてすぐさま手にとると、それがサイトウ・マリコという日本人女性が朝鮮語で書いた詩からとったものであることがわかった。詩人サイトウ・マリコによる詩集『入国』(1993年、民音社)に収められている「ふぶき」という詩がそれだった。当時、いくら検索しても詩人サイトウ・マリコ、詩集『入国』以上の情報は出てこなかった。どんな詩人なのだろう? 謎は深まるばかりだった。そんな中、『カステラ』(パク・ミンギュ著、斎藤真理子、ヒョン・ジェフン訳、クレイン)が第一回日本翻訳大賞を受賞する。この斎藤真理子さんが、あの詩人のサイトウ・マリコだとわかった瞬間、鳥肌が立った。やっと見つけられたという思いだった。その後、韓国で『ただ一つの雪片』というタイトルで詩集の復刻版(2018年、春の日の本)が刊行になると、周りのほとんどの人が一冊ずつ手にしていたものだった。
2018年、時を同じくして大山文化財団の翻訳支援を得て本作の翻訳に着手する。その間に斎藤真理子さんの名は誰もが知るところとなり、私自身にとっては灯台のような存在となっていた。この詩についてうかがいたかった。なによりこの短編集の冒頭を飾る「ふぶき」の日本語訳をどうしていいのか皆目わからず、手がかりをつかめないまま、時は過ぎた。その間にウン・ヒギョンのデビュー作でもあり大ベストセラーとなった長編小説『鳥のおくりもの』(2019年、橋本智保訳、段々社)が邦訳され、作家自身も1970年代の女子大の寄宿舎を舞台にした長編小説『光の過去』(2019年、文学と知性社、未邦訳)、ニューヨークを背景にさまざまな異邦人の姿を繊細に綴った短編集『薔薇の名前は薔薇』(2022年、文学トンネ、未邦訳)などを発表し、その作品世界は深まりをみせていく。
私だけ時間が止まっていた。そうでなくとも難しいといわれる詩の翻訳に、自分の技量ではとうてい手が出せないと萎縮し、固まっていた。そして2025年、ついに詩人・斎藤真理子さんご自身に詩の翻訳をお願いするチャンスが巡ってきた。すぐに快諾してくださり詩の日本語版が誕生すると、やっと本当の意味でこの作品が完成するのだと私も著者も喜んだ。「30代のときの自分が、自分の書いたものを後で韓国の作家が引用してくれると知ったら、どんなに驚き幸せな気持ちになるかと思います」という斎藤真理子さんの言葉を聞いたウン・ヒギョンさんは言った。「斎藤真理子さんもあのとき30代だったのですか? 私がこの詩と初めて出会った当時も30代でした。なんだか胸がいっぱいになります」と。
人は誰もがそれぞれの人生を生きていて、一見するとばらばらのように見えるその旅路には、誰も予想できないような、本人すら気づかないような一瞬の邂逅がある。それはどこかでゆるく絡まったり、ほどけたり、そのまますれ違ったりしていく。それが人生なのだ。1990年代初頭の冬のソウル。降りしきる雪を眺めてハングルで詩を書いた日本人留学生がいて、それを読んだ韓国人作家がのちにこの詩をモチーフに小説を書いた。(ちなみに私が初めてソウルに留学したのは1994年の3月であった。)その後私もこの小説と詩に出会い、なんとかしてこの二人の後ろ姿を追いかけ、辿ろうとした。その時間のすべてが、偶然にもこの短編集のテーマと相通じていることに気が付いたとき、止まったままだと思っていた私の10年も本当は動いていたと知った。
時を重ねて改めてこの作品を読んでみると、初めて読んだときにはなかった感慨を覚えた。すれ違ったことすら気づいていない誰かのこと、もう二度と会えない人のこと、重ねてきた時間や、通り過ぎていった人たちと絡まり、その中で生きているということ。歳をとることがこんなにも満ち足りて感じられたのははじめてだった。
ご自身の詩の日本語訳を快く引き受けてくださった斎藤真理子さんに改めて感謝申し上げたい。この詩があったから、この物語が生まれた。この詩をそのまま日本の読者に届けられる巡り合わせにも感謝したい。編集にあたってくださった佐藤香さんと一緒に物語の世界に入って静かに語り合うことのできた瞬間も、あとでいくども振り返りたくなると思う。それから10年前、ソウルに戻る機内で、育児と仕事にてんてこまいの私に「子どもたちが母親は絶対に自分の味方なんだとわかっていれば大丈夫。だから思い切り仕事をしなさい」と励ましてくれた著者ウン・ヒギョンさんにも、未熟ながらもこの作品の翻訳を通じて感謝の気持ちを伝えられたらと願う。
3月に雪が降るとしたら、こんな感じかもしれない。ゆっくりと落ちる雪片、地面にたどり着く前に溶けてしまう雪片、かろやかに舞ったと思ったら突然動きを止める雪片、でも、頰に触れたときの冷たい感触はきっといつまでも記憶に残るだろう雪片。そして今は、今年のクリスマスにはやっぱり、どうしても雪が降ってほしいと願っている。
2025年 12月1日
オ・ヨンア
書評
孤独がつらなるファミリーツリー
長瀬 海
一本の樹が植わっている。群生せずに、ひっそりと。伸ばした根は頑丈な足のようで、だから移植されたのはずいぶん前かもしれない。でも、その淋しい佇まいからは土地への馴染めなさが感じられる。生命力のある孤独な樹。この短編集に描かれた人物たちを見ていて、そんなイメージが浮かんだ。
冒頭で引かれるのは、韓国文学の翻訳家である斎藤真理子の詩だ。そこから着想を得て書かれたという最初の作品には、大学受験のためにソウルに上京した仲良しな二人の少女がでてくる。ルチアはすぐ都会に馴染み、恋愛にも積極的。一方、アンナはバスの下車さえもうまくできず、疎外感を隠せない。彼女は後年、当時を振り返って〈一人じゃなかったとしても、人はいつも自分だけの孤独を抱えている〉と語る。こうした自分という存在のかけがえのない小ささを、作者は全編とおして歌いあげるのだ。
夫とニュータウンに移住した妻が、〈この世の果て〉のような環境で過ごす一人の時間に生を絡めとられる「フランス語初級クラス」でも、かつてW杯の熱狂を一緒に味わった男性に密かな恋心を抱いていた女性が、それからの九年間をアメリカで孤立しながら生きた彼と再会したことで再びすれ違いを経験する「スペインの泥棒」でも、作者はそこにある侘しさを安易に取り繕うことはしない。
あるいは、家庭の崩壊から避難するべく異国に渡った親子が心の隔絶を嚙みしめる「Tアイランドの夏の芝生」や、おっちょこちょいな女性が編み物に耽るうちに不器用な自分の生き方に潜む真理を悟る「ドイツの子どもたちだけが知っているお話」は、ひとの不安定な部分を観察するために書かれている気さえする。
しかし読者は、最後の小説までたどりつき、作者が世界から取り残された彼女・彼らの物語を一つのファミリーツリーとして縫い上げていたことを知ると、孤独の原風景が塗り替えられる感触を得るだろう。
そこでは〈自分だけの孤独〉が孤絶していない。そのかけがえのなさを守るようにして、一本の樹の全体像を作者は美しく、温かい色あいで描く。練度の高い言葉がその奇跡を可能にしている。
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