医師で世界的な研究者である著者が、質の高い論文175本を選び抜き、
がんや脳卒中、糖尿病、アレルギーになるリスクを劇的に下げるメソッドをまとめた本書。
小説すばるでの大人気医療エッセイ「あなたを病気にする『常識』」をまとめた本書が、 ついに発売となります。
運動、睡眠、食事、入浴……私たちがどういった習慣を身につければ、 病気にならずに、健康な人生を送ることができるかを、
確かな科学的根拠エビデンスをもとにわかりやすく紹介しています。
イラスト/鈴ノ木ユウ

――まず、なぜ本書を書こうと思われたのか、そのきっかけをお聞かせください。

 2018年に出版した『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)はおかげさまで多くの方に読んでいただき、何が「健康的な食事法なのか」に関して科学的に正しい知識を身につけることができたという声を数多くいただきました。その頃から、睡眠や運動など、食事以外の生活習慣に関してもエビデンスを教えてほしいという声をいただいていました。それから3年の年月をかけて、数多くの論文を読み込み、医学的知識がない方でもわかりやすい形でこの度まとめることができました。

――津川先生が論文を読み込むだけでなく、その分野の第一線で活躍なさっている専門家に監修をお願いしているのも印象的でした。

 運動や睡眠、アレルギー、感染症など、医学研究の分野は多岐にわたっています。読者に本当に正確な情報を伝えるためには専門家の監修が不可欠です。さらに連載の時と単行本にまとめる時とでタイムラグがあり、その間にさらに医学研究が進んでいることもあるので、二度しっかりと見ていただきました。
 専門家からのフィードバックをもとに慎重に内容を吟味していきました。連載をやっと一冊の本にまとめることができてほっとしています。

――専門的な知識を持っていない人にもわかりやすいというのは本書の大きな特徴ですね。なるべく平易な言葉を使って、わかりやすく確かな情報を伝えようとしていると感じました。伝えるという点でどのような苦労がありましたか。

 質の高い研究結果を厳選して紹介する時に、どのように質が高いのか、どのような点が健康にとって意味があるのかという説明は避けて通れません。その一方で、多忙な現代には、情報をなるべくシンプルに素早く取り入れたいという欲求もありますよね。ですから、やはり最短で正しい知識を伝えようと思ったら、伝えるべき情報は最低限にとどめることが必要だという結論になりました。この2つのバランスをとるために色々と工夫しました。その結果として、詳細な情報はいらなくて結論だけすぐに知りたい読者層にも、より深掘りして納得できるまで勉強したい読者層にも、満足していただける内容になったと思います。また、専門用語をなるべく使わないようにも気をつけました。

――本作は11のトピックに分けて、健康についての常識を問い直されています。「運動」や「食事」などの生活の基盤となるところから、「お酒・タバコ」「入浴」そして「アレルギー・花粉症」や「サプリメント」など、多くの人の悩みに繫がる部分まで幅広く選ばれています。これらのトピックはどのように決めていかれたのでしょうか?

 連載時に、医学の専門家ではない担当編集者の素朴な疑問に答える形でトピックを決めていきました。ですので、多くの読者にとっては日頃から疑問に思っていること、前から知りたかったこと、などを包括した内容になっていると思います。

――「7時間以上眠る」「白米やパスタなど『白い炭水化物』を控え、玄米や蕎麦など『茶色い炭水化物』を食べる」「毎日少しだけでも歩く量を増やしていく」など、本書で紹介されたルール、津川さんはどれくらい実践されていますでしょうか。
 これは必ず実践しているというものがございましたらいくつか教えていただけますでしょうか。

 私も人間ですのですべてを実践できているわけではありません。しかし、正しい健康知識を持っている上で生活をするのと、そうでないのとでは明確な違いがあると思います。すべてエビデンスに基づいて意思決定しているので、平均すると健康的な生活習慣をしていると言えると思います。

――それでは、ルールを実践するコツのようなものはなにかありますか? 例えば、「全部守ろうと思い過ぎない」ことなどが大事なのかなと思うのですが……。

 『意志の力』で生活習慣を変えようとしないことが重要です。健康的な生活習慣ができるかどうかを規定するのは意志の力ではなく、『仕組み』の問題だからです。行動経済学でよく言われていることですが、努力せずに健康的な生活習慣ができるような仕組みを作ることが重要なんです。
 例えば「食事」に関しては、空腹になって血糖値が下がると判断力が鈍るということがわかっています。すると、鈍った判断力によって、ついつい不健康なものを選択しがちになってしまいます。この問題を解決するには、その場で何を食べるか決めるのではなく、あらかじめ食事内容を決めておくことが必要になります。つまり、1週間のランチのメニューをあらかじめ注文しておくことができれば、その場で決めるよりもかなり健康的な食事を選ぶことができると思います。 このようにあくまで『意志の力』で生活習慣を変えるのではなく、『仕組み』自体を自分の中に組み立てていくことがなによりも大切です。

――その「食事」の項目では、健康に良い食材、悪い食材について詳しく紹介されています。ハムなどの加工肉が発がん性物質を含んでいることや、牛肉や豚肉といった赤い肉が病気のリスクを上げるというのはかなり衝撃でした。白米も糖尿病のリスクを上げるというのもショックです。ただ、どうしても焼肉と白いご飯を食べるのが幸せと思う人もいるのではないかと思うのですが……健康と幸福度のバランスはどのようにとっていくのが良いとお考えでしょうか。

 正しい知識を持った上で、自分で幸福と健康を天秤にかけて意思決定したことであれば、それはそれでよいと思っています。むしろ、健康のために幸福を犠牲にするのは本末転倒だと思いますので。しかし、健康に関する知識が不十分であったり、もしくは間違った知識を身につけてしまっていたりすることで、自分にとって最適ではない意思決定を日々している人が多いと思います。この本を通じて正しい知識を身につけて、その上で、必ずしも健康優先でなくてよいので、自分にとって最適な生活習慣を選んでいただきたいと思っています。

――また本書では、いわゆる健康神話が本当に正しいのか、という見地にも立たれています。 「6時間睡眠が良い」というのは日本だけのものだというのにも驚きました。津川先生がお住まいのアメリカと日本では健康意識に差はあるように感じられますか?

 平均すると日本人のほうがアメリカ人よりも健康意識が高いと思いますが、その一方で、日本では間違った健康情報を信じてしまっている人も多い印象があります。アメリカ人は、健康意識が高い人の絶対的な割合は少ないのですが、健康意識の高い人同士を比較すると、アメリカ人のほうがよりエビデンスに基づいた正しい知識を持っている印象があります。

――それはなぜでしょうか。

 一因としてあるのがメディアの役割だと思います。アメリカの大手メディアは医学専門のジャーナリストがいるなどの理由で、科学情報をかなり正確に説明しているものも多いのですが、日本のメディアは健康情報に関して玉石混交な質のものを流布している気がします。そのぶん、受け手側はどれが正しいエビデンスに基づいた健康情報なのかを慎重に選び取る必要性がありますね。

――ここ数年で「エビデンス」という言葉が、特に健康にまつわる話題において頻繁に使われるようになった気がいたします。日本では、まったくエビデンスのない健康情報や、エビデンスがあるとうたいつつも実はない健康情報が溢れています。そのような状況につきましてどのようにお考えでしょうか?

 私も書店に行って、残念なことにあまりにもエビデンスが不確かな健康本が溢れていることに驚きました。売れているものの中にも多いです。またテレビやネットでもそのような情報が溢れています。

――そのような状況を改善するためにはどのようにすればよろしいとお考えですか。

 例えば『健康になりたかったら野菜を食べなさい』という本があったとしたら、それはなかなか人の興味を引きづらいのではないでしょうか。逆に『健康になりたかったら野菜を食べるな』という本は売れる可能性があります。エビデンス的には全く間違いであるにもかかわらずです。センセーショナルな情報に疑いの目を持つということを受け手が意識することが大事なのではないかと思います。

――それでは最後に、どういった方に読んでいただきたいか教えていただけますでしょうか。

 まずは健康に関心のある方に読んでいただきたいです。健康に関する情報は玉石混交であるため、実は健康意識の高い人ほど逆に間違った情報を入手しており、良かれと思ってやっていることが、健康の向上につながっていない可能性があります。有象無象の研究がありますので、どの情報が正しくて、どの情報が間違っているのか難しいと感じている人も多いと思います。この本では質の高い研究結果を厳選してまとめてありますので、そういった形で迷子にならずに、正しい知識を最短で身につけていただけると思います。その次に、健康にあまり関心のない周りの方にぜひ薦めていただきたいと思っています。何をしたらいいかわからないから関心が出てこないという人もいると思います。どうやったら確実に健康になれるかわかれば実践してみようという気になるかもしれません。そういった人にこそ読んでいただきたい一冊です。

「小説すばる」2022年2月号転載