『ママがロックンロールしてたころ』刊行記念対談 東山彰良×佐橋佳幸(ギタリスト/プロデューサー)「パワーコードが飛んでくる」
十歳のある日、母を名乗る人物に連れられてサイドカーで旅をした久保田炳児。
東山彰良氏の最新刊『ママがロックンロールしてたころ』は、そんな炳児の音楽と共にある人生を、時に激しく、時に冷静に、それでいて滑らかに辿っていくような作品だ。
第一線で活躍し続けるギタリスト・佐橋佳幸氏を迎え、本作について、そして小説と音楽の魅力を大いに語っていただいた。
構成/タカザワケンジ 撮影/キムラミハル
メモ用紙がアーティストでびっしりに
――東山さんの『ママがロックンロールしてたころ』の刊行を記念して、親交のあるお二人に音楽と小説についてお話しいただきたいと思います。
佐橋 僕、『ママがロックンロールしてたころ』を読み始めてすぐに、メモを取り始めたんです。出てくるアーティストを全部書き出したんですが、すごいですよ、この数(紙に文字がびっしり並んでいる)。これだけたくさんアーティストの名前が出てくる小説って読んだことがない。だって普通、ヨーマ・コウコネンは出てこないでしょう。「ジェファーソン・エアプレイン」のギタリストだけど、ベースのジャック・キャサディと「ホット・ツナ」としても活動してるから、CDショップで「ホット・ツナといっしょにならべて」ってセリフがある。ここでこの名前が出てくるかって、爆笑しましたよ。ほかにもハリー・ベラフォンテの『Jamaica Farewell(さらばジャマイカ)』が出てきて、チャック・ベリーのバージョンもいいなんて書いてある。こんな小説はほかにないですよ。
東山 嬉しいです。佐橋さんがどう思うのか、気になってたんですよ。
佐橋 「なるほど、この話だったら対談相手に僕を選んでくれたのも分かるよな」と思いました。ギタリストだけでもたくさん出てくるけど、まさかレオ・コッケが出てくるとは。「澄んだ空気がレオ・コッケのギターの音色みたいに野山に満ちていた」なんて。12弦ギターの名手で僕も大ファン、すごいギタリストですけどね。
小説としては、ここのところ、東山さんの作品は『邪行のビビウ』と『三毒狩り』と、ハードボイルド路線が続いていたので、久しぶりにそっち方面とは別の東山さんの作品が読めて楽しかった。結局はどっちも泣かされちゃうんだけどね。
東山 よかった。佐橋さんにそう言っていただけてホッとしました。
佐橋 東山さんの小説はぜんぶそうだけど、いつの間にか心を揺さぶられていることに気づくというか、身体が反応してしまうんですよ。コロナ禍に『小さな場所』を読んだときも心にぽっと灯がともるような気持ちになりました。あの頃、世の中が荒んでいましたから救われました。
――お二人が知り合ったのはいつ頃ですか。
佐橋 いつだったろうと思って、東山さんと僕を引き合わせてくれたラジオパーソナリティの山本真理子さんにLINEで聞いてみました。二〇一七年の七月三十日でした。
東山 もう十年近いんですね。
佐橋 山本さんは以前からの知り合いなんですけど、山下達郎さんのツアーで福岡に行くときに連絡があって、「佐橋さん、相変わらず読書熱冷めてないよね」と言うから「移動中はいつも本読んでるよ」と答えたら、「東山彰良さんって知ってる?」と。「『流』でしょう。読んだよ」と言ったら、「やっぱり読んでたか。今度、福岡で紹介するから」って。真理子さんは東山さんと福岡でラジオ番組(RKBラジオ「東山彰良 イッツ・オンリー・ロックンロール」二〇二六年三月末に終了しました)をやっているんですよね。それで東山さんを紹介していただいたんですけど、お会いしたそのときに思ったのが、音楽にすごく造詣が深い。
東山 そんなことないですよ、ぜんぜん。佐橋さんに言われると恐れ多いです。
佐橋 その翌年、東山さんが『僕が殺した人と僕を殺した人』で読売文学賞を受賞されたときにメールをいただいて、「東京に知り合いがあまりいないので、授賞式に来てもらっていいですか」と。「僕でいいんですか」ってお返事したんです。
東山 図々しくお願いしたら、来てくださったんです。
佐橋 帝国ホテルの授賞式を後ろのほうで拝見して、その流れで東山さんと出版社の皆さんとの食事会に同行させていただきました。あのときに東山さんに紹介していただいた人たちのうち、二人ぐらいからいまだにメールが来ますよ。初めて知ったんですけど、文学業界の人って音楽に詳しい人がけっこう多いんですね。あのときも同業者と飲んでいるのかと思うくらい楽しかったんです。そんなご縁をいただいて、それからは博多に行くときには必ずと言っていいほど東山さんにご連絡して、お時間があればお会いしたり、東山さんと山本真理子さんのラジオ番組に出演させていただいたりというお付き合いが続いています。
この本に出てくる曲でCDをつくりたい
東山 最初にお会いしたときに、佐橋さんが福岡に来るのがちょっと遅れたんですよね。僕、その頃は市外に住んでいて、終電の時間があったので早く帰らなきゃいけなかったんですよ。佐橋さんが来てから一時間も一緒にいられなかったんじゃないかな。そうしたら佐橋さんのほうから後日、「最近この本読んで面白かった」というメールをいただいたんです。覚えてます?
佐橋 覚えてます、覚えてます。
東山 ジョン・アーヴィングの『神秘大通り』のことを書いていましたよね。すごく熱いジョン・アーヴィング愛にあふれたメールが来て、そのとき僕はまだ読んでなかったので、早速読んで、あれからしばらくジョン・アーヴィングを読んでました。
佐橋 プロの作家さんと知り合ったのは初めてだったので、嬉しくて、自分の小説への思いをぶつけたくなったんですよ。
東山 僕も嬉しくて。僕にとってはミュージシャンって本当に憧れの存在なんです。もし僕が本当になりたいものが何かって聞かれたらミュージシャンって答えます。もし僕にギターを弾く才能があったら、あるいは悪魔と契約してギターを弾く才能をもらえるなら、迷うことなくギタリストになりたい。なので、ミュージシャンの人たちと知り合うと子供に戻っちゃうんです。魔法使いを見ているような感じで佐橋さんたちを見ています。
佐橋 本当に音楽がお好きなんですよね。ギターの話をしているとき、東山さん、めっちゃ楽しそうですからね。
東山 佐橋さんが福岡でコンサートをやるときにご招待いただいたことも何度かありましたよね。根本さんとの「本日のおすすめ」とか。
佐橋 「本日のおすすめ」って、スターダスト☆レビューの根本要さんと二人でやっている、好き勝手に人の曲をやるだけのユニットがあるんです。
東山 読んでてお気づきになるところはありましたか?
佐橋 そういえば『ママがロックンロールしてたころ』の中に出てきた曲の中には、僕らがライブでやった曲もありましたね。
東山 そうです。さらには主人公が福岡物産展でギターを弾くシーンがありましたよね。僕、あのシーンは佐橋さんを思いながら書いたんですけど。
佐橋 えっ、本当?
東山 根本さんと佐橋さんがエアロスミスの「ウォーク・ディス・ウェイ」をやりましたよね。
佐橋 やりました、やりました。
東山 「本日のおすすめ」で聴いたときに、フォークギターでできるんだと。佐橋さんと根本さんのコンサートを思い出して書きました。
佐橋 そうか。あの場面でC7の話が出てきて「ちゃんと分かってるな」と思ったんですよ。「ウォーク・ディス・ウェイ」はC7というコードが延々続いて、皆さんご存じのリフだけの曲。そっか、あのときのことだったんだ。要さんに言っとこう。来週会うから。
『ママがロックンロールしてたころ』を読んでつくづく思ったんですけど、東山さんは本当に音楽がお好きですよね。『路傍』でも、いきなりブライアン・アダムスをジュークボックスで掛けますからね。ああいう場面に欠かせない小道具として音楽を見事に挟み込んでくる。僕のように音楽が大好きな人間としてはわくわくしちゃうというか。それこそノリが出るというか。実は僕、東山さんの小説を何日もかけて読んだことは一回もないんです。ばーっと一気に読んじゃう。東山さんの文章にはビートがあるんですよ。ビートニクだよね、そういう意味では。
東山 音楽はいつでも使いたいんですけど、ふだんは自制しているんですよ。あまり音楽と関係のない話で、細かいニッチなところばかりに凝ってしまうと嫌らしいので。今回は書く理由があるので、思い切り書けましたね。
佐橋 主人公の名前。まず、そこでぶっと笑うじゃないですか。炳児少年。このヘイ、初めて見る字でしたけど、そこからすでに笑いました。父親がジミ・ヘンドリックスと迷ったけど、いくらなんでも久保田ヘンドリックスはないだろうとか、ジミー・ペイジから取ったけど、そもそもペイジは名字じゃないと思ったら、ちゃんと突っ込んであってそれも笑えました。
僕はこの作品の中に登場するアーティスト名と曲名は、ほぼ知ってましたけど、唯一分からなかったのは、ドッケンというバンドの曲。
東山 ヘヴィ・メタルですね。佐橋さんはヘビメタは聴かないでしょう。
佐橋 東山さんは世代的にLAメタルがはやってた頃に十代だったんでしょう。
東山 そうなんです。一九八〇年代に十代だったので。
佐橋 その頃、僕はすでにスタジオミュージシャンの仕事をしていたせいか、あまりヘビメタは聴かなかったんですよ。作中に出てきたトニー・マカパインは知ってるし、もちろんマイケル・シェンカーも知ってるけど、マイケル・シェンカー・グループの「アームド・アンド・レディ」っていう曲は頭に浮かばなかったので、検索して聴いちゃいました。聴いてみたら曲は知ってましたね。
この小説をお読みになる方、東山ファンはたくさんいらっしゃると思いますけど、はっきり言って、出てくる全アーティストが分かる方って多分いないと思います。でも、今はネットで検索できるから、知らなくてもまったく問題はない。余計なお世話なんですけど、スポティファイみたいな音楽配信サービスと連動するといいと思いますね。そうすると、読んだ方も、これから読もうかなと思っている方も、どんな音楽が小説の中に流れているのかが聴けるじゃないですか。絶対、受けると思います。
何ならこの本に出てくる曲でCDをつくりたいなと思ったぐらい。ロックが中心だけど、ベッシー・スミス、ルー・リードって、すごく幅が広いじゃないですか。岡村孝子まで出てくるんだから。にやにやしながら読んでいたら、妻に気持ち悪がられて「コメディなの」って聞かれました。違うんだけど(笑)。

すでに起こってしまった後の物語
東山 なんでこの小説を書こうと思ったかっていうと、それもやっぱり音楽がきっかけなんですよ。自分が若い頃に聴いていた音楽にだんだん興味がなくなって、新しい音楽を聴くようになってきた。それって何が違うんだろう、と思ったんです。
僕は中学、高校時代、ずっとヘヴィ・メタルとかパンクばっかり聴いていたんですが、大学に入ってから、ローリング・ストーンズとかビートルズを経て、ボブ・ディランを聴くようになりました。それから長くボブ・ディランが好きだと言っていたんですが、いかんせん英語が分からないので、本当に好きなんだろうかと。それで今まで聴いてきた曲の歌詞をじっくりと読み直してみたんです。
若い頃に好きだった音楽って、これから何かが起こりそうなわくわくする予感や、分かりやすい世界観を歌った曲が多い。たとえば若い頃に聴いていたパンクは、俺もこれからぼろいジーンズはいて、だぶだぶのセーター着て、ポケットにナイフ持って歩くんだみたいな感じの未来を見せてくれた。でも、年を取るとだんだんと自分にはそんな未来はないと気づくんですよね。
その後に聴くようになった音楽はどうかというと、ずーっと長く何十年も聴き続けている音楽って、すでに起こってしまったことと折合いをつける歌詞が多いんです。
ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」という曲がありますよね。成功して着飾ったり、得意げだった連中がそこから転がり落ちた後に、今、どういう気分だ? 転がる石になったのはどういう気分だ? みたいな感じの歌詞。そういう歌がどうやら僕は好きらしい。
ジョニー・キャッシュの歌も、人を殺してしまった後の歌とかだったりする。ブルースもそうですよね。たとえば、ブルースを聴いて、これから俺はいっぱしの綿花摘み職人になるんだと思ったりはしない。
佐橋 むしろそこから逃げたい。
東山 そんな未来を否定したい。そんなふうに考えたときに、もう既に起こってしまった後のことを小説に書いてみたいと思ったんです。炳児に関して言うと、赤ちゃんのときに既に打撃は受けてるんですよ。母親に捨てられるという。彼はそのとき傷ついたかもしれないけれど、周りに愛情深い大人たちがいたからその後もすくすく成長していく。本来なら傷つくような大きな出来事が起こった後の、長いエピローグのような物語、派手なイベントに頼らない物語を書いてみたかったんです。
佐橋 なるほど。だからタイトルが『ママがロックンロールしてたころ』なんですね。最初はびっくりしましたよ。物語が始まってすぐにお母さんが死んじゃうじゃないですか。あっという間に。『ママがロックンロールしてたころ』というタイトルはどうしてなのかなと思いながら読んでいきましたね。
東山 タイトルは、ニック・ロウの「I Knew the Bride (When She Used to Rock and Roll)」からです。
佐橋 だよね。ニック・ロウから来てるんだ、やっぱり。
音楽から教わったことがたくさんある
東山 それと、短い文章で書かれたものすごく好きな小説で、ウィリアム・サローヤンの『僕の名はアラム』という本があるんですけど、この数年、僕はその支配下にあって、ああいう少年の物語を書きたいとずっと思っているんです。
カリブ海の作家さんたちが書いた少年の物語もわりと好きです。V・S・ナイポールの『ミゲル・ストリート』とか。イギリスの植民地だった頃のトリニダード・トバゴの首都、ポート・オブ・スペインの下町を舞台にした小説です。
少年の物語ではないけど、パトリック・シャモワゾーというマルティニーク島の作家さんもいいですよ。『素晴らしきソリボ』という小説があるんですけど、出だしからいきなりガッとつかまれるんですよ。「フォール=ド=フランスのカーニヴァルの夜、謝肉の日曜日と灰の水曜日の間に、語り部ソリボ・マニフィークは言葉に喉を搔き裂かれて死んだ」。
佐橋 すごい始まり方ですね。ということは、それ、翻訳されて日本で出てるということ?
東山 出てます。
佐橋 メモっておこう。
東山 ミラン・クンデラがこの小説を口承文学と記述文学の出会いだと評しているんですけど、語り部たちは文字を持たないから、我々小説家が使わない表現を使うんですよ。小説家だったら「西暦何年に何々があった」と書くところを、文字を持たない人たちは「何々大王のときの台風があった年」みたいな言い方をする。当然、言葉に喉を搔き裂かれることなんてないけれど、しゃべってるときにぽっくりいっちゃったことを、彼らはそう表現するんですね。
佐橋 言葉に喉を搔き裂かれる、という表現はすごいですね。そうかカリブ海にそういう文学があるんですね。音楽でもカリブ海をルーツにしたものはたくさんありますしね。
東山 音楽でいうと、伝えたいこととメロディーのギャップが僕にはすごく面白い。人殺しの歌をつくるとしたら、暗い感じの曲、あるいは攻撃的な曲になりそうだけど、ジョニー・キャッシュの歌はそうなっていない。メキシコにコリードって物語歌があるんですけど、そのジャンルの中にナルココリードというのがあるんです。ナルコって麻薬のことなんですけど、たとえば麻薬王の一生を陽気な感じで歌うんです。スペイン語が分からないから、聴くとウキウキするんですけど、下手をすれば、敵対するカルテルに殺されかねないんですよ。
佐橋 危ないな(笑)。
東山 陽気に歌ってる場合じゃない(笑)。自分が文章を書くときも、深刻なものを書きたいときにはちょっと軽い文体にして、ばかなことを書くときに重い文体にしたりします。それは音楽からの影響もあると思います。

東山彰良の文体はパワーコードだ
佐橋 昔、「悲しい歌は陽気な顔で、陽気な歌は神妙な気持ちで歌ったほうがいいんだぜ」と言った有名な歌手がいたらしいですけど、明るい歌だから陽気に歌おうというのは、聴いた人の何かを喚起させないということを言いたかったみたいですね。そうかもしれない。悲しいことを表現するときに、いわゆるマイナー、短調の曲を奏でる必要はないのかもしれないし。
音楽の話でいうと、いわゆるシティポップみたいな音楽でよく使うメジャー7っていうきれいな響きのコードがあるじゃないですか。『ママがロックンロールしてたころ』にはそういう響きがしないんだな。全部ストレートなパワーコードが聴こえてくる。そこに胸がすくんですよね。
パワーコードってどういうことかというと、つかんだら離さない力があるコード。ピアノを習い始めるときにまずみんなが覚えるCというコードがあって、それはドミソという和音なんですね。ド、ミ、ソって弾いた後に、その二個隣のシを弾くと、ふわあっとお紅茶でも飲みたいような気持ちになるんですよ。東山さんの小説にはそのシが入ってない。腰をふにゃっとさせない。だからパワーコード。ふにゃあっとさせてくれないのが気持ちいいんですよね。それは東山さんの小説すべてに言えて、最初に読んだ『流』にはまった理由がそれでした。
東山 今、ゾクッとしました。シの話とか、絶対作家同士の話では出てこないから。音を文章で表現することはあっても、自分の文章を音で表現してもらうのは、はじめての経験です。
佐橋 ド、ミ、ソの次に、シをフラットにした瞬間に東山彰良の文体が聞こえてきました。ブルースコードになるんです。シをフラットにしただけで、「僕」という字が太字になるイメージです。思いつきだけど、東山さんの作品の匂いを言い得ていると思います。東山さんの作品にはおしゃれな、しゃらくさいコードが出てこない。パワーコードに尽きる。もっと言うと、音楽的にはバックビートがちゃんとしてる。いわゆるロックンロールだと、ドッ、ダッ、ドッ、ダッという、二拍、四拍のバックビートがしっかりしているんですよ。
東山 自分では意識していませんでしたけど、僕は書くときに絶対音楽をかけるので関係があるのかもしれない。そのシーンに合った音楽を考えてかけるんですけど、書いている場面と合ってるときは邪魔にならないけど、合ってないとうるさく感じる。これは間違った音楽だなって、かける曲を変えたりします。
佐橋 作品ごとに何の曲がかかっていたか知りたいですね。東山さんの作品に僕が惹かれていた理由が今日分かりました。カウントを出し始めたところから、一気にエンディングのジャーンまでいいグルーヴが途絶えない。その感じが好きなんだな、きっと。東山さんの小説にはワン・グルーヴで突き抜けるビート感と、パワーコードの爽快感が溢れています。
東山 複雑なテンションコードとか使い切らないですもん。
佐橋 いいじゃないですか。雰囲気を変えたかったら、ギターソロを延々やって変えるという、そういう世界。まさに音楽、ロックですよね。『ママがロックンロールしてたころ』は音楽が好きな人たちにぜひ読んでほしいし、こんな小説があるって知ったら飛びつきますよ。僕に、音楽業界でお手伝いできることがあったら、いつでも言ってください。
プロフィール
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東山 彰良 (ひがしやま・あきら)
1968年、台湾台北市生まれ。9歳の時に家族で福岡へ移住。2003年、「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞受賞の長編を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』でデビュー。09年『路傍』で大藪春彦賞、15年『流』で直木賞を受賞。16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞、17~18年『僕が殺した人と僕を殺した人』で、織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞。近著に『怪物』『わたしはわたしで』『邪行のビビウ』『三毒狩り』などがある。
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