内容紹介
良い子にしないと、「へびつかい」になるよ
女性は中学生になると若さや美しさによって「おひつじ」から「うお」までの十二等級に順位付けされ、社会的地位と財産のある男性から望まれたら十五歳で結婚せねばならず、拒めば「へびつかい」と呼ばれ厳しく迫害される世界。中学生の有紗は、二人の友人と支えあって学校生活を送っていた。ある日、校外学習先の美術館で、アナウンサーの美優と出会い、その夫で開業医の白井とも交流を持つようになる。かつては作家で、今は料理の宅配の仕事をしている父と二人暮らしの有紗は、知らなかった裕福な暮らしに触れるようになるが――。
これは架空の物語――?
衝撃のディストピア。
プロフィール
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遠野遥 (とおの・はるか)
1991年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。2019年『改良』で文藝賞を受賞しデビュー。2020年『破局』で芥川賞受賞。他の著書に『教育』『浮遊』。
書評
ディストピアの追体験
江南亜美子
遠野遥がディストピア小説を書くとこうなるのか、という驚き。スターバックスやABEMAといった実在する固有名が物語世界に登場するとき、そこが遠く隔たった架空の王国ではなく、読者たる私たちと地続きの世界だとの錯覚が起きる。感染症が蔓延し、東京五輪が開催される、少し前の日本。だがこの物語で女たちは自由意思を持たない。
語り手は二人。一人は有紗という女子中学生だ。特殊な学院に通い、教師から「指示される前に、我々の望みを察知して動けるように」との教育を徹底される。この国では女性たちが容姿、年齢、既往歴などの情報のもと、12段階のランクに分けられる。日焼けは厳禁。遮光カーテンと日傘に守られた病的なまでの彼女たちの白さが、「吸血鬼」のあだ名のゆえんだ。15歳の学院生たちは最も価値が高く、加齢とともにランクは下がる。
有紗の父親はフードの配達人だ。経済的に無理をするのは、娘をよりよい結婚相手に嫁がせたいから。富裕層の男性は最大二人まで妻帯でき、最短で半年ごとにその妻を交換できるのだ。
もう一人の語り手は医師の白井だ。美優という妻への気遣いを怠らず、女性をモノ化しない稀有な存在にみえる。美優と美術館で知り合ったことで、有紗は白井家に出入りするように。交互に現れる白井と有紗のモノローグが、世界の異様さを際立たせていく。
SF的なガジェットは投入されない、並行世界的なディストピアにあって、女性たちは歴史の学習を禁じられ、筋トレも禁じられ、と思えば、流行の兆しという曖昧な方針転換で日焼けを推奨され、人形のように生きる。彼女たちがいかに反旗を翻すのか、価値観の転覆は何によってもたらされるのか。読者の鬱屈と反転への期待感は否応なく高まるが、著者はそう簡単にカタルシスを与えてくれない。
マスキュリニティは世界に浸透しきっている。法改正や刑罰の厳罰化が、人間の深層の差別意識を変えられるのかという問題も浮き彫りになる。白井は生身の妻ではなく、妻という概念を弄んでいるにすぎない。「今わたしは幸せであると胸を張って言うことができます」との有紗の言葉は、最大のアイロニーだ。遠野遥らしい怒りの一撃が胸に刺さる。
「青春と読書」2026年5月号転載
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