江國香織さんの新作長編『外の世界の話を聞かせて』が刊行されました。私設図書館「南天文庫」運営のあやめは、文庫に通う高校生のはるにときどき「外の世界の話を聞かせて」と頼み、陽日はその代わりに、あやめの子ども時代の話をせがみます。あやめはかつて「ピンクの家」と呼ばれた元公民館の建物で、三組の夫婦、四人の子どもと一緒に暮らしていました。日常と回想が地続きに描かれ、重なりあう物語です。
 対談のお相手は小説家で詩人の井戸川射子さん。「膨張」でデビュー以降、ショッピングモールや団地などさまざまな場所を舞台に、そこに佇む人々の痕跡を掬い上げてこられました。
 井戸川さんにとっての江國作品は、長年の愛読書であり、文章を書き始めるきっかけでした。江國さんは、井戸川さんが書き留めるディテールに魅了されたそう。おふたりのはじめての対話をお届けします。

構成/山本ぽてと 撮影/大槻志穂

「こんなふうに書いていいんだ」

――井戸川射子さんは、江國作品をずっと読まれているとのことですが、最初の出会いはいつだったのでしょうか。

井戸川 高校生の時、『ホリー・ガーデン』(新潮文庫)が最初の一冊でした。登場人物の果歩に憧れ、静枝に憧れ……。それから『流しのしたの骨』(新潮文庫)や『落下する夕方』(角川文庫)などを続けて読みました。
 実はそれまで文章を書くことはそんなに好きではなくて、授業などで仕方なく書いていた感じでした。江國さんの文章を読んで、「えっ、こんなふうに書いていいんだ」と驚いたんです。点と丸の打ち方、言葉の並べ方の独自性に。普通を目指して書かなくても、伝わるんだと。そこから江國さんの真似をするように書き始めたら、文章が上手くなって、授業でも褒められるようになりました。
江國 嬉しいけれど、意外です。私より文章が自在ですから。今回はじめて作品を拝読したんですが、中毒みたいに止まらなくなってしまいました。
 井戸川さんの小説は、文章の美しさと自由さが印象的でしたね。子どもの描き方が光っていて、子どもの大人っぽさといえるようなものがよく捉えられているなと思いました。
 身体性も伝わる文章です。『無形』(講談社)には、カンという今にも死にそうなおじいさんが出てきます。団地のみんなで餅つきをする場面で、小さく切られた餅を出されたカンは、「そんなに小さいんじゃ、米粒に戻っちゃうみたいじゃねえか」と言うんです。そのあと「昔は熱いまま躍るように食べたがとカンは思う、熱いものを熱いうちに、思いのままに」と続く。井戸川さんはまだ年齢的にも死から遠いはずなのに、今にも死にそうなおじいさんをよく書けるなと思いました。そういう身体性も面白い。
井戸川 カンは理想のおじいさんとして書きました。
江國 それからセリフも面白い。例えば女学生や高校生が喋っているところは、誰が何を言っているのかわからないくらい入り混じっていて、行も変わらずにカギカッコで続いていく。
 自分の中学生や高校生の頃を思い出しましたね。四、五人で喋ってたら、自分たちでも誰がそれを言ったのか、あとになるとわからない。でもみんな転がるようにファストフード店に入って、転がるように喋っていた。みんな一口もらったりもするから、誰が何を注文したかもわからない。井戸川さんの小説は、それを説明せずに感じさせる。
井戸川 最近は、どのセリフをどの人が言ってもいいんだなと思っています。『無形』を書いたときも、これはカンが言ったって、リユリが言ったっていいなと。
 文章内での人物の性格は、その人が何を言い、何をするかだけでつくられていくと強く思います。あらかじめこの人はこういう性格だと決めずに進んでいくので、書きながら、「あ、こういうこともする人なんだ」となりますね。
 小説を書いている時に、頭の中に映像が浮かぶという方もいると思いますが、私は人物の顔は全然浮かんでなくて……だからカンがどんな顔をしているか、知りません。どちらかといえば文字が、声となって浮かびます。
江國 声か、それは面白いですね。
井戸川 映像じゃなく、書いた部分の声が、浮かんでくる感じです。
江國 私も顔はつくらないと浮かばないな。髪も、長いとか短いとか決めない限り浮かびはしないですね。声も、浮かばないかな。
井戸川 何でも書かないとわからないタイプで。『この世の喜びよ』(講談社文庫)のような二人称小説も、「なぜ二人称で書いたんですか?」と問われても、「きっかけは、書いてみたかったから」としか答えられない。書いてみてから、自分のカウンセリングになったことに気づいたり、「あなた」と読者の距離が面白いなと思ったり。
江國 でもそれでいきなり二人称、『この世の喜びよ』はすごかったな。ショッピングモールのゲームセンターで働いている人が鍵束をいっぱい持っているでしょう。それって、読まない限り絶対思い出せないんですよ。私はあまりショッピングモールに行ったことはないんですが、あれを読むと、知ってる、私も見た、と思う。井戸川さんの小説にはそういうディテールが多いです。
井戸川 嬉しいです。ショッピングモールを訪れて、じっと観察していました。
江國 さっき「書かないとわからない」とおっしゃいましたが、書かなければ消えてしまうような、留めておけないディテールというものがありますよね。井戸川さんの小説の中には、それがいっぱい出てくるから、読んでいてとても幸福でした。

――江國さんの作品にも豊かなディテールがたくさん出てきますよね。

江國 好きなんでしょうね。できるだけ説明をしたくないと思っているので、ディテールで見せるしかない。その人が朝、パンを食べる人なのか、コーヒーだけなのか、ご飯と味噌汁が欲しい人なのか。車を運転するのか。どんな服を着ているのか。お餅が好きか。私立の小学校に通っていたかとか。
 短編、中編では書きながら決めますが、長編のときは登場人物の特徴を一覧表にしています。例えば、身長や体重。どちらの背が高いかで、視線も変わるし、抱擁の仕方も変わるので。小説には直接書かないけど、決めていることも多いですね。できるだけ具体的なもので、登場人物を見せたいなと思っています。

江國香織井戸川

ピンクの家は本当にあったんです

井戸川 今日はお聞きしたいことがたくさんあって、質問ノートをつくってきたんです。まず江國さんの最新作『外の世界の話を聞かせて』では、「外」と「内」が書いている時の関心事なのでしょうか。
江國 関心事。そうですね。
井戸川 あやめは私設図書館の南天文庫を運営していて、そこに通う高校生の陽日に「外の話をして」とときどきお願いしています。
 一方で、あやめが幼い頃に過ごしていた「ピンクの家」が、陽日にとっては「外」の世界の話でもあります。特にピンクの家は元々公民館だった建物で、三組の夫婦と五人の子どもたちが不法に共同生活をおくっているという変わった設定です。これはどのように着想されたんでしょうか。
江國 どこからだろう。順番ははっきり思い出せませんが、昔、私も私設図書館に通っていました。南天文庫のように、夜は大人向けのセミナー、昼間は子どもたちに本を貸す場所でした。当時は大人向けのセミナーに通っていたのですが、その場所のことはいつか書いてみたいと思っていたんです。
 でも今回はピンクの家の方からの着想でしたね。元々トーベ・ヤンソンの『ムーミン』が好きで、ムーミン谷のような場所を書きたくて。ピンクの家の人々の自由さ、身勝手さ……ルールをルールと思っていないところ、ルールは自分たちが決めればいいと考えているところをムーミン谷の住人たちに重ねています。
 ちなみに、ピンクの家は三重県に本当にあったんですよ。
井戸川 本当にピンクだったんですか?
江國 そうなんです。かなり薄汚れたピンクなんですけど。地元の人にこれはなんですか? と聞いたら、元公民館なんですよと教えてもらいました。実際見たのは何人も暮らせるような建物ではなかったんですが、こんなところに住んだら楽しそうだなと思いましたね。
井戸川 現在ではすでに亡くなっている、あやめの母、輝子がピンクの家のことを現在形で語る、一九七〇年代のパートが面白かったです。江國さんの書かれる小説では、珍しいですよね。
江國 珍しいと思います。そのパートは、連載のあと本にするにあたって書き足したんです。
井戸川 それによって、物語が重層的になっていると思いました。あやめも真実子まみこいさおも、かつては子どもだったことが確かなこととして立ち現れるなと。
江國 最初はタイトルの「話を聞かせて」の通り、ピンクの家のことはすべて過去の話として、会話のなかで描く形にしようかなと思っていました。でもそれだとライブ感が足りないと思って、ピンクの家に住んでいた輝子の視点のお話を入れました。
井戸川 特に輝子のパートでは、「戦後」や「学生運動」といった、これまで江國さんの小説ではあまり見なかった言葉が出てきます。
江國 小学生くらいの頃って、戦争は歴史だと思っていたんです。戦争って昔あったらしいねって。
井戸川 江國さんのご両親は、戦争を経験したという世代でしょうか。
江國 そうですね。うちの母は第二次世界大戦中に工場で働いていました。私が生まれたのが一九六四年で、終戦からだいたい二十年しか経っていない。母からすると、「ついこの間」だったんじゃないかと思います。だって今の私は、二十年前を「ついこの間」と思っていますから。二十年前と今とほとんど同じ暮らしをしていて、しょっちゅう行くバーに二十年前も毎晩のように通っていた。その後の学生運動や、日本赤軍については、もちろんニュースで見て知っていましたが、自分とは関係ない人たち、変わった人たちだなぁと子どもの頃は思ってきました。でもそれらは全部、今につながっているのだと大人になって感じますね。

どの家族も、面白くないはずがない

井戸川 江國さんが以前、「書きたいもののひとつに家族がある」とおっしゃっていたのを読んだのですが、ピンクの家の人たちは、その仲間版というか、三つの家族が集まっています。
江國 仲間版ですね。私は家族の話を書くのが大好きで。
井戸川 私も好きです! でも自分でもなぜ好きなのかわからない。
江國 家は閉ざされているから、外からは見えない。例えばお友達の家に遊びに行ったら、一瞬は見えるけれども、普段の様子とはいえないですよね。どの家族にもそういう謎があって、面白くないはずがない。
井戸川 ピンクの家の人たちは、血縁だけではない家族と言えますよね。
江國 これまで血縁や婚姻関係があるのが家族として「普通」とされていたけれども、どんどん変わってきていますね。もっと変わっていい、もっと自由になればという気持ちが私の中にはあります。世の中の変化とともに、私の小説の家族像みたいなのも変化している。
 家から駅まで歩いて三十分ぐらいなんですが、今日はお天気がいいから公園を抜けて歩いてきました。そしたら中学生か高校生くらいの制服の男の子二人が手をつないで歩いていたんです。昔だったら、男の子同士が手をつなぐことってあまりなかったし、からかわれたりもしただろうし。二人の関係はわかりませんが、でも彼らの周りには、からかう人がいないんだろうなと。いい世の中になってきていると思う。
 だからピンクの家の人たちが、七〇年代に血がつながっていない家族として生活していたのは、早かったともいえますね。
 ピンクの家で暮らした子どものひとり、功は独身ですが、道で見かけた男性を「拾って」家に住まわせたり、その人がまた違う人を拾ったりしている。功の家もひとつの家族の形だと思います。いろんな家族、あるいは家族のようなものがある方が面白いし、自由でいいなと思っています。
井戸川 功には真実子という姉がいます。私は家族を書くことと同じくらい、姉妹を書くのも好きで。
江國 井戸川さんは御姉妹?
井戸川 姉妹です。三姉妹の長女です。姉妹の機微はなかなか……
江國 面白いですよね。
井戸川 江國さんも御姉妹ですよね。江國さんの書く姉妹が大好きです。実際のことをもとに書かれているんですか? と聞かれますか?
江國 いっぱい聞かれます。
井戸川 私もよく聞かれます。でも自分の体で感じて、自分の知っている言葉で書いているから、結局は自分のことといえるか、とも思います。
江國 もちろん自分がやったことや言ったことを、そのまま書いているわけじゃないんですが、でも絶対に出ちゃいますよね。自分の言ったこと、やったこと、見聞きしたことが。
井戸川 きっと自分の姉妹関係を、他の愛情や友情に投影したりもしているだろうし。
江國 それを裏返して書いてもいいわけだから。逆もまた真なりと。
 井戸川さんは兄弟を書くのも上手だと思いました。『無形』で今まで一緒に寝ていた兄弟の部屋が分かれて、弟は乗り気で喜んでいる一方、兄は慣れないなと感じるシーンがあって、それがすごく切なかった。
井戸川 上の方が執着していたりしますもんね。
江國 します。うちは完全にそう。妹は、「えっ、そうだっけ?」って思い出をなんでも忘れて、姉の方が感傷的。
井戸川 兄弟や姉妹のように、一緒に育った者同士は何かありますよね。ピンクの家の子どもたちも、血はつながってなくても一緒に育っています。
江國 そうですね。一緒に育つっていうのは大きいことだよね。
 井戸川さんの『私的応答』(講談社)に出てくるぎんどうは兄と妹ですけど、銀史はいいお兄ちゃんですよね。セミ取ってくれたり。
井戸川 台車を乗り回して高いところから飛び降りたりして。
江國 銅子は小さい頃に、銀史と一緒に山にセミを取りに行って、地面が崩れる経験をしますよね。銅子は大人になって、家を出た銀史とは音信不通になっている。でも震災があった瞬間、「私ら見とったもんね、地は割れるもんね、と蝉を握ってた頃の兄ちゃんの肩を叩きたい」と銀史を思い出すでしょう。
井戸川 二人は、「地は割れる」と知ってたもの同士なんです。
江國 読んでいて、ああ、やられたと思いました。この言葉、私はずっと覚えていると思う。それで何度も反芻してしまうと。

江國香織井戸川

縛りがない方が、信じられる

井戸川 夫婦は選べますが、親も子も兄弟姉妹も選べない。その逃れ難さも書きたいし、そこから離れた個人も書きたい。いろいろな関係を書いてみたいという思いがあります。
江國 井戸川さんの『私的応答』の中に、ミサンガのシーンがありますよね。短期留学した子同士でミサンガを買う。
「友だち何人かでお揃いのミサンガ、ただただ市場でその場にいただけのメンバーで買ったミサンガ、でも同じ場におったということは、何よりも大事なことやから。パパやじいちゃんなんかより、近しい存在ということやから」と。
 親友の誓いではなく、たまたまその場に居合わせた者同士のお揃いのミサンガ。その子の家は父も祖父もいなくなってしまったから、血のつながった家族よりも、あの時市場にいた人たちの方がある意味で確か。その感覚はよくわかります。約束のない仲間感は、清潔で、かえって信じられる。
井戸川 その場に一緒にいた、それだけは確かだから。
江國 『外の世界の話を聞かせて』でも高校はあまり愉快な場所として書いていませんが、クラスメートが何人か一斉に噛んでいるブルーベリーのガムの匂いを陽日が感じる場面があります。学生時代は、友達か、同じグループか、とかに関心が向きがちですが、少なくともそのときに同じ場所にいたのは厳然たる事実なんです。
井戸川 友情は不確かなものですよね。
江國 井戸川さんの小説の登場人物は、友情なんてすぐ消えると思っていますよね。
井戸川 友情を、儚いから良いと思ってる節があります。でも私は江國さんの書く親友や友人が大好きで、強固なものだと信じられる感じがします。
 例えば『ホリー・ガーデン』の果歩と静枝は学生時代からの長い友人ですが、お互いに聞けることと聞けないこと、触れられない部分があって、暗黙のマナーのようなものがある。
江國 若い頃に読んだ、昔のアメリカの小説で、家族や恋人が信じられないのはわかる、でも友達が信じられなくなったら終わりだというような言葉があって。
 誰が書いたのか忘れてしまったんですが、納得したんです。『私的応答』のミサンガはそのような話だと思いました。一生一緒にいるとか、他の誰とも違うとか、友人同士で一瞬そう思うことがある。その一瞬を信じたい。友達や仲間は約束がないから、縛りがないからこそ、信じられるのかもしれません。

子どもって変化が嫌い

井戸川 『外の世界の話を聞かせて』では「変化」というものが印象に残りました。その中でも一番変わるのは、陽日の友人の瞳だと思います。学校で無視されても、超然としたふりをする瞳。でもクラスの、つながりのないような子の動向やあだ名も把握している。学校に行けなくて、自宅学習をしています。ピアスを開けたり、口癖も変わったり。読みながら、「瞳、頑張れ」と応援していました。
江國 そうですね。瞳が一番、この小説の中で変化しています。私は突然現れた瞳のボーイフレンドみたいな人が気になる。どういうつもりなんだろう。悪い人ではないと思うんだけどね。
井戸川 書いた江國さんにもわからないんですね。身長や体重は決まっているんですか。
江國 わからないです。急に出てきたから。
井戸川 いい子だったらいいけど。
江國 陽日が変化する瞳を見て、嫉妬するところは自分も思い当たります。嫉妬って恋愛と結びつけられて考えられがちだけれども、実は恋愛よりも、ああいう時に発生する。私も妹が実家で男の人と住み始めて、生活を変えた。いい人だとわかっているのに、私は嫉妬しています。妹を取られた気持ちになって(笑)。
井戸川 不思議ですね。自分は先に家を出ているのに(笑)。
江國 だからあの時の陽日には同情しました。瞳が一番外界にさらされているから、出会いも多いだろうし、変化のための何か触媒みたいなものが必要だったのかもしれない。特に女子校に通っていた瞳にとって、初めての男の子の友達かもしれず、それはブランニューですよね。ブランニューというだけで価値があるんです。きっと若いときはね。
井戸川 友人の瞳が変化したことに対して、陽日が「たぶん私は、変化がいやなんだと思う」と言い、功とあやめが「変化だけはどうしようもないよね、馴れるしかない」「万物は流転するし」と答えるシーンがあります。
江國 そういわれても、陽日は変化がいやでしょうね。
井戸川 年をとったら「仕方ない」と思えるんでしょうかね。あやめは、母である輝子の「そんなことを言ったって、仕方がないじゃないの」という言葉を思い出し、こう回想しています。

 昔の人がみんなそうなのか個人の特性なのかわからないが(伯父や伯母やありちゃんや健ちゃんを考えるとあやめには前者であるように思えるが)、母親にはさっぱりしていて潔いところがあった。感傷を嫌い、変化をおそれないようなところが。もしかすると、それこそがあのピンクの家の気風だったのかもしれない。

(『外の世界の話を聞かせて』)

江國 昔の人の方が変化を受け入れていたように思います。個人差もあるでしょうが、自分の親世代の方が「執着はみっともない」と思っていた気がする。
 それは私の周りの大人だけではなく、映画やドラマでも。大人が内心どう思っていたかはわからないけれども、感傷的になって、昔は良かったとか、ああだこうだ言うのはみっともない、それが大人の美学だとする感覚があったのかもしれません。やせ我慢も含めて。
 逆に、私くらいの年齢の人たちは言いっ放しです。昔はああだった、昔はよかったと(笑)。私も「なんでもかんでも機械になっちゃう」って、ついぐずぐず言ってしまいがちです。それでも子どもの時よりは受け入れざるを得ないでしょうね。
井戸川 確かに。大人になると、もうそういうものだと。
江國 それはもう、いや応なしにという部分があります。子どもって変化が嫌いですよね。
井戸川 私もまだ嫌いです。すぐ感傷的になってしまいます。
江國 私もわりと嫌いです。子どもだからかもしれないですね。年を取っても子どもであることはあり得るから。
井戸川 江國さんの最近の小説では、年を重ねた人が魅力的に描かれていますよね。『外の世界の話を聞かせて』でも、陽日が大人たちに対して「可能性と希望」を感じる場面が好きです。

もしかするとこの人たちは、陽日の想像する嫉妬――暗くて陰湿で不穏でおそろしげな感情――とはほんとうに無縁なのかもしれないと思った。だとしたら、これはすごくいいニュースだ。そういう大人が存在するという事実に陽日は何か大きな可能性を感じる。可能性と希望を。

(同前)

江國 そうそう、あそこの場面は私も好きです。嫉妬したことがない大人がいるとしたら……
井戸川 確かに可能性や希望があります。
江國 あやめと功には嫉妬の感情が欠落している気がします。功の姉である真実子にはあるでしょうね。
井戸川 あやめのように嫉妬もなくて「万物は流転する」と思えたら、理想ですね。
江國 ただ、そうすると、世界からはみ出してしまうとも思う。あやめは、自分から物事に深く関わろうとしません。生きやすそうですが、寂しい感じもしますね。仲間のような家族のような人たちがいるから、わかりやすい意味での孤独ではないのかもしれないけど。
井戸川 確かに。あやめが孤独を感じているとは思えない。一方で、真実子は自分を「孤立無援」だと感じて、そういう時に、頑丈な石壁に囲まれている自分を思い浮かべているのが印象的でした。
江國 真実子はそうですね。でもどっちが強いのかわからないですね。
井戸川 確かに、時と場合によって違いそうです。
 陽日が大人たちに対して「可能性と希望」を感じるところが好きなのは、私も教師をしていた頃にそういう大人の一例として……
江國 えっ、先生だったんですか!?
井戸川 あっ、そうなんです、高校で国語を教えていました。詩を教えるのが難しいなと思って、詩を書いて投稿するようになって。だから、教師になって本をたくさん読むようになり、言葉が湧き出た感じです。教師にならなかったらこうして文章を書いてなかったと思います。話を戻すと私も、ただこういう人もいるという一例として、生徒の前に立っていたなと。
江國 えー、すごい。先生かあ。それで詩を書き始めたんですね。意外です。

江國香織井戸川

本の中も「隙間の場所」

――『外の世界の話を聞かせて』では、真実子が火葬場で働いている設定が印象的です。先ほど「ディテールで見せたい」とおっしゃっていましたが、職業もそのひとつなのでしょうか。

江國 小説を書く時に、その人がどのような職業なのかはよく考えますね。真実子も小説の中で言ってますが、多くの人はお金を得るために働いているけれども、仕事は人格にも関わってくるし、生活にも影響が出る。夜働いているか、昼働いているかで、日々の暮らしも違います。
 真実子が火葬場で働いているという設定は、この小説を支えていると思います。火葬場は外でもあり内でもあり、変化する場所であり、普遍の場所でもある。
井戸川 「結局のところ、人はみんないずれ死ぬのだ。ここで仕事をしていると、その事実を日々忘れずに済む」と真実子は言いますよね。忘れずにいたいけれど、それを忘れずにいるのは辛いことでもありますよね。
江國 そうですね。でも忘れずにいる方が安心ということもあります。
 人が急に死ぬのは、言葉の上では、もちろん子どもの頃からわかっていたことですが、年とともに実感されます。本当に人って急に死ぬんだな、この間まで元気だったのにと。
井戸川 でも、真実子は実感し続けることによって安寧を感じている。
江國 その通り、安寧です。
井戸川 私も『無形』で火葬場を書いたのですが、文章が浮かんでくる場所ですね。
江國 火葬場は、外と内の「あいだの場所」である気がします。
 学校とも家庭とも違うあいだの場所、「隙間の場所」とでも言うべきものが、人間には必要だと思います。陽日のピアノレッスン室も、学校の中では隙間の場所だろうし。あと本の中もある種、隙間の場所だと言えます。隙間がなかったら、窮屈過ぎますよ。外でも家でも一人になれる場所がないと。いくら愛していたとしても、ずっと一緒にいたら息がつまってしまう。
井戸川 確かに、本も隙間の場所ですね。南天文庫で語られるあやめの話も、本と似ています。人のお話も隙間の場所なのかもしれません。
江國 そうですね。人から聞く話も、本の中も、ここではない。
井戸川 自分から離れて、逃げ込む隙間なんでしょうね。

「わからない」と「わかってしまった」

――お二人とも詩と小説、両方を書かれていますが、どういう風に書き分けていらっしゃいますか。

江國 ひとつの素材があったとして、それを詩にするか、小説にするのか迷うことはないですね。素材は本来どちらにもなれるはずだと思っていて、そのひとつだけでは小説にならないとしても、ディテールになったり。いい素材はなんにでもなります。メモはたくさんとっていますね。
井戸川 純文学と詩は距離が非常に近いと思います。両者ともストーリーが説明され過ぎないし、長い詩もあれば短い小説もある。
江國 区別がつかない場合もありますね。散文詩もありますし。
井戸川 作者がこれは詩ですと差し出したら詩ですし、小説と言ったら小説になると、実作者としては捉えようかなと。小説も詩のように、全部自分の好きな一文で書くつもりで書いているので、違いが難しくて。詩に入れた一文が、小説の方がいいかなとふわっと移動させることもあるし、逆もあります。だから言ってしまえば、「差し出すしかない」感覚です。
 あと私は「わからない、わからない」と思いながら書くのが詩で、「わかってしまった」と思いながら書くのが小説だと今は思っていて。
江國 「わかった」じゃなくて「わかってしまった」なのね。
井戸川 「わかってしまった」ですね。自分の小説の世界のことはわかる。書いている時に、かなり先はわからないけれど、この次のことはわかってしまっている。一方で、不思議を不思議のまま差し出すのが詩だと思ったんです。
江國 かっこいい。
井戸川 わかってしまった、「ああ、そうだったんだ。この二人で木を切るんだ。そうなるよね」と。
江國 あります、あります。その時、嬉しいですよね。だって常にあるわけじゃないから。
井戸川 そうですね。道を歩いている時に偶然見たもので、はっと思い浮かぶこともあります。この道を通らなかったら、思いつかなかった。だから偶然を紙に書いているみたいなところもありますね。
江國 最初からわかって書いたらつまらないんじゃないかなぁ。わからないから知りたくて書くようなところがあるので。だからわかったって思える時は、上手くいっているんだと思う。このあいだ書いた『ブーズたち 鳥たち わたしたち』(角川春樹事務所)という小説で、女の子どうしのカップルが妊娠するんです。書きながら、ああ、そうだったんだって思えたんです。
井戸川 そう思えると、気持ちがいいです。
江國 うん。そうです。でもそんなに、しょっちゅうはないけどね。

書いておかないと消えるもの

井戸川 江國さんの小説『ちょうちんそで』(新潮文庫)も好きで。「自分の人生に、もし後悔することがあるとしたら、それはあのとき妹と疎遠になったことだと、雛子は思う」の部分で泣きそうになるんです。
 もう会わない人っているじゃないですか。仲たがいもあるし、音信不通もあるし。あの寂しさってすごいですよね。
江國 すごいです。わかります。部屋が分かれてしまう『無形』の兄弟も。あの兄弟は別に疎遠になったわけではなく、ずっと仲よしです。それでも部屋が離れるのは、それまでとは違う。二度と同じには戻れない。いくら仲よしでも二度と同じに戻れないのは切ない。
井戸川 その一瞬に、スポットライトを当てることしかできない。
江國 そうですね。そういう切なさって、言葉にしないと存在しません。人が死んじゃったとか、喧嘩して別れたとかだったら記憶に残るかもしれないけれども。そういうことって言葉にしないと残らない。
 井戸川さんの『私的応答』の「台所から母ちゃんと厚美の大笑いが聞こえて、すぐに今何で笑っとったん? と聞きに行って、まだ笑う二人から後で聞くんではそんなにおもしろくはないけど私も微笑む、そういうこともここにはもうない」のところ。
 多くの笑いって一瞬です。一瞬だから、あとから説明されても別に面白くない。でもなんで笑っているのか、知りたいし、混ざりたい。そういうのも、書いておかないと消えてしまいます。「そういうこともここにはもうない」と。
井戸川 もう一瞬後には、ここにないものですね。
江國 ないもの。大きい幸せも大事ですが、こういうささやかなことで日々はできているから、文字で見せてもらえるとぐっときちゃいます。
 昔、駒沢公園のそばに住んでいた時に、スプレーで「ずーっと仲よくしようね。ミキ、カオリ」みたいな落書きを公園で見つけて。女の子同士の名前が書いてあったんです。それを見て、泣きそうになっちゃって。その子たちのことを知らないから、どうなったのかも知りようがない。でも二人の関係性は同じではあり得ないわけで。
井戸川 でもそう落書きした瞬間は確かにあった。
江國 そう、あった。そういうことを小説にしたい。書いておかないと、物語にしないと消えてしまうこと。
井戸川 なかったことになってしまう。
江國 なかったことになりますよね。だって仮にその後も仲よしであっても、それだけでは単に仲よしの二人。そんなことを落書きしたということは、書き残さないと消えてしまうような気がする。大事なのは仲よしである点ではない。そんなことを書いてしまうような二人だったということ。面白いですよね。人間って。

(2026.2.3 神保町にて)