内容紹介
アディショナルタイム あなたが雑踏に紛れて粗い画素になるまで
頭に描いたものと、目で見たもの。
記憶しているものと、今ここにあるもの。
それらの間にはきっと時間的、空間的、詩的な差分が存在している。
「差分」がはらむエモーションを、移ろいゆく一瞬の光景と感情を、
短歌と散文、ふたつの言葉で集めてみたい。
歳月・音源・景観・速度・手動・Magic・往来・真偽・Floor・温度・通信・余白・Transit・反射・輪郭
15の窓から切り取った鮮やかなスケッチ。
大人気歌人による、待望の短歌×散文集!
プロフィール
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岡野 大嗣 (おかの・だいじ)
1980年大阪生まれ。歌人。2014年に第1歌集『サイレンと犀』、19年に第2歌集『たやすみなさい』(ともに書肆侃侃房)、21年に第3歌集『音楽』(ナナロク社)、23年に第4歌集『うれしい近況』(太田出版)、24年に『うたたねの地図』(実業之日本社)、25年に佐内正史との共著『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社)を刊行。その他、著書多数。NHK短歌の選者や講師としても幅広く活躍する。
対談
岡野大嗣×津村記久子「人生の「しょうもない」ことを光らせてもいい」
書評
歌の体、文の体
滝口悠生
「歳月」「音源」「景観」など十五の章からなり、各章いずれも始めに散文が、続いて短歌が置かれている。ふたつの形式が並ぶことで、そのあいだにひとつの体が、句体と文体を支える体が見えてくる。時間に敏い体、音に敏い体、その時々で様々な敏感さを備えた体が「世界との間に立ち上がる気配」を捉える。短歌は永遠を一瞬に、散文は一瞬を永遠にする。体は屈伸運動をするように歌と文を繰り出す。
奇妙なタイトルの秘密は冒頭に序章的に置かれた散文にある。朝の目覚めの情景ではじまり、「朝なのに夜みたい」と正しい「なのに」の用法で締められるスケッチのような一段落。その後も二文で一段落を構成する(短歌とは違う)定型を守りながら、人称の示されない主体は外に出て街なかを歩き、「冬なのに夏みたい」「風なのに声みたい」と何気ない景色を逆接で結んだ二語で縁取っていく。しかし次第に結ばれる二語の対立は緩み、日が落ちる頃には「街なのに街みたい」と「なのに」を挟んで同じ語が並び、結局一度も自称を用いなかった主体の一日とこの散文は「夜なのに夜みたい」な夜を迎えて終わる。
短歌は言うまでもなく、「なのに」という語が続く語に逆説的な対立を要請するように、一見自由で不定型な散文にも随所に型のような力学は働いている。歌も文も、それを構成する言葉は誰もが自由に使用可能ないわばフリー素材で、書き手の創意は用いた語自体でなくその用法に働く。どの夜も誰の夜も同じ夜という名だが、「なのに」という語で同じ二語を結ぶ新たな型のもとに特別な「夜」が現れる。冒頭の散文は一日の経過とともにその型の創出される過程を描いている。
「輪郭」と題された最終章には死の気配が濃い。誰の体もいずれは死を迎えるが、言葉は不在となった存在の輪郭をその後にまで留めるものでもある。最後に置かれた一首は、ぜんたいに希薄だった「わたし」という自称を三つも用いて、しかしそこに他者の声を豊かに響かせる。体が消えて死と生が連絡する。短歌なのに古武術みたいだった。
「青春と読書」2026年5月号転載
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