『うまれたての星』刊行記念インタビュー 大島真寿美「少女漫画編集部という宇宙、ジグザグした形の星をまるごと描きたかった」
大島真寿美さんの新作『うまれたての星』の舞台は、少女漫画誌「週刊デイジー」(「週デ」)と「別冊デイジー」(「別デ」)の編集部。二誌の創刊十周年にあたる一九七三年に向かう、約五年の日々が描かれる。
最初に登場するのは、編集部で経理補助を担当する、高校を卒業したての新入社員・牧子。このことが示すように、本作は漫画家や漫画編集者だけでなく「当時の編集部まるごと」を写し取った物語だ。
子どもの頃、「週刊マーガレット」「別冊マーガレット」を愛読していたという大島さん。少女漫画誌について書こうと決めてから十年、どんな経緯でこの小説が生まれたかについて、また大島さんの創作やフィクションに対する考えについて、じっくりとうかがった。
聞き手・構成/門倉紫麻 撮影/露木聡子
「大島史観」で書いた、少女漫画誌の歴史
――少女漫画誌について書こうと思われたのは、いつ頃でしょう。
最初に編集者に「書く」と伝えたのは十年以上前……(マーガレット五十周年を記念した)「わたしのマーガレット展」があった頃です。ただ書きたい気持ちは強くても、どう書けばいいのかはさっぱりわからず、そのままになっていたんです。でも二〇一九年に『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で直木賞をとった翌年、お祝いしてくださった古い知り合いが過去に少女漫画の編集者だったことがわかって。当時の話を聞いているうちに、「あれを書く時がやってきた!」と。どこに焦点を当てればいいのかが見えました。
――「編集部」を書くという発想もそこからですか。
それはもとからですね。小学生の頃から「これを作った人は誰なのか」が気になるタイプでした。「マーガレット」編集部のことも、あそこには一体何があるのかとずっと気になっていて。あの時代の少年漫画の編集部の話はたくさん読めますが、少女漫画の編集部の小説は読みたいと思ってもほぼなかったんです。それなら私が書くしかないや! と。
――当時を知る方にたくさん取材をされたそうですね。
編集者はもちろん、漫画家さんとそのご家族、製版所の方、カメラマン……いろんな方に取材しました。もうね、お話が面白くて面白くて。子どもの時に聞きたかったことをいっぱい聞きました。たくさんの方々が協力してくださったので、それを残さなくては、という気持ちも強かったです。「こんなに長い小説になっちゃったけど、大失敗になる可能性もあるな……」と思ったりもしたんですが、つまらないものになったとしても、この時代の少女漫画編集部のことをちゃんと取材して書いたという意義はあるはずだから、許してもらえるかな? と。「大島史観」で書いた、少女漫画誌の歴史ですね。私にとっての真実を書きました。
――実在する作品名や漫画家の名前は出てきませんが、想像がつくものはありますね。それを考えながら読むのも楽しいのですが、そこに重点を置いた小説ではないと感じました。
そうなんです。『うまれたての星』というタイトルにしたのは、当時の編集部まるごと、その宇宙を書きたかったからです。編集者には最初「こういうものが書きたい」と、ジグザグした星の形を描いて見せたんですよ。誰か一人が主人公ではなくて、いろんな人が持っているものが組み合わさって、きれいな球体ではない星ができるんです、と。それをまるごと描きたいと伝えました。
――取材を始めてからはすぐに物語は固まったのでしょうか。
ずっとグラグラしていました。本当に少しずつ、イメージを膨らませていきましたね。取材したものを、一回全部自分の中に入れるんですよ。入れて、ろ過する。そうすると文字になる。連載を始めてからも取材を続けていたので、なかなか方向は定まりませんでした。
――一つの大きな筋が通っていると感じて読んでいたので、意外です。
大きい筋は何もわからないんですよ。小説が連れて行ってくれるので。私がちゃんと小説の下僕になれるかどうか、なんです。
――自分で「こうしよう」と思って書くわけではない、と。
そうですね。「これは小説が求めている一行かどうか」の検証に時間がかかります。自分で「こうしよう」と思った一行を入れると、その行が後々まで話をおかしくして、失敗する。取材した漫画家さんも同じことをおっしゃっていたんですが、漫画家さんの場合はネームを編集者に見せますよね。この小説の「小柳編集長」のモデルになった編集者にネームを見せると、どこでおかしくなったかを指摘されるんですって。
――なんと……! 鋭い編集者にはわかってしまうのですね。
ゾクゾクッとする話でしょう。教えてくれる人がいるっていいなと思いましたね。小説にはネームがないので。
少女漫画から受け取った良きものは、「熱」だった
――少女漫画が生み出される場所の持つわくわく感だけでなく、泥臭さや狂気のようなものも強く伝わってきます。特に後半、『ベルサイユのばら』と思われる作品が登場し、編集者も読者もみな常軌を逸していく――というくだりは圧巻でした。
取材を忠実に反映しただけなんですけどね。読者コーナーには実際「『ベルばら』は私を狂わせる」という投稿が載っていたんです。書くにあたって、三回くらい『ベルばら』を読み直したんですが、これは女の子たちへのエールの物語だなとつくづく感じました。だから女の子たちがあんなにも強く反応したのだと思います。
――フィクションの持つ力、凄みが、伝わってきました。
フィクションは、人の心をそそのかすものだと思うんです。私もそそのかされて、こんなわけのわからない人生を歩んでしまいました(笑)。そそのかす、はちょっと嫌な言い方ですけど、フィクションは豊かさを教えてくれるものですよね。「今あるものでOK」で終わらせるのではなくて、豊かなものはまだ「こっち」にいっぱいあるよ! ということを見せることができる。今の時代、「こっち」が痩せつつある気がしているので、私も小説でそれを見せたいというか、思い出そうよ! と言いたい気持ちがあります。
――その豊かさに小学生で触れることになった千秋という「週デ」の熱心な読者が登場します。
小学生だった私が、実際に体験していたことをのせて書ける人物ですね。当時、漫画を買いたいがために、親に頼んでお小遣い制に変えてもらったんですよ。それでも足りなくて、「読ませてあげるから」と妹にも半分お金を出させて買うような小学生でした(笑)。
――その小学生が、その時感じていたことをこうして小説にしたのですね。
感無量です。ちょうど還暦を迎える頃に書いていたんですよ。人生のいい一巡りだな、と思いました。すごく良きものを、私は少女漫画から受け取ったとずっと思っていて。それが何かを知りたかったんですが、書きながらそれは「熱」だとわかった。編集部と私は、ダイレクトに熱をやり取りしていたんです。熱って、伝わるんですよ。子どもにも伝わる。小説の最後に出てくる「デイジーから受け取ったきらきら光る欠片」を、私はずっと持っていたんだなとあらためて感じました。

ちっちゃな目覚めや決意の積み重ねが、世界を変える
――読んでいて強く思ったのが、昔の話ではまったくない、終わっていない話だ、ということでした。
懐かしい昭和の話、ノスタルジーの物語にはしたくありませんでした。だって今、私が書くものだから。読み終わった後に、「ここに立っている私」に戻ってきてほしかったんですよ。読んでいる人は、最初はジグザグの星を見ているわけですが、そのうち「あ、私もそこに立っていたんだ」と気づくというか……。
――「別デ」に掲載されたある漫画の最終回を読み終えた牧子が、「私も生きてるんだ」と思うくだりで、読者はそれに気づくと思います。それと読後は登場人物たち……特に女性たちみんなと、手をつないでいる気持ちにもなりました。
今回は、そういったフェミニズム的な要素が強くなったんですよ。書き始める前には、まったく思っていないことでした。取材中に「当時、女性編集者は誰も漫画家の担当をできなかった」と聞いて。女の子が女の子のために漫画を描いているのに、女性の編集者はそこから抜けていた。驚きました。
――女性たちは、取材記事や懸賞ページを作ったり、漫画家の身の回りのことを引き受けたりする様が描かれています。
当時の彼女たちの悔しい気持ちを受け取ったのだから、これはもう書かねばならんぞ! と思いましたし、書いていくうちに、そのことが大きくなっていきました。
――女性たちの意識が、世代の違いによって少しずつ異なるのもリアルですね。
そのレイヤーはすごく大事だと思うんです。そこを繊細に書き分けないと、ジグザグの宇宙ができないと思いました。
――戦前生まれのベテラン記者の修子や契約社員として編集部を支えてきた育江ら先輩たちが、自分の状況は半分受け入れつつ、新しい考えを持つ後輩女性や若い漫画家を応援しているのも素敵です。二十代の編集者・克子と美紀が、離れていても互いを励みに思う関係性にもぐっときました。
修子さんとして書かせていただいた方に取材した時に、「私は女の人の味方だったのよ」っておっしゃったんですよ。「どうして私が女の人の足を引っ張らなくちゃいけないの」と。世界って、一気には変わらないじゃないですか。本当にちっちゃな目覚めとか、ちっちゃな決意が、ミルフィーユの層のように薄く薄く積み重なることでしか、変化しないんじゃないかと思っていて。彼女たちが、葛藤がありながらもちょっとずつやり続けてきたから、今がある。取材に同行した女性編集者も「今の自分がいるのは先輩たちのおかげなんですよね」と、毎回感動していました。
――「シスターフッド」という言葉が何度も浮かびましたが……やはり意識していたわけではないのですよね。
まったく(笑)。でも、今だからこう書いたのかもしれない、とは思います。十年前に書こうと思った時は「#MeToo運動」もまだなかったですしね。小説って「今必要だ」という時に世に出てくるんですよ。私はそれに沿って書いているだけだと思います。
――先ほども「小説が連れて行ってくれる」とおっしゃいましたね。
「こういう形で私は本になりたい」と、小説が決める。だから今、フェミニズム的なものとして、この小説がここに書かれたのだと思います。今、弱いものに対する目線の向け方が変わってきているというか、世の中がまたマッチョな方向に動いているでしょう。反動が起きている気がしますよね。だから今、この小説を読んでほしい、という気持ちもあります。
――作中の男性の編集者にも、世代や考え方の違いがありますね。先ほどの小柳編集長以外だと、保守的な女性観の編集者が何かに気づいたり、漫画に疎かった若手編集者が女性漫画家に対して「鵺か」と畏怖のような感情を抱くようになったりもします。
ここに出てくる男性たちも、女性に意地悪をしているわけではないんですよね。女の人が同じ編集部にいても見えていないだけ。女性にやれるわけがない、というのが通常運転の社会だった。取材させてもらった男性は、みなさんすごくいい方で。この小説で女性たちの状況を読んだら「そうだったの!?」と驚くかもしれないですね。
――書き終えてしばらく経ち、どんなことを感じますか。
最後が読めてよかったな、と。今回は長い話だったので、ここまで書いて最後の一行を知らずに死ぬなんてあんまりじゃない? と思っていたので(笑)。書くのが本当に楽しかったです。自分で書いて自分で読んで、自給自足です。
――書いたものを「読める」ことも楽しいのですね。
私の中では、書くことと読むことにあまり差がないんです。自分が知りたいと思うことを、別の人が書いてくれたら、それを読むのでも全然構わないんですよね。
――『あなたの本当の人生は』で小説、『渦』で人形浄瑠璃など、大島さんが書いてこられた創作にまつわる物語にも、まさに今おっしゃったことが反映されていますね。作り手と受け取り手の間にも、一人の作り手とほかの作り手の間にも境がないというか。今回も「あなたがいるもの。私じゃなくたっていい」や「おっきな生き物なんですよ。私たちはきっと」というセリフがあり、みんなで何かを作っている、担っているイメージが浮かびます。
本当にそう思っているんですよ。「どこかに接続している」感じかなあ。先ほどからお話ししているように、本当に自分が思ってもいない一行を書くことがあるんですよね。それがすごく面白い。この小説の最終回のあたりは特に、自動筆記みたいに書きました。『渦』の時も至福だと思って書いていたんですが、また別の楽しさでした。集中する時、今まではキューッと細い「線」の中に入っていく感じだったんですが、今回は「丸」だったんですよ。丸い何かにスポーンと入っていく感じがしました。……何を言っているんだ? という感じですよね(笑)。
――いえいえ、人によって感じ方は違うとは思いますが、読み終えた人にはピンとくると思います。先ほどおっしゃった「ここに立っている」感覚、読後に登場人物たちと手をつないでいるイメージなどが、「丸」という言葉に集約されていると感じます。
わあ! 丸い感じ、伝わるんですね。嬉しいです。
――大島さんが受け取った「きらきら光る欠片」は、今どうなっていますか。
あるんじゃないかな、ここに。まだまだいろんなことをやりたいっていう気にさせてくれると思います。これを読んだ人にも、そういう気持ちになってもらえたらと思っているんです。当時の「週マ」や「別マ」の中心読者は私より少し上の、六十代から七十代くらいだと思うんですが、だんだん体力も落ちて元気がなくなってくる頃かもしれなくて。そういう方がこの小説で、十代の自分が少女漫画から受け取っていたものが言語化されているのを読んだら、自分の気持ちをもう一度違う目で見られるかもしれない。それは、これから生きていくにあたって良きものになるんじゃないかな、と思うんです。
――胸にしまっていた欠片を、取り出してもらいたいです。
そうですよね。まずはその年代の方たちが読んで、次にその人の娘さん、さらに若い人たち……と読んでもらえたら嬉しいです。
「青春と読書」2025年11月号転載
プロフィール
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大島 真寿美 (おおしま・ますみ)
1962年愛知県生まれ。1991年「宙の家」が第15回すばる文学賞最終候補作となる。1992年「春の手品師」で第74回文學界新人賞を受賞しデビュー。2012年『ピエタ』で第9回本屋大賞第3位入賞。2019年『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で第161回直木賞受賞。『それでも彼女は歩きつづける』『空に牡丹』『結 妹背山婦女庭訓 波模様』『たとえば、葡萄』ほか著書多数。
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