恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第52回:自分がちっぽけに思える時
案内人 岡本真帆さん
2026年03月16日
私は、自分が特別ではないことを知っている。
才能がない、特別なものがない、とよく考えてしまう。すごい作品に触れるたびに、こんなものを私も生み出してみたい、と心が震える。けれども同時に、私にはできないかもしれない、と思ってしまう。このふたつはほとんど同時に来る。
完成されたものはいつも、最初からそうだったような顔をしている。途方もない時間をかけて編まれ、磨かれてきたものは、完成度が高ければ高いほど、それまでの道のりが想像できない。傑作に出会うたびに、自分がひどくちっぽけに思える。
津村記久子『ふつうの人が小説家として生活していくには』

読んでいてまず嬉しくなったのは、津村さんがポモドーロ・テクニックを取り入れて執筆なさっているということだ。私も、そうなのだ。会社員を続けながら執筆しているため、日々の時間の足りなさに焦ることも多いのだが、このままでいいと自分の選んでいるスタイルを肯定してもらえた気がした。
人も出来事も本も映画も、出会って経験してみなければそれが素晴らしいものかどうかわからない。それでも飛び込んでいくことで、自分が好きなものを選び取る嗅覚は研ぎ澄まされていく。この本に書かれた津村さんと聞き手の島田潤一郎さんお二人のやりとりは、いまの私にも生活をよい方へ連れていく力があることを思い出させてくれる。
私には私の人生をよくしようとする、自律の力がある。才能がなくても、特別でなくても、いまの私のままでいいのかもしれない、と思えた。
柚木麻子『BUTTER』

圧倒されるほど素晴らしい小説だった。物語の中の言葉が、現実の私にまでたしかな質量で響いてきて、こんな物語が書けたらと憧れる。
私の恋愛のリズムは、たぶんひどく遅い。いいなと思う人がいても、恋愛関係に踏み込むより先に、信頼できる友人として関係を築くことを優先してしまう。世の中は恋愛で溢れていて、みんなもっと軽やかに恋愛をしている気がする。恋人と別れて時間が経ったけれど、私のままでは、この先誰かと結ばれることはもうないのかもしれない。そんな不安を、人知れず抱えていた。
「他人に評価されるのを待つのはやめた方がいいよ。里佳の方から誰かを好きになることはこの先、きっとあると思う。その瞬間を待ちなよ。そうしたら、素直に気持ちを伝えればいいんだよ」
「里佳、自分を信じなよ。里佳みたいな人に心から好かれたら、その人は幸せだし恋愛に発展するとか関係なく素直に嬉しいと思うよ」
主人公の里佳とは学生時代からの親友である伶子の言葉が、私の内側にも強く優しく広がった。
特別じゃなくていい。遅くていい。いまの自分のままで、私は私の道を行こう。
プロフィール
-
岡本 真帆 (おかもと・まほ)
1989年生まれ。歌人・作家。高知県、四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。
2022年3月、第一歌集『水上バス浅草行き』をナナロク社から刊行。
第二歌集『あかるい花束』(ナナロク社)、短歌とエッセイ『落雷と祝福 「好き」に生かされる短歌とエッセイ』(朝日新聞出版)など。
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2026年08月05日
インタビュー・対談2026年08月05日池井戸潤「過去と現在の「接点」を探して」
柴田錬三郎賞受賞作にして中村倫也主演でドラマ化され大ヒットした池井戸潤初の“田園ミステリ”、待望の続編執筆の日々、その格闘を振り返ります。
-
お知らせ2026年08月01日
お知らせ2026年08月01日渡辺優さんの『女王様の電話番』が島清恋愛文学賞を受賞!
渡辺優さんの『女王様の電話番』が第32回島清恋愛文学賞に決定しました!
-
連載2026年07月28日
連載2026年07月28日【会いたい人に会いに行く】 第16回 岩井圭也さん(作家)→山崎エマさん(ドキュメンタリー監督)
最新作でドキュメンタリーの世界を通して「真実とは何か」をサスペンスフルに描いた岩井さんが、ドキュメンタリー監督の山崎エマさんに会いに行く。
-
インタビュー・対談2026年07月27日
インタビュー・対談2026年07月27日ピンク地底人3号×本谷有希子「二十年間演劇で培ってきた「身体を描き込む技術」を注ぎ込みました」
小説第二作を上梓したピンク地底人3号さんと、劇作家、小説家として活躍する本谷有希子さんに、小説と演劇について語っていただきました。
-
インタビュー・対談2026年07月24日
インタビュー・対談2026年07月24日『汽笛、聞こえる』刊行記念インタビュー 佐藤雫「「保る」とは何か」
歴史恋愛小説から新たな一歩を踏み出した佐藤さんに、本作に込めた思いと、今の社会へ向けた問いについて伺いました。
-
インタビュー・対談2026年07月24日
インタビュー・対談2026年07月24日井上荒野「人はみな、物語になりたがる」
数多の作家に書かれた「推し活」も、井上さんの手にかかればまったく新しい側面が見えてくる。本作に立てた問い、たどり着いた答えとは。