宇佐美まこと『夢伝い』刊行記念インタビュー 「私の原点は怪談――人間の怖さや狂気を書いていきたい」

50歳での作家デビューから、意欲旺盛に作品を上梓し続ける宇佐美まことさん。2017年には『愚者の毒』が日本推理作家協会賞を受賞、ミステリーから社会派人間ドラマまで多彩に作風を広げるが、その原点は❝怪異❞――デビュー直後から書き溜め、その変遷を網羅する怪談集『夢伝い』が刊行となり、今まさに脂ののった創作活動について伺った。
聞き手・構成=集英社文芸ステーション 写真提供/愛媛新聞社
やっぱり怖い話を書くのは楽しい!
――収録作品中、まず一番最初に「小説すばる」に掲載された『満月の街』の初出が2008年。そこから長い道のりで現時点での集大成となりました。
宇佐美 第一回『幽』怪談文学賞を『るんびにの子供』で受賞した直後にお話をいただいて。最初に4編ぐらい書かせていただいて、ちょっと間が空いて『水族』(2020年)に続くんですけど。向き合う姿勢とか書き方も変わってないですし、やっぱり私の原点は怪談だなと。
――全体を俯瞰(ふかん)して、ご自分で違いや変化を感じたりは?
宇佐美 その間が空いたところに『愚者の毒』があって「私は何が書きたいんだろう」と考えたんですよ。そしたら、やっぱり人間が書きたいんだと。だけど、その時も怪談から離れたわけじゃないし、怪異そのものではない人間の怖さとか狂気ですよね。
だから、根本は変わっていないと思いますし、ずっと怪談こそが人間を炙(あぶ)り出すと強く感じながら、あらためて「やっぱり怖い話を書くのは楽しい!」って、すごく嬉しかったです。
――そもそも当時、怪談というジャンルで応募されたのもご自分では必然でしたか?
宇佐美 そうです。子どもの頃から怖い話とかミステリーが好きだったので、そういう賞ができたと知った時に「これはもう私の文学賞だ!」と思って応募したら、幸先よく大賞をいただけて。ほんと、昔からしょっちゅう人に「ようそんなこと考えるね」って言われるくらい、ダークなほうに妄想がいってしまうので(笑)。
――では逆に、最初からレッテルを張られることに懸念もなく……。
宇佐美 自分には違和感なく、今こういう作品を出して逆に「宇佐美さん、怖い話も書くんだ」って聞かれるようになりましたけど。ミステリーで犯罪に出くわす人間に焦点をあてるのでも、怪異に出合った人間を書くのと同じなんだとわかったので。まぁ、おかしな子どもがおかしな大人のおばさんになって、書かせていただいてるのが幸せなことです。

日常から生じる異界との亀裂がグロテスク
――地元テレビ局でのインタビューでも「私が書く小説は私が読みたい小説」と以前に仰っていました。
宇佐美 そうです。私は小説家養成講座に行ったり、同人誌の活動に参加したこともないし、全部我流なんで。書いていく上での指針は、私が読みたいっていう、ただそれだけを拠り所にして書いています。
50歳でデビューしましたけど、それまでがただ読む側の人で、批評家としては自分でもすごくうるさいというか、厳しい目を持っているので。まず作品を書いて、それを今度は読む人間として「こんなん全然怖くない」「面白くないやん」とか、そういう視点でいられるのは助かってますね。
――今回の収録作品が発表された時系列ではなく、ランダムにシャッフルされているのも読者を意識した構成を企図されたり?
宇佐美 担当編集さんにこれを単行本にまとめたいと言われた時、テイストをちょっと変えてバラエティーに富んだ見せ方をしなければと思いまして。そこからSFっぽいものとか、昭和のノスタルジックな味わいを意識して書いたのもありますし。
最初に『夢伝い』を持ってきたのは短いタイトルでいいし、その言葉、何?って、あんまり普通は聞かないから、いろいろ想像してもらえますよね。逆に「心温まる話なのかな」って、間違ってもらってもいいですし(笑)。
――なるほど戦略的な(笑)。そのノスタルジックな味わいが全編に通底しており、推薦コメントを戴いた稲川淳二さん曰く「何処か懐かしいその原風景に浸るうち、知らず知らず怪異の淵へと呑み込まれてゆく。こうなるともう逃れる術が無い」――と。
宇佐美 そういう言葉を頂戴して、ほんとぴったりだと思いました。私は歳をとって人生経験もそれなりに長いですし、引き出しの中にしまっているものが結構多いので。『送り遍路』という話も、母の実家が遍路宿をしていた時の記憶を取り出したりして。
門前の参道をお遍路さんが白装束で歩いていくのをずっと見ながら「此岸」と「彼岸」を行き来する、この世ならざる存在に思えてぞっとしたりしたことを覚えていて。そういう妄想したことが出てきて話がすごく広がるんです。
――そうしたダークサイドに惹かれ、人間でありこの世の光と闇に掻き立てられ……。
宇佐美 何が怖いって、とんでもないところで起きる怪異じゃなく、自分が生活している日常と地続きでそういう異界との亀裂が生じるほうがグロテスクで一番怖いと思うので。そこに遭遇してしまった人間の狂気がまた呼応するというか、その裏に憎しみがあったり、ちょろっと焦点が合ってしまう瞬間がまさに怖さなのかと。
怖いものがひとつもない人が一番怖い
――その背景にはご自分もずっと地元・松山で生活されて、地方の土着的文化や自然に影響を受けていることも?
宇佐美 私が生まれた時なんてコンビニはないし、夜に田んぼの中を歩いても街灯すらなく真っ暗で光がないわけですよ。そこで皮膚感覚とか、音や匂いに対しても研ぎ澄まされますしね。今の子供はそういうのも絶対にわからないでしょう。
この作品を読んでいただいて、同世代の人に共感してもらえるのとは逆に若い人には新鮮かもわからないですよね。『愚者の毒』くらいから私の作品に入ってこられて、こういう怖い話を書くとは意外だったと言ってくださると「しめしめ」と思います(笑)。
――そういう意味でも読者層を広げて、また原点回帰されることに意義がある。
宇佐美 ほんと、怪談って聞いただけで「うわ、私、だめだめ!」とか言われて敬遠されるのがすごく不本意で悔しいんです。怖いだけじゃなく、郷愁を誘われるのも切ないし面白いし、バラエティに富んでるから読んでみてって。
私は正直、ミステリーでもトリックとかは苦手で、人間性とストーリーの妙が持ち味だと思っています。怪談に関しては書かないところを想像してもらって、その人なりの恐怖のカタチを作り上げてもらいたいと思っているので、どちらも読み手の想像力をかき立てるように心がけています。
――夜も明るく暗闇がなくなった現代ですが、人間の心はいつの世も闇と隣り合わせ……。
宇佐美 怖いものがひとつもないって人が一番怖いですよね。今、こうやってウイルスに浸食された世界を見ても、人間が自分勝手な傲慢さでひとりよがりな幸福だけを求めた結果じゃないかと思って。謙虚さとか、自然を畏怖する態度というのがすごく大事ですし、それも怪談で教えてもらえるはずですから。
――今作を経て、遅咲きのデビューゆえにますます尽きぬ創作意欲に期待大です。
宇佐美 もう、この歳になったら我が道を行くしかないですから(笑)。ふてぶてしくずうずうしく、その生き方を押し通します。書きあぐねて悩んだりスランプに陥ってる暇もない。そのうち死ぬので、その前にやりたいことを全部やって、読者をぶるぶる怖がらせないといけないですね(笑)。
プロフィール
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宇佐美 まこと (うさみ・まこと)
1957年、愛媛県生まれ。愛媛県在住。2006年「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞〈短編部門〉大賞を受賞。17年『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞〈長編及び連作短編部門〉を受賞。20年『展望塔のラプンツェル』で第33回山本周五郎賞候補、21年『ボニン浄土』で第23回大藪春彦賞候補に。他の著書に『熟れた月』『骨を弔う』『羊は安らかに草を食み』『子供は怖い夢を見る』『月の光の届く距離』など。
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